Vol.14 リニア時代の名古屋に業務中枢機能を高める意義 -高コストな国土構造からの脱却に一役―

リニア中央新幹線(以下、リニア)の品川~名古屋間は、2027年の開業が目指されている。開業が遅れたとしても2030年代にはリニア時代が幕開けすると考える必要がある。この時、わが国の国土の構造は大きく変わる。リニア時代の国土における名古屋の位置づけを、2時間圏に着目して考えたい。そして、名古屋が果たすべき役割を紐解きたい。

1.リニア開業後の国土における2時間圏の姿  -名古屋は国内最大2時間圏の中心に-

2時間圏とは、片道2時間で移動できる範囲の地域を言う。筆者が2時間圏にこだわる理由は、実質的な1日交流圏であるからだ。片道3時間でも4時間であっても同日のうちに目的地には到着できる。しかし、2時間圏であれば、朝9時から夜10時まで目的地での滞在が可能なことが大きい。

例えば、朝9時に東京で会議があるとしよう。リニアを利用すれば、名古屋からは早朝に出向けばこの会議に間に合うが、3時間圏の地域からは始発を利用しても間に合わない。当日移動が無理なのだ。また、夜の会議後に懇親会があったとしよう。夜10時のお開きまで飲んだとしてもリニアを利用すれば名古屋の自宅には当日のうちに帰り着けるが、3時間圏の地域へは帰り着かない。このように、3時間圏からは朝9時の会議には前泊しなければならないし、夜10時までお付き合いすれば後泊しなければならない。つまり、3時間圏の地域間は交流する際のハンデが大きいが、2時間圏であれば、同じ生活圏と同等の活動が可能だと言える。従い、2時間圏の中にある地域間は多様な交流が制約なく行えるため連携しやすい地域という事となり、2時間圏の規模は、その中心となる地域のポテンシャルを評価したり立地選択を考える際には重要な要素となる。

この2時間圏の中にある人口規模を2時間圏人口と呼ぶが、これが大きいほど大きなマーケットを背後に持つことを意味し、都市としての利用価値が高い。現在、国内最大の2時間圏人口を擁するのは東京だ。その規模は約4,100万人。これだけの規模の人口が、容易に交流できて商売相手ともなり得るわけだから、東京はビジネスの中心としてゆるぎない地位を築き、住む人や働く人が集まり、ホテルや文化施設など多種多様な都市機能が集積した。

さて、リニア時代である。リニア(品川~名古屋間)が開業すると、名古屋を中心とした2時間圏はダイナミックに拡大する(vol.1ご参照)。これによって名古屋の2時間圏人口は一気に大きくなる。現在の名古屋2時間圏の人口は約3,000万人(図表1)だが、リニアが開業すると約5,950万人となる(倍増だ!)。現在の東京2時間圏人口(約4,100万人)をはるかに越える規模だ。リニア開業によって東京2時間圏人口も増加するが、それは約5,220万人の見通しだから、名古屋は国内最大2時間圏の中心になるという事だ。そして、リニアが全線開業(品川~新大阪間)した場合でも、名古屋が国内最大2時間圏の中心である国土構造に変わりはない。この時の名古屋2時間圏人口は、実に約6,430万人に達し、世界最大級の2時間圏人口を擁する都市となる。

図表1 3大都市圏の2時間圏人口の変化

つまり、リニア開業後には、わが国に世界最大級規模の2時間圏が出現するという事と、その中心は東京ではなく名古屋になるという事が、この国土に起きるのである。これは、歴史的な変化であると筆者は考えている。

2.効率性を考えたら名古屋を活用する -コスト効率も時間効率も名古屋がお得-

先述したように、2時間圏というのはあたかも同じ生活圏にいるような活動ができる圏域だ。名古屋2時間圏の中には東京が含まれるから、名古屋と東京の間では同じ生活圏の如くに活動する事が可能になる。例えば、名古屋人が仕事を終えた後、アフターファイブを利用して東京ドームで野球観戦をすることが可能だ。はたまた週末、名古屋人が東京歌舞伎座で観劇して銀座で買い物をしたとしても、その晩の食卓を家族と囲むことが出来る。

