Vol.167 名古屋市営交通事業経営計画2028に込められた新味  -厳しい経営環境に対応した「連携型経営」への転換-

名古屋市交通局が、新たな経営計画(2024~2028)を策定した。コロナ禍の影響を強く受けて収支が悪化したため、これを立て直すことを主軸とした経営計画だ。名古屋市交通局に限らず、交通事業者の経営環境は大きな変革期を迎えている。こうした中、公営交通ならではの使命と名古屋市交通局の特徴を踏まえた経営計画に込められた新味は何かを紐解きたい。

1.政令市で「一番安い!」公営交通  -利用者も、利用しない市民も共有すべき実態-

まず、東京都交通局と全国政令市の公営交通事業を対象に、バスと地下鉄の総延長を比較したい(図表1)。バスも地下鉄も最も長いのは東京都であるが、名古屋市はその規模に匹敵しており、政令市の中では最も総延長が長いことが分かる。東京都と同じ規模の総延長を持ちながら人口密度が半分以下の名古屋市は、東京都よりも圧倒的に不利なマーケットで交通事業をしている訳だ。

その上で、運賃を図表1で比較したい。バスは多くの公営交通が均一料金制を採用しているが、名古屋市の均一料金は210円で東京都や神戸市と共に最も安い。そして、定期券等の割引サービスや企画切符などの利用を含めた実質的な平均運賃(1人当たり料金)を比較すると名古屋市は134円となり、東京都を含めても最も安い運賃で利用されていることが分かる。しかも圧倒的な安さである。

地下鉄の初乗り料金210円は多くの政令市と同水準で、東京都だけが初乗り180円となっている。そして、バスと同様に実質的な平均運賃(1人当たり料金)で比較すると名古屋市は156円となり、東京都を除いた政令市の中では最も安い運賃となっている。これは、名古屋市交通局の大健闘と呼ぶにふさわしく、喝采を送りたくなるのは筆者だけではあるまい。

このように、名古屋市交通局の公営交通事業は、国内の政令市の中で最も大規模に事業を展開し、最も安い運賃でサービスを提供している実態を把握することができる。しかし、名古屋市のバスと地下鉄が、「日本一安い」と言って良い事を市民は実感していない。舞台裏では、名古屋市交通局のたゆまぬ努力の積み重ねがあり、バスの赤字路線の維持を補助する大規模な財政支援があることを、利用者も利用しない市民も認識しておく必要がある。そうでないと、今後の市営交通事業の経営を共に考える事が困難になるからだ。

2.襲い来る厳しい経営環境   -コロナ禍、リモートワーク、シェアリングエコノミー、人口減少-

交通事業の経営環境は厳しい。コロナ禍によって乗車人員が大きく減少したことから、名古屋市営交通ではバスも地下鉄も経常収支が赤字に一気に転落した(図表2)。その後、乗車人員は徐々に回復しているものの、コロナ前の水準には戻っていない。加えてエネルギー費用の上昇が大きな負担となるなどコスト増加要因が重なり、バスも地下鉄も厳しい収支が続いている。バスでは経常収支の赤字が続いており、地下鉄の経常収支は3年ぶりに黒字に戻ったもののコロナ禍前の水準には程遠い。

コロナ禍以外にも経営環境が厳しくなる事象が目白押しだ。コロナ禍が産み落としたリモートワークやオンライン会議は、有効なワークスタイルとして定着している。そうした中でも移動を伴う面直スタイルの重要性は色褪せておらず、重要な会議や節目の会合、式典を伴う集会などは、現地に出向いて行いたいという姿勢を官民ともに示している。その一方で、定期報告会や社内会議などはリモートスタイルで行う方が効率的で、在宅勤務も有効だという事も我々は体験した。従って、リモートスタイルが残る以上、今後も移動需要の一部が通信に転換すると考えねばならない。このことは、特に定期券の販売を厳しくすることだろう。

また、シェアリングエコノミーの進展も交通市場には影響をもたらし始めている。カーシェアリグ、シェアサイクル、ライドシェアなどは社会現象として注目を集めており、今後も普及が進むことが想定される。生活者としては、移動手段の選択肢が多様化し、経済的に利用できるから基本的には好ましい事だが、名古屋市営交通から見ればバス・地下鉄からの需要転換となるため、厳しい潮流だ。

