Vol.163 全エリアで完全開業したジブリパークの役割とは  -観光産業の振興と観光客・交流消費の増進-

2022年11月に第1期がオープンしたジブリパークは、2024年3月16日に第2期がオープンし、計画された5つのエリア全てが予定通りに開業した。ジブリの世界観を再現するテーマパークとして国際的にも注目されており、愛知県の新たな観光資源として名を馳せていくことだろう。愛知県の持続的発展に向けて、このジブリパークに期待される役割とは何かを考えたい。

1.ジブリパーク誕生の経緯  -愛知県知事の戦略的発想-

筆者は、2011年から2013年にかけて、リニア中央新幹線(以下、リニア)品川~名古屋間の開業により、日本の国土における時間圏の勢力図が大きく変化すると発信を始めていた。2015年頃には、メッシュデータ上でリニア開業後の2時間圏を描き、詳密な2時間圏規模を算出した。この結果、国内で最大2時間圏(2時間で到達できる範囲の人口集積規模)の中心は、現在は東京(2時間圏人口4,100万人)であるが、リニア開業後は名古屋市を起点とした2時間圏人口が約5,950万人となって国内最大になると具体的な数値で発信した(図表1、vol.1ご参照)。これにより、国内最大2時間圏の中心が東京から愛知に移ることを踏まえた地域づくりが必要だと提唱したのである。

この頃、ある講演会で大村知事とご一緒したことがある。大村知事の前でこれをお話ししたことを筆者はよく覚えており、知事には大変興味を持ってお聞き頂いた。国内最大の2時間圏の中心となるという事は、交流事業や集客活動を行うには持って来いのポテンシャルを得るという点に知事は強い関心を示された。

知事が、この時点ですでにジブリパークの構想をお持ちだったかどうかは分からない。しかしその後、知事がジブリパーク構想を打ち出し、実現に向けて強いリーダーシップと行動力を発揮された背景には、この事が一片の記憶として影響しているはずだと筆者は勝手に確信している。

大村愛知県知事は、就任当初から愛知県の産業振興を重視していた。愛知県は国内随一のモノづくり産業集積地であるが、観光産業や交流産業を強化・育成して産業構造に厚みを持たせていくことが重要であるとの認識によるものだろう。その一環から、スカイエキスポ(愛知県国際展示場)を拠点とするコンベンション産業の振興を打ち出し、ジブリパークによる観光産業の振興へと繋がっていったものと解される。

2005年に開催された愛知万博のレガシーとして愛・地球博公園があり、アクセス交通として愛知高速交通「リニモ」があることに着眼し、スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーのもとへ8回も足を運んでジブリパーク構想の実現を知事が自ら口説いた事は、鈴木プロデューサーの口から語られている。「ジブリの世界観を永続的に楽しめる施設を作りませんか」と熱心に知事から説得されて根負けしたと鈴木プロデューサーは語っている。その結果、2017年5月に基本合意が成立し、2019年5月には愛知県がジブリパークの整備を担当し、運営はジブリパークと中日新聞社が共同出資して設立する新会社(株式会社ジブリパーク)が行うというスキームが決定した。

愛知県はジブリパーク建設費用として約340億円を予算化して2020年に着工し、2022年11月1日に第1期の「青春の丘」、「ジブリの大倉庫」、「どんどこ森」が先行開業した後、2024年3月16日に第2期の「もののけの里」、「魔女の谷」が開業して完全オープンしたのである。

2.ジブリパークを探訪してみて   -公園整備・製作者たちに喝采-

愛・地球博公園内で5つのエリアに分散して展開するジブリパークは、どのエリアもスタジオジブリが制作した映画作品を題材とする展示施設となっている。建設整備を担当した愛知県技師によると、徹底した本物再現志向に拘り抜いて整備が進められたと語っている。実際に足を運ぶと、微に入り細に入りに作り込まれた展示物に舌を巻く。建築と製作に関わった全ての人々に喝采を送りたい。

第1期で整備された「ジブリの大倉庫」では、ジブリ作品に登場する様々なキャラクターが展示されている。順路を進むにつれて次々に現れるキャラクター達との出会いは、アニメに疎い筆者でもワクワク感の湧出を抑えることは難しい。