オフィスワークで考えても、先述したように朝9時の東京の会議でも当日の早朝に出かけて間に合うし、夜のお付き合いも可能だ。このように、仕事でも余暇でも、2時間圏内であれば1日のうちに様々なことが成立する。名古屋に居ながらにして、東京の諸機能を使い倒すことが出来れば、名古屋の利用価値は上がるというものだ。

但し、移動に伴うコストが必要になる。リニアの運賃を負担しても名古屋は東京に比べてお得と言えるかを考えておきたい。筆者は500人規模のオフィスで試算した(vol.1ご参照)。東京駅前の新丸ビルに500人規模のオフィスを借りると、家賃は年間約7億円に上る。一方、同じ面積を名古屋駅前の大名古屋ビルヂングで借りると年間約3億円で済む。但し、名古屋にオフィスを構えた場合は東京への出張コストを想定しておかねばならないから、これを加味すると年間1億円強を交通費増加分として見ておかねばならない(オフィスコストと合計すると約4億円強)。結果、同じ500人規模のオフィスを借りる場合、名古屋に借りた方が年間で約3億円分の経費を節約できる計算となる。同様のことは住宅についても言える(名古屋に居を構えて、時々に東京出張するのであれば、東京に住むよりお得)。

このように、仕事で言えば出張、余暇で言えばスポーツ観戦や観劇などで東京と往来する範囲であれば、名古屋に立地していた方がお得なのだ。加えて、名古屋に住んでいれば、東京・大阪に比して通勤時間も短く、過密問題もないから、ゆとりある大都市生活の実践が可能となるわけだ(vol.5ご参照)。経済効率性から見ても、時間効率から見ても、リニア時代の名古屋は際立ってお値打ちな大都市という事ができると筆者は考えている。

3.経営者が名古屋に感ずる不足感は何か  -都市魅力の決定打が欲しい-

しからば、東京に本社を構える多くの経営者が、名古屋への本社移転を考えるだろうか。筆者は、リニア開業後には自然発生的に名古屋本社を選択する企業は出現すると考えているが、雪崩を打つようなトレンドになるとは今のままでは考え難いと展望している。

経営者の立場に立って名古屋への立地選択を考えてみるとしよう。先述した通り、経費節減は確実に見込める。一方で、社員やその家族が名古屋移転を喜ぶ顔を想像できるだろうか。確かに住宅の家賃は安くなるし、生活物価は下がり、通勤時間も短いからゆとりある生活は可能になる。しかし、総合的に「名古屋移転」にもろ手を挙げて喜ぶことができるかと問われると、筆者にも自信がない。何故か?これはじっくり考えてみる必要がある。

東京や大阪をはじめ、札幌、仙台、広島、福岡という日本を代表する大都市と比べて名古屋に足りないものは何だろうか。それは、誰もが納得するような都市魅力の決定打(誰もの合言葉になるような象徴的魅力)の欠如ではないかと筆者は考えている。

その一つが歴史的ロマンではなかろうか。名古屋は本来、城下町であるが、現在の名古屋人が城下町を意識する機会はほとんどない。名古屋を象徴する広い道路や歩道は戦災復興で整備されたものだ。だから、戦災復興事業の恩恵で発展してきたことは理解できている。しかし、清州越し(1611年)に源流を持つ400年来の城下町であることを、多くの名古屋人は意識できてはいないように思う。

それも致し方ない。現在の名古屋の街は、城下町を彷彿させる資源のほぼ全てを戦災によって焼失してしまっているのだ。機能的ではあるが無機質にも映る名古屋の都市空間には、歴史的ロマンを感ずる機会が極めて少ないのが現状だ。