そして、今後到来するのが名古屋市における本格的な人口減少だ。既に、名古屋市の人口は増加基調から横ばい基調に移っている。日本人に限れば人口減少が生じていて、外国人の転入によって230万人の人口が維持されている状況だ。しかし、今後は自然減が一層拡大していくことが確実で、社会増減も東京への転出超過が拡大基調にあることを踏まえれば、早晩に本格的な減少期へと突入していくことが確実だろう。人口減少は、交通市場の縮退を意味するから、この観点からも市営交通の経営環境は厳しい。

3.新たな経営計画の中にある新味とは   -他者との「連携型経営」への転換-

新しく策定された「名古屋市交通事業経営計画2028」が掲げた計画の理念は、「変わる時代に、変わらぬ使命のために!」とされている。「変わる時代」とは、先に述べた経営環境の変化を踏まえたものだ。そして、「変わらぬ使命」とは、「安全・安心、快適・便利な交通サービスを提供する」ことだと宣言している。加えて、「名古屋のまちの将来に貢献できるように持続可能な経営を実現する」とした。この計画の理念の中で、筆者としては「まちの将来に貢献する」市営交通であろうとする姿勢に強い賛意を送りたい。

次に、施策の構成は4本柱とされ、「持続可能な経営の確立」を土台としつつ、「安全・安心の推進」を中心に、「快適・利便性の高いサービスを提供」するとともに「まちの将来に向けた行動」を実践すると建て付けた(図表3)。

こうした経営計画の骨格の中に見出すべき新味は、「連携型経営に転換する」という意味合いにあると筆者は捉えている。明示的な表現はないが、キーワードを紡ぐとそのように映る。それは特に、「まちの将来に向けた行動」の中に込められている。例えば、「周辺のまちづくり等との連携」という施策の中では、他部局や民間企業との連携が位置づけられている。地下連絡通路の整備などが典型例として記述されているが、名古屋市交通局が協力することで、暮らしやすいまちとなる取り組みは他にもあるはずだ。

筆者がかねてから主張しているのは、バスターミナルの上部空間の利活用だ。バスターミナルはバスと地下鉄の結節点であるが、その上部空間を活用して保育園、塾、クリニック、カフェ、ドラッグストアなどが入居する空間を創れば、周辺住民の利便性は格段に上がるだろう。しかし、名古屋市交通局は公営企業であるから、交通事業の独立採算を求められているため、こうしたまちづくりへの投資を積極的に行う事ができない。そこで、住宅都市局や緑政土木局と連携して投資を他局に委ねることができれば、交通利用者の増進を実現し、地権者(=交通局)としての貸付料の収受も可能となり、持続的経営に貢献するはずだ。

また、マナカをモバイルマナカにできないか、鶴舞線と名鉄豊田線との相互直通運航を一層に一体的運航できないか、なども検討に値しよう。これらはいずれも名古屋鉄道との協議が不可欠であるから、胸襟を開いた連携を模索することで両者にメリットのある打開策が見つかる可能性もある。

実は、名古屋市営交通事業経営計画2028の策定に当たっては、筆者も議論の一部に参画した。上記のような連携策を提言したが、ただちには実践が難しいようで明示的には織り込まれなかった経緯がある。しかし、計画の理念に「将来のまちづくりへの貢献」を掲げ、施策の柱に「まちの将来に向けた行動」を位置づけ、「周辺まちづくり等との連携」や「企業・大学・地域・他部局等との連携」を盛り込んだのだから、これらを通して「連携型の経営」に転換していく意味合いは紡がれていると解したい。

経営環境が厳しい中で、名古屋市交通局が単独で経営改善していく手段は豊富には存在しない。勿論、割引制度の見直しによる実質運賃の向上を図るという選択肢もあるが、ギリギリまで「日本一安い公営交通」を守る姿勢を堅持してもらいたい。優先すべきは、他者との連携の中で利用者満足度を高め、収入機会を得るとともに、費用の効率化を図る戦術を模索する事が、持続的経営への道筋だと筆者は考えている。このことを新たな経営計画の新味として今後の5年間で取り組み、国内最大の公営交通事業者として「日本一安い公営交通」を維持するための高度な経営手法を身に着ける期間としてもらいたいと願っている。

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