Vol.166 名古屋三の丸再生は難題だが立ち向かうべき理由がある  -名古屋市に迫る問題回避の象徴に-

名古屋市三の丸地区の原点は、江戸時代の尾張徳川家に仕えた高級藩士の武家地である。明治維新後は新政府によって没収されて軍用地となり、太平洋戦争後は都市計画公園(名城公園)となった。その後、公園の南側一帯を国・県・市の官庁施設として利用する事となり、現在に至っている。固有の歴史があって格式も高いエリアだが、現代の名古屋市民にとっては馴染みが少ない。三の丸ルネサンス期成会は、三の丸再生を図るべきだと提言した。その実現には難問山積だが、意義の大きさを考えたい。

1.名古屋市が克服すべき構造的課題  -待ち受ける人口減少、市経済縮退への道-

名古屋市の人口は、市制を施行した明治22年(1889年)には約16万人であったが、昭和9年(1934年)に100万人を超え、昭和44年(1969年)には200万人を突破して、現在は約230万人の大都市となっている。この間、三の丸地区は軍用地→都市計画公園→官庁街と変遷したが、都市機能集積エリアとしての歩みはない。

今、名古屋市の人口は横ばいトレンドとなり、この先は本格的な人口減少期へと転じていくと見込まれている。これまでになかった社会情勢に突入する訳だ。名古屋市が人口減少に転じていく理由は2つある。第一は少子化の進展に伴う自然減が拡大を続けているからであり、第二は若者を中心とした東京への人口流出による社会減が拡大基調にあるからだ。日本の総人口が減少している中で、名古屋市の人口減少を食い止めることは難しいと思いがちだが、東京への人口流出を抑止する取り組みを放置すべきではなく、その奏功如何では名古屋市は人口を維持しながら持続的発展を遂げる潜在力を有していると筆者は考えている。

しかし、人口トレンドを短期間で変えることは非現実的で、当面は人口減少期への突入を覚悟せねばならない。人口減少は家計消費の消失を意味するから、名古屋市経済は萎む可能性が高い。これを食い止める役割を担うのが交流消費だ。名古屋市への来訪者を増やし、市内での滞留時間を少しでも長くする仕掛けが充実すれば、交流消費が増進して家計消費の消失を補う形となり、市内総生産の縮退にブレーキをかけてくれる。

しかし、その一方で若者たちの東京への流出は続くものと考えられるから、これへの対処も必要だ。筆者の仮説は、「若者は付加価値創出力の高い都市・地域に吸い寄せられている」というものだ。若者たちの仕事への価値観は、マネードリブン志向からミッションドリブン志向に転換しており、仕事を通して社会に貢献できる活躍機会を希求している。付加価値額を大きく生み出せる企業でなければ、従業員の経済処遇はままならないし、社会貢献活動も実践できない。若者たちが経済処遇と社会貢献の両立に「やりがい」を感じているとすれば、これを代弁する経済指標が「付加価値額」であると筆者は考えており、これを創出するパワーを名古屋市が持たねば、若者の流出を止めることはできまい。つまり、名古屋市の産業構造において付加価値創出力を高めていくことが必要で、その実現のためには機能としては本社中枢機能、業種としては情報通信業や専門技術サービス業などの高付加価値型業種にターゲットを当てた産業集積促進に取り組まねばならない(図表1、vol.165ご参照)。

そして、若者たちだけでなく、子育て世代(30~40歳代)も流出超過になっていることを踏まえれば、市民全体のシビックプライドを高めていく取り組みも重要だろう。名古屋市民としての自慢や誇りとなる資源を育て、外部からは名古屋市への憧れに繋がる資源を作っていく取り組みを、総合的に展開していくことも必要だ。

2.三の丸ルネサンス期成会の提言   -本庁舎(重要文化財)を転用した街づくりを-

有識者等で構成する三の丸ルネサンス期成会は、2021年1月に「三の丸再整備から始まる城下町再生」という提言を公表した(vol.95、124ご参照)。ここでは、①官庁街に賑わい機能を導入して三の丸を文化・交流拠点とする事、②本町通を舞台とした名古屋三大祭の再生に着手する事、③南海トラフ巨大地震等に備えた防災拠点機能を整備する事、④重要文化財である県市の本庁舎を迎賓ホテルや博物館に転用して活用する事、⑤名古屋城と久屋大通を繋ぐ都心回遊性を創出する事の5つが提言された。

