Vol.132 名古屋が目指すべきウォーカブルシティ像とは  -クリエイティブ人材に選ばれる都市に-

国土交通省では「まちなかの活性化策」としてウォーカブル政策を展開しており、全国で取り組みが広がっている。名古屋市も都心部を中心にウォーカブル対策に注力していく姿勢だ。ウォーカブルとはどのような状態を指すのだろうか。また、その実現によって期待される都市の発展像はどうあるべきなのだろうか。名古屋市の特性と置かれている環境を踏まえて考えてみたい。

1.ウォーカブルの構成要素を考える  -街を歩くことによる効能とは何か-

ウォーカブルを日本語に直訳すれば「歩きやすい」ということなのだが、まちづくりにおいてウォーカブルを目指すという際はこれだけではないはずだ。副次的な効果を含めて何を期待する事なのかを考えるにあたり、ウォーカブルという状態を構成する要素を考えてみたい。

まずは「①歩きやすさ」そのものだ。全ての人が快適に歩けることが求められるから、高齢者や障害者あるいは子連れの人々にとっても安心して楽に歩ける環境が求められる。次に、「②休憩しやすい」が挙げられよう。歩いていて一休みしたいときに休憩できるベンチや木陰などがあれば、より長く歩くことが可能になる。そして、「③ワクワクする」ような景観、オブジェ、情報(案内板やサイネージなど)が豊富にあれば、人々はその通りを選んで歩くようになるだろう。

そして、まちづくりの観点でもう少し追加すると、「④交流しやすさ」や「⑤賑わい」が求められるだろう。ここで言う交流しやすさとは、通りを歩いていて出会う機会が増えることだ。そのためには、人々が滞留する駅やバスターミナル、駐車場、広場、公園、イベントスペースなどが繋がっていると知人と出会う機会、対話による意見交換機会が増えるだろう。また、通りに沿って飲食・物販機能があれば賑わいが生まれ、都市の活力を肌で感じながら歩くことができる。そのような空間には、外来者も自然と集まってくるはずで、消費を促す効果も期待できる。

これらの要素が整った通りがそこかしこにあれば、戸外に出て歩いてみようという動機を引き出し、「⑥気分転換」しながら「⑦知を活性化させる」とともに「⑧健康増進」に繋がることも期待できる。

つまり、①~③は基本的に備わるべき要素で、④~⑤は付加的に誘発される価値、⑥~⑧が歩くことから生まれる効能といったところだろう。こうしたことがウォーカブルなまちづくりに期待される要素なのではなかろうか。

2.米国ポートランドの事例に学ぶ   -ウォーカブルが人口と起業家の増加をもたらした-

ウォーカブルシティの見本として代表的に参照されるのが米国のポートランド(オレゴン州)だ。車大国の米国では、環境問題や健康問題を契機として「歩く」事に焦点をあてた都市政策が潮流化した。ポートランドはその代表格で、筆者は2010年代に視察を兼ねた調査に出向いた。その時に見聞きしたことを振り返ってみたい。

まず聞かされたことは、歩道を3つのゾーンに区分するルールを作っているということだ。歩道の断面をご想像いただきたい。最も車道寄りは公共施設空間と位置付けられ、街路樹、配電盤、駐輪スペース、ベンチなどが整備されている。反対に最も民地寄りは収益機会の空間として位置づけられ、民地側の地権者が希望すれば所定の費用を払うことでカフェなどの店舗営業を行うことが可能となっている。そして、真ん中のゾーンが人々が歩く空間で、ここには何も置いてはいけないこととなっている。当たり前のようにも思えるが、これを徹底する事で、まちには統一感が生まれている。また、収益ゾーンのルール化は日本にはない点だ。

次に、通りに面する建物の地上階に対して、壁面の一定面積以上をガラス面のファサードとすることをルール化していた。これは「ひと気」の演出だという。つまり、通りを歩く人と屋内に居る人がガラス越しに「ひと気」を感じることで、賑わいやまちの鼓動を感じやすくする狙いがあるという。確かに、新しいビルにはガラス面が多く、古いビルも改修によってガラス面を確保するようにしていた。

そして、幅員の広い通りにはLRTが整備されていて人々は地上面で公共交通を利用する事ができるほか、シェアサイクルが整備されているなど、歩くこと以外の交通手段が街路の中に納められ、移動しやすいネットワークが構築されている。

こうしたウォーカブル施策の徹底によってポートランドが得た成果は、居住地選択において人々に選ばれたという事だ。特に、歩くことに価値を認める人々が「ポートランドに住もう!」と集まってきたようで、こうした人々はポートランドに住みながら起業するケースが多いという。サラリーマンとは異なり、起業する人は立地を自分で選ぶことができるから、歩きやすいポートランドを選ぶのだと、現地のプランナーや大学の研究者が誇らしげに語っていたことを思い出す。先に掲げた①~⑧のウォーカブル要素がもたらす効果が語られたように思い返される。

