Vol.35名古屋港水族館にシャチがやってくる!(回顧)その1 -第二期経営計画を策定せよ-

名古屋港ガーデンふ頭にある名古屋港水族館は、ウミガメ研究やシャチの飼育などで広く知られている。この水族館は、第一期と第二期に分けて整備されたのだが、第二期で北館にシャチとイルカとのショープールが整備されたことで日本最大級となった。この第二期整備(北館)の推進に向けて経営計画を策定する事となり、これを筆者は担当した。当時を振り返りながら、水族館の役割とガーデンふ頭の賑わいづくりについて考えたい。

1.名古屋港水族館とは  -ガーデンふ頭に国内最大級の水族館を!-

名古屋港ガーデンふ頭は、名古屋港開港初期(明治時代)に物流拠点として中心的な役割を担ったふ頭である。その後、名古屋港は港勢発展とともに大規模なふ頭整備を沖合に展開していったため、ガーデンふ頭は物流拠点としての役割を終えた。

現在のガーデンふ頭は、市街地に近く地下鉄名古屋港駅からアクセスしやすい事を活かして、名古屋港を良く知ってもらうための賑わい拠点として利用を進めるよう位置付けられている。こうした位置づけを受けて、海洋文化を啓発する施設(名古屋港ポートビルや南極観測船ふじなど)の一環として計画されたのが名古屋港水族館だ(図表1)。名古屋港水族館の設置目的には、「水族の知識を広め、水族への親しみを深めるとともに、健全な余暇の活用に資する」ことと記されている。また、一般的な水族館の共通目的としては①調査研究、②教育、③種の保存、④レクリエーションが掲げられており、名古屋港水族館もこれを踏まえて計画された。つまり、「海洋文化の啓発」の一環として「水族とのふれあい」などを深め、同時に「名古屋港を身近に感じるための賑わい創出」を図ることを企図して、ガーデンふ頭東地区の未利用地を使って大規模な水族館を建設する事になったと解することが出来る。

1985年(昭和60年)に計画が発表され、1992年(平成4年)10月に南館が開館し、2001年(平成13年)2月に北館が開館している。2022年(令和4年)10月には開館30周年を迎えることとなり、すっかり名古屋の名物施設として定着している。

名古屋港水族館の特徴の第一は、その規模が日本最大級であることだ。図表2に示すように、延べ床面積と総水量は国内最大であり、年間入場者数では第三位だが200万人を超える水族館は国内に3つしかなく、日本を代表する水族館だと分かる。第二の特徴は、シャチを飼育している事だ。現在、国内の水族館でシャチを飼育しているのは、鴨川シーワールドと名古屋港水族館だけだ。このシャチをはじめとするイルカたちの水槽とショープールが整備されたのが第二期(北館)であった。とりわけ、シャチは巨体であるから、必要となる水槽も大きく、日本最大の総水量を誇る水族館となったのである。尚、第一期(南館)にも目玉がある。ウミガメとペンギンの研究と展示だ。アカウミガメとアデリーペンギンの人工孵化に成功したのは名古屋港水族館が初めてで、これらの研究拠点として は国内随一の実績がある。

2.オープンに間に合わなかったシャチ  -初代「クー」の到着は全市的な話題に-

名古屋港水族館の第二期(北館)の開館は2001年(平成13年)2月だが、初代のシャチがやってきたのは2003年(平成15年)10月だった。貴重な哺乳動物だから、シャチを招き入れるまでは生みの苦しみで、予定通りに事は運ばず、関係者は気をもんだ(筆者も陰ながらその一人だった)。約2年半の間、主のいない巨大プールが一日千秋の思いでシャチを待ちわびた。ようやくやって来た初代のシャチの名前は「クー」。市民の大歓迎を受けて、和歌山県太一町の「くじらの博物館」からレンタル移籍でやって来たクーは愛嬌があり、多くの市民に愛されたが、2008年(平成20年)9月に死亡した。生き物の常だが、悲しい別れであった。しかし、その後も名古屋港水族館にはシャチが飼育され続け、現在も3頭のシャチが飼育されている。

現在(2021年9月現在)の3頭は、ステラ(推定35歳)、リン(8歳)、アース(12歳)だが、これらは全てステラを母とする一族だ。ステラはアイスランドで捕獲された個体で、鴨川シーワールドから2011年(平成23年)12月に夫のビンゴと共にやって来た(ビンゴは2014年8月に死亡)。2頭の夫婦の間に5頭のメスが生まれ、長女から四女は鴨川シーワールドで飼育されており、五女のリンが名古屋港水族館に残った。また、長女ラビー(鴨川シーワールドに健在)の長男がアースで、ステラの孫にあたる。アースの体調は5.5m、体重は2.4tで国内では最大のシャチだ。

このシャチたちが繰り広げるショーの迫力は圧巻で、名古屋港水族館の最大の魅力になっている。2019年には年間220万人の入場者数を記録し、ガーデンふ頭の代名詞ともなっている。ガーデンふ頭に賑わいを創る役割を十分に果たしていると言えるし、名古屋市の集客機能としても中心的な役割を担っている。