この提言は、三の丸地区で新たなプロジェクト(名古屋城天守閣木造再建、新愛知県体育館整備、金シャチ横丁第二期整備、第4合同庁舎建て替え事業)が胎動しているとともに、各官公庁施設が老朽化に伴う更新期を迎えている事や、リニア時代に向けた官民協働による名古屋の顔づくりが必要になる事などを強く意識したものだ。

これを受けて、名古屋市では本格的な検討に着手する前の手始めとして、名古屋都市センターに「三の丸研究会」を立ち上げて検討させた(2021年4月~2024年3月)。三の丸研究会には、機能導入部会と防災部会が設置され、先の三の丸ルネサンス期成会の提言を踏まえた各機能の導入実現の在り方が検討されるとともに、民間オフィス機能の導入についても検討された。

検討の結果、様々な可能性が見えると同時に、立ちはだかる壁の高さも再認識された。重要文化財の転用には種々の制約が付きまとうし、国県市の協力体制を構築しなければ進まないし、民間の投資機運はホテルと商業等には向くもののオフィス整備には慎重であることなどである。また、三の丸地区は歴史的に開発を強く規制してきた地区である。一団の官庁施設(官庁施設しか整備できない)に指定されている他、風致地区の指定を受け、容積率や建蔽率も規制が強く、高さについても自主規制を頑なに守ってきた経緯がある。こうした眼前に立ちはだかる壁を打ち破るには、相当のエネルギーが必要となるが、そのためには三の丸再生の意義を強く共有しなければならない。

3.三の丸再生の意義   -名古屋市に迫る問題を回避する象徴的プロジェクトに-

重要文化財(県市の本庁舎)を転用するなどして交流機能を強化し、民間オフィス機能の供給を行い、行政機能の高度化を図る事が三の丸再生に求められるあり方だと筆者は考えている。これには、3つの意義がある(図表3)。

第一は、MICE機能(ホテルやコンベンション機能)によって交流消費の増進に寄与する事だ。内外の観光客が名古屋城に触れ合いながら滞留する舞台となることで増進する交流消費は、市内総生産の拡充へと働くから、人口減少による市経済の縮退トレンドにブレーキをかけるし、リニア開業後は市内総生産の純増へと貢献する可能性を十分に秘めている。

第二は、付加価値創出力の向上に寄与する事だ。三の丸地区で民間オフィスの供給が進めば、本社機能や高付加価値業種の受け皿となって名古屋市の付加価値創出力の向上につながり、若者たちを惹きつける都市への脱皮に貢献すると考えられるからだ。現状では、三の丸地区は民間オフィス立地が期待できる状況にないが、SRTなどによって交通条件を高め、名古屋城を眼前に拝する空間が形成されれば、格調の高いオフィス街へと変貌を遂げることは可能だろう。

第三は、シビックプライドの醸成に寄与することだ。名古屋市が「お城の見える街」というイメージを広く浸透させ、三大祭の復活の舞台となれば、市民にとっての街自慢となり誇りともなるだろうし、外部の人々には名古屋市への憧れを喚起する可能性がある。シビックプライドの醸成は、若者たちや子育て世代の流出抑止や還流にボディブローのように効いてくるに違いない。

これら3つの意義は、先に述べた名古屋市に迫りくる問題を回避する方向に働くから、三の丸再生が持つ意義は大きい。難題山積でも立ち向かわなくてはならないプロジェクトだと思う理由はここにある。

名古屋市は、2024(R6)年度予算に「名古屋城三の丸地区まちづくりの推進」費を計上し、「構想案を作成」すると盛り込んだ。実務的に構想策定へと動き出したのだ。ここからの道のりは長いだろう。国と県を巻き込む一大事業となる。しかし、名古屋市が大きく脱皮する姿勢を内外に示し、新たな発展ステージへと登る意義の大きさを鑑みれば、勇躍して取り組んでほしいところだ。今後の議論・検討の進展に大いに期待したい。

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