起業家たちが歩きやすさに価値を見い出す理由について印象深い話が合った。起業家を含むクリエイティブ人材は、1日の中で多様にシチュエーションを変えて仕事をするスタイルを好むというのだ。朝は自宅でメールチェックを行い、出勤するとオフィスで打ち合わせをした後にモバイルPCを持って通りに出る。公園のベンチなどで思考にふけったりアイデアを整理した後にオフィスに戻り作業する。昼は必ずランチオンミーティングで人々と意見を交わし、午後もオフィスワークの合間にブレインストーミングを挟み、夜は帰宅する前にバーで情報交換をして帰宅する。このように、オフィスのデスクにしがみついた働き方は好まず、自分の思考時間や他者との交流時間を重視するので、多様なシチュエーションが必要となり、オフィス内外の空間を上手に使い分けながら価値を生み出すというのが起業家のワークスタイルで、ポートランドという都市空間はこれをサポートする環境を整えていた。

3.リニア時代の名古屋のウォーカブルシティ像  -クリエイティブ人材に選ばれる都市に-

さて、他稿でも繰り返し述べているように、リニア時代の国土にあっては、東京一極集中是正の受け皿に名古屋市はならねばならぬと筆者は考えている。東京に強く依存している国土であるがゆえに、企業も家計も高コストを強いられているので、脱・東京を選択しやすい国土になることが日本を再び国際競争力のある国に押し上げていくために重要だと考えているからだ。

その典型的な姿は、名古屋に東京から本社機能が移転してくることだ。名古屋の都心に本社を構えれば、東京よりもオフィスコストが安いので経営効率は向上し、従業員は空間的・時間的・経済的なゆとりを享受する事ができるから豊かなライフスタイルを構築する事が可能となる。そのために、名古屋の都心に魅力的なオフィス環境を提供しなければならない。

クリエイティブ人材というジャンルがあるとすると、それはいわゆるクリエーターたちだけではなく、価値を生み出す人々を総称するジャンルだと考えたい。新技術を生むエンジニア、ビジネスモデルを構築する起業家、取引を交わす経営者などがこれに当たるだろう。こう考えれば、本社機能はクリエイティブ人材の宝庫だから、本社の集積はクリエイティブ人材の集積に直結することとなる。

愛知県や名古屋市は起業家支援策に力点を置いており、これについては賛同するが、本社機能の受け入れについては目立った政策は打ち出されていない。本社移転の候補地として魅力を高める上では、ポートランドのウォーカブル政策に学ぶ点は多いはずだ。クリエイティブ人材に選ばれる事、本社機能の立地選択で選ばれる事をウォーカブル政策の先にある都市像として掲げたい。

4.ウォーカブルシティ実現に向けて  -ストリートデザインマニュアルに基づく官民連携を-

本社機能を含むクリエイティブ人材の集積を促進するためには、再開発事業を交えた都市機能(オフィスビル、ホテル等)の高度化を図るとともに、交通機能の再構築を行っていく必要がある。その中に、歩くことを通して健康や知の創出につながる環境を形成していかねばならない。

その実践に向けては、ウォーカブルを構成する要素を精査し、それを盛り込んだ「ストリートデザインマニュアル」を当局に策定してもらいたい。ウォーカブルシティとしてどのような状態を目指すのかを示し、市民社会で共有する事が重要だろう。その際、名古屋らしいウォーカブルシティを掲げるとすれば、道路空間の豊かさ、交通システムに先進的に取り組んできた歩み、城下町に根差す歴史の厚みなどを踏まえたストリートデザインマニュアルを掲げてほしいと願う。歩くことを補完する交通の在り方も考慮したい。

その上で、行政の役割としては緑化、公開空地、設備(ベンチ、オブジェ、情報版、街灯)整備、電柱の地中化、修景などを公共事業として担ってほしい。場所によってはトランジットモールの導入も視野に入れたい。また、民間に対しては、地上階の用途やファサードや修景についてルールを示して協力を呼び掛けていく必要もあるだろう。

これに対し民間は、賑わい空間や交流機会を提供したり、民間敷地内の回廊空間の整備を行ったり、景観・修景・ファサードへの協力を担うことで、ウォーカブルな空間がネットワーク化されていくことになる。官民の役割分担が機能することがウォーカブルシティとなるために必要不可欠だ。

そして個人的な好みを追記しておきたい。筆者は雨が苦手で傘をさして歩くのが嫌いだ。名古屋市には地下街が豊富にあるので、地上階に回廊空間が増えて地下街とつながっていけば雨に濡れないネットワークが形成されていくことになる。それも名古屋らしさの一つとなり、クリエイティブ人材たちに支持されるのではなかろうか。

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