3.第二期経営計画の策定  -最大のミッションは入館者数の予測-

名古屋港水族館の整備主体である名古屋港管理組合は、第二期整備を前にして経営計画を策定する事とした。収支見通し、資金償還計画、利用促進策などを検討して安定的な経営を図るための計画を作り、愛知県や名古屋市の理解を得ることが目的である。この検討で最大のミッションとなったのは、収支や資金償還の大前提となる入館者数の予測であった。これについて、筆者が所属していた旧東海総合研究所(現、三菱UFJリサーチ&コンサルティング)は打診を受けたが、受託意向を即答せず、「慎重に検討したい」と答えた。大規模な投資であるから、名古屋港管理組合はもとより、出捐者の愛知県と名古屋市の関心が集まるから責任は重大であるし、シャチのいる水族館はほとんど例がないから正確に予測するのは容易ではないというのが慎重姿勢の理由だった。これを聞きつけた筆者は、「是非やらせてほしい」と直訴した。こういう未知の領域に道を示すのがシンクタンクの役割だと訴えた。若くて怖いもの知らずでもあった。会社の上層部の了解を取り付け、無事に落札して勇躍して取り組んだのは1996年(平成8年)のことである。当時は、第一期施設(南館)の裏手に、大型サイロの跡を利用した名古屋港管理組合の水族館担当事務所があり、独特の臭気が漂う中で打ち合わせを重ねた。

啖呵は切ったものの、確たる自信があった訳ではなく、少ないながらも経験上、データを集めることで道は拓けると思っていた。アプローチとして2つの検討手法を計画した。第一は、アンケート調査を実施して市民の意向をデータ化して統計的に推計する方法である。第二は、全国の水族館の特性や立地条件などをデータ化して多変量解析により推計する方法とした。多変量解析とは、入館者数を被説明変数として、複数の説明変数からなる関数を構築して推計する方法である。類似施設がなく、誰もが経験のない予測をする場合は、異なる複数の手法で推計することが理解を得られやすいと考えていた。

第一の手法であるアンケートによる手法は淡々と進んだ。問題は多変量解析である。日本動物園水族館協会に加盟している全ての水族館のデータを名古屋港管理組合から借用するととものに、各水族館の立地する条件等をデータベース化して、入館者数の実績を再現できる関数の構築に取り組んだ。この関数には、「シャチ変数」を入れることを最初から想定していた。つまり、シャチがいること、シャチのショーがあることを関数の中に変数として組み込めば、第二期施設(北館)独自の集客ポテンシャルを表現できると考えていた。その他にも、水族館の規模や魅力を表す変数として、延べ床面積、水量、魚種や魚類の総数など、データ化できるありとあらゆる変数を組み合わせて関数構築の試行錯誤を重ねた。勿論、母都市の人口規模やアクセス条件なども変数として用意した。

なかなか現況再現性(その関数で実績値を表現できる確率)の高い関数ができず、何日目かの夜が明け始めた頃、一筋の光明が見えた。試行錯誤を重ねるうちに、傾向を掴むことができれば、この種の手法は一気に前進することが多い。案の定、掴んだヒントを足掛かりに工夫を重ねると、現況再現性が一気に高まっていった。こうして「シャチ関数」が構築できたのである。

推計結果は、オープニング効果(オープン直後は人々の関心が高くて入館者数が多い事が通例)が織り込まれた初年度と、オープニング効果が抜けて定常化した3年目以降に分けて算出した。当時の記憶はいささかセピア色だが、初年度を240万人、定常時を170万人と推計したと記憶している。200万人を超える水族館は、調査時点で大阪海遊館しか存在していなかったから、強気すぎないかという指摘が待ち受けていた。

当然、名古屋港管理組合からは激しい質問攻めにあった。名古屋港管理組合のご担当者は、庁内はもとより愛知県や名古屋市など様々な方面に報告する立場にあるから、自分で理解できていなければならない。「シャチ関数をつくりました」などと、一見とぼけた表現では済まされないから必死である。こちらもそれを理解しているから、全霊を込めて説明して理解を得たのだった。

4.第二期施設(北館)開館後の集客結果は?  -大反響は「クー」のお陰-

第二期施設(北館)は2001年に開館したが、シャチはやって来なかった。シャチが来ない以上、入館者予測など役に立たない。なかなか迎え入れる目途が立たない中、名古屋港水族館は手を尽くして取り組んでいた。そして、北館が開館して約2年半後に、待ちわびたシャチがやって来た。和歌山県太一町で飼育されてショーもしていた「クー」だ。綿密に練り上げられた輸送大作戦によって、太一町の飼育員とともに名古屋港水族館にやって来てお披露目となった。結果は大反響だった。慣れない環境でも「クー」は、ショープールで名古屋市民に豪快なジャンプを見事に披露し、大量の水しぶきを上げて喝采を浴びたし、シャチプールではアクリルガラス越しに愛嬌たっぷりに振舞った(図表3はイメージ)。

「クー」の活躍が功を奏して、シャチ到着後の12か月間の来館者数は、ほぼ予測水準を達成したのである。また、その後の定常時でも予測水準通りで推移した(近年は名古屋港水族館の努力で上振れして推移している)。入館者数が予測通りとなったことで、第二期以降の名古屋港水族館の経営は、概ね順調に滑り出し、筆者は内心、胸をなでおろしていた。推計者としては面目躍如の結果であったが、それも「クー」のお陰であった。筆者にとっては忘れられない恩人となったのである。

(vol.36「その2」に続きます)

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