今から約400年前、徳川家康の命で名古屋城が築城され、当時の拠点であった清州(現、清須市)から街ごと名古屋城下に引っ越す一大事業が敢行された(これを「清州越し」という)。大都市名古屋の歴史はここから始まったと言って良い。当時の清州の人々は、三国一のお城(名古屋城=徳川御三家筆頭の居城。天守閣は国内最大)の下に行くぞ!と引っ越したと思う。時を転じて現代の国土に置き換えてみよう。我が国の最大2時間圏の中心都市に行こう!ビジネスにお値打ちな名古屋に行こう!ゆとりある大都市生活が可能な名古屋に移ろう!と呼びかけた時、現代の人々の心を打つ条件として十分だろうか。

筆者は、時間をかけてでも名古屋を城下町として再構築していくことが必要であると思っている。城下町時代には、名古屋には祇園祭があって、華やかな山車が練り歩き、人心を歓喜させた史実があるのだ。そうした城下町を都市空間としても祭り等のソフトとしても再構築して、400年前には三国一の城下だったことを容易に彷彿する事の出来るまちづくりを展開する必要があるのではないかと。さすれば、名古屋に歴史のロマンが息吹き、誰もが「城下町名古屋」と口にするようになろう。機能的な街に歴史的ロマンが加わった際には、「名古屋に行こう!」という機運は高まり易くなるのではと思うのだ。幸いにして名古屋城天守閣の木造再建が動き始めている。これに呼応した城下町ルネサンスを期待したい。

加えて、名古屋には現代の大都市として魅力的な「アーバンリゾート」も必要だと思っている。筆者の定義ではあるが、「リゾート」とは週末や長期休暇に、自宅から、遠くの海や山や海外に出向く余暇空間だとすると、「アーバンリゾート」とは平日に、職場から、公共交通を利用して15分以内で行ける余暇空間と考えたい。つまり、都心近くに立地し、ビル群の夜景を借景に、飲食を伴って交流したりリフレッシュできる空間だ。バーやスナックが集積する密室的サービスによる歓楽街ではない。もっと開放的で、若者からシニアまで誰もが安心して楽しめ、気分転換でき、明日の英気を養える洒落くさい空間が名古屋にも欲しい。

そして教育環境も重要だ。子供たちがいじめに怯えることなく、自律的学習者として学び合える学校教育を展開することが望まれている。DX時代にふさわしく、子どもたちが心身のウェルビーングを育む教育カリキュラムを組み上げて、異文化共生型の教育環境をつくり、名古屋なら教育も安心だという状況を今以上に整えて行かねばならない。

こうしたことが整えば、リニア時代の国土における名古屋の立地条件を踏まえ、「本社を移そう!」「家族で行こう!」ということになり得て行くのではないかと筆者は考えている。

4.名古屋を活用することで得られる効果  -東京依存からの解放=国際競争力の向上-

国土的観点から見れば、名古屋に業務中枢機能(本社機能等)をはじめとする諸機能の重点が移ることは大きなメリットがある。我が国においては、ビジネスの競争に勝とうとすれば東京に拠点を置かねばならなかった。高いレベルの高等教育を受けさせようとすれば、子どもたちを東京に送り出す必要があった。その結果、企業も家庭も高いコストを長く強いられてきた訳だ。

しかし、リニア開業後の名古屋は、先述したようにコスト面でも時間面でも効率が良い。同じ成果を少ないコストと時間で生むことが出来るのであれば、競争力が高まることは自明の理だ。時間的制約がなく、お値打ちな名古屋を使う事で、わが国の企業や家庭は高コスト構造からの呪縛から解放され、国家としての「国際競争力が高まる」と考えて良いと思う。名古屋をビジネス拠点(業務中枢機能の拠点)とする意義は、まさにここにあると筆者は考えている。

折しものコロナ禍で、東京一極集中がもたらすリスクが新たに認識された。こうしたリスクを抱えてでも東京に依存しなければならないのが、現下の国土構造だ。加速するDX時代にあってはリモート形式に様々な活動が置き換えられるはずだが、それでも事業所や住居のリアルな立地をどうするかは重要な選択だ。東京に依存する事のない国土がリニア時代に幕開けるのであるから、わが国最大2時間圏の中心となる名古屋を活用する事が、日本の繁栄のために重要な選択肢であると思う。そのためにも、名古屋は、自ら決定打となる都市魅力を創出していかねばならない。責任重大だ。

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