圧巻と感じるのは第2期で整備された「魔女の谷」だ。遠目にも分かるハウルの動く城に入ると、「よくぞここまで」と唸りたくなるほどの細かい表現が施されている。「魔女の谷」の中にはいくつもの施設と遊具があるが、ジブリ作品に登場した場面がいずれも丁寧に再現されているので、訪れた人々の滞在時間は長くなるに違いない。飲食施設が併設されているのもうなずける。

比較的あっさり感があるのは「もののけの里」だ。たたら場を再現した施設があるのだが、中では五平餅の体験焼きができるようになっているものの、他のエリアの各施設に比べて作り込みは少ない。また、「どんどこ森」は丘陵部を越えた所にあるので歩くとほどよく汗をかく。運動を兼ねて散歩する気持ちで訪れると良いようだ。

3.ジブリパークが担うミッション   -交流消費の拡大による県内総生産への貢献-

さて、筆者の関心事は大村愛知県知事の真の狙いだ。知事の政策方針に沿って考えれば、愛知県のアキレス腱とも言える観光産業の振興の起爆剤を標榜したところだと思われる。これを含めて筆者の期待を記してみたい。

愛知県は2019年をピークに人口減少期に入った。自然減が拡大し続けて社会増で補えない構造となったためだ。このまま人口減少が続けば家計消費が消失していくから、愛知県の県内総生産(GRP)は縮退していくこととなる。これに転機をもたらす事が期待されるのがリニア開業だ。リニアが開業すると交流人口が大きく増加するから、交流消費が増進する。この交流消費増加分が、人口減少による家計消費の消失を補ってくれると筆者は期待している(vol.88ご参照)。

筆者らの試算によると、愛知県人口は2040年までに約41万人減少し、これによって消失する家計消費は約4,000億円/年に達する見込みだ。一方、リニアが開業して増加する交流人口は年間2,000万人ほどと試算され、これによって交流消費は約3,180億円/年増えることが見込まれる。家計消費消失分に近い額だ。従って、交流消費をもう少し膨らます仕掛けを作ることが重要なのだ。

交流消費を膨らますためには、県内滞留時間を1日でも半日でも1時間でも長く促す仕掛けが必要だ。滞留時間が長くなれば、人々の消費が増えるからだ。名古屋市をはじめとして愛知県を訪れた人々が、足を延ばしたくなる施設、時間を消費したくなる施設やイベントが充実すれば、滞留時間を延ばし交流消費を増進させることは必定だ。

ジブリパークは、この観点で重要な役割を果たしてくれるものと期待したい。勿論、ジブリパークは愛知県の新たなディスティネーションとしての役割も担うのだが、滞留促進と交流消費の増進に貢献してくれることが、愛知県経済の持続的発展に重要だ。ジブリパークが核となり、スカイエキスポ(愛知県国際展示場)やポートメッセなごや(名古屋市国際展示場)と連携してMICE施設として一体的に機能することにより、リニアの開業と相まって愛知県内での交流消費を創発していくことを期待している。さらに今後は、愛知県新体育館の開業が控えている他、名古屋城天守閣の木造再建もあり、名古屋港ガーデンふ頭の再開発なども計画されている。着実に強化されつつある愛知県・名古屋市の集客機能は、リニア開業後の交流消費の増進に直結する重要な資源なのだ。ジブリパークは、現時点でその象徴的存在となり得るのである。

大村知事が、家計消費の消失を交流消費で補う事に狙いを定めているかどうかは筆者には分からない。しかし、リニアの開業を見越したジブリパーク誘致であったことは確かだろう。そして筆者の考えるジブリパークの役割は、愛知県経済における家計消費を代替する交流消費の舞台装置なのだ。

折しも、JR東海はリニア中央新幹線(品川~名古屋間)の2027年開業が困難と正式発表した。しかし、リニアが消えてなくなるわけではない。リニア開業までの期間を有効に使い、その開業時に交流人口を誘致し、滞留を促し、交流消費を膨らます交流・観光機能の強化を、愛知県・名古屋市が狙いを共有して取り組みを続けてくれることを切に願いたい。

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