Vol.138 海陽学園が育むリーダー人材に膨らむ期待  -全寮制中高一貫男子校の行方-

愛知県蒲郡市の海辺に立地する海陽学園は、全国で唯一の全寮制中高一貫校(男子校)だ。2006年(平成18年)に開校して12期の卒業生を送り出している(2023年時点)。開校の精神は「日本のリーダー人材の育成」にある。この学園で学ぶ生徒と保護者、指導する教員とスタッフ、経営する企業人たちの志は一致していると筆者には映る。しかし、真価が発揮されるのはまだ先だ。学園が育むリーダー精神を宿した卒業生たちが社会で活躍する姿を想像すると胸が躍らずにはいられない。

1.海陽学園の概要  -リーダー人材=学力+3つの力-

JR東海、トヨタ自動車、中部電力などが中心となって設立された海陽学園は、日本で唯一の全寮制中高一貫男子校だ。寮を持つ中高一貫校(通い学生と寮生が混在する学校)は多数あるが、全寮制となると海陽学園だけ。ここまで際立った個性を持つ学校を創立するには、相応の志がなければ実現しまい。開校の精神は何か、紡ぐDNAは何かを西村校長に聞いた。

「リーダー人材の育成」を掲げる海陽学園だが、教育者たちが目標とする人材像はもう少し幅広い。換言すれば「社会で活躍する人材」を育てようとしている。このため、社会で活躍するためには、一定水準以上の学力も必要な要素の一つだが、①対人能力、②問題解決能力、③自己管理能力を身に着けることも重要だとしており、そのために全寮制という環境が必要だと語る西村校長の言葉には確信が宿っている。

子ども・若者の教育の場は、学校、家庭、地域社会が担わねばならぬことは言うまでもない。しかし、現実は学校への依存が大きく、学力向上を補うために塾通いが定着している。家庭の役割は「教育」の観点からは見え難く、地域社会に至ってはその認識が希薄化して久しい。これに対して寮生活は、家庭生活であり、社会生活でもあるので、授業だけでは培えない①~③の能力を寮生活の中で培うことを企図している訳だ。

西村校長の全寮制に対する熱い思いは尽きない。寮生活には当然にして規則があるわけだが、SNS禁止(原則スマホは不使用)、ゲームなしで、規則正しい生活の中には通学時間も発生しないから、生徒たちは一般の子どもたちよりも圧倒的な時間を持っている。この時間を使って先輩や大人たちとのコミュニケーションを重ねているわけだから、「学力+①~③の能力」を培えるのだというお話には説得力がある。確かに、一般社会の子どもたちは無駄な時間を費やしていることが多く、親の管理だけでは適正にコントロールできているとは思えない。寮生活だからこそ、規則の中にいるからこそ身につく能力はあるに違いない。13歳~18歳の6年間の時間の使い方の違いは、とてつもなく大きなもののように思える。因みに、ジャンクフードも一切食さずに過ごすから、小太りで入学した子どもたちは皆、あっという間にスマートに成長していくという。

2.誤解されやすいメリットの数々   -濃密な家族時間、いじめを深刻化させない空間-

一方、海陽学園の実態や、他校にないメリットを一般の保護者が理解する機会は多くないようにも思える。「全寮制の中高一貫男子校」という言葉だけから想像できるメリットはむしろ少ないのではなかろうか。同時に、多くの誤解に基づくイメージも付きまとう。

例えば、「入寮したら子どもに会えなくなる」という心配を多くの親が抱くのではなかろうか。しかし、海陽学園では年間の帰省日を計画的に設定しており、約100日間を家庭で過ごす時間に充てている。寮生活は残りの265日間だ。押しなべて平均すれば3日に1日は家庭で過ごしている計算となる。全く会えない月は年間に4つの月しかなく、保護者が子供に会える機会は比較的充実している。むしろ、一般の家庭よりも帰省日に過ごす海陽学園の生徒の家庭時間は、濃密な親子時間となるのではなかろうか。ご両親は我が子の大好物を入念に用意し、お出かけの計画も立てて迎えるだろう。そんな両親の配慮を子どもは敏感に感じ取り、感謝の念を持つに違いない。何気なく過ごしてしまう毎日の家庭生活よりも、濃密な親子時間を過ごす子供の方が、孝行心が強く宿るかもしれない。

いじめや不登校についても西村校長に聞いてみた。いじめは時として起きるという。しかし、全寮制で集団生活を送る子どもたちには上下関係(先輩、後輩)があり、ハウスマスターやフロアマスターなど寄り添う大人との斜めの関係もあって、一般社会よりも衆人の目が圧倒的に行き届いている。そうすると、いじめに対して周りの子どもたちが助けに入ったり、手に負えないと考えればSOSを大人に出してきたりといじめが深刻化しないメカニズムが働くという。また、帰省日を終えると寮に戻りたくなくなる子どもいるというが、そんな時は必ず寮生たちが声をかけて校内に迎え入れるらしい。一度、寮に足を踏み入れてしまえば元通りの生活に戻れる。こうした場面を通して、仲間との絆が苦しい時に自分を助けてくれると、海陽学園の子どもたちは実体験を重ねているのだ。決して、いじめが起きた時に逃げ場のない空間ではないし、むしろ助けを求めやすい空間になっていると解すべきだろう。

恋愛事情についても聞いてみた。極めて微笑ましい話を聞いたが、ここでは控えておきたい。一つ言えることは、健全な精神が育まれているということだ。

3.日本の発展に貢献するときは必ず来る   -職業観を育む多様な機会を与えてほしい-

海陽学園では、国公立大学への現役合格を目指している。2021年度の全実績では、約45%が現役で国公立大学に合格している。これは、開成高校と同じ水準で麻布高校よりはるかに高い。特給生に限ると80%を超えていて他を寄せ付けない。卒業生全体の上位大学への進学実績は、東大と京大への進学者数が全体の11%、早慶への進学者は同40%、医学部への進学者は同16%で、進学校としても十分な実績だ。しかも、塾通いをしていないのだから脱帽する。

一方、大学卒業後の就職先についてみると、77%が企業、11%が医療機関、7%が公務員となっている(1~6期卒業生)。圧倒的に多い企業のうち、約20%が賛同企業に就職しているという。賛同企業とは、海陽学園の主旨に賛同し、キャリア教育(企業訪問、工場見学等)に協力したり、フロアマスター(12棟ある各寮にはハウスマスターという管理責任者が置かれるとともに、各階ごとに生活指導や相談役となるフロアマスターが配置されている)を派遣したり、寄付を行うなどの協力をしている企業を指す。賛同企業には、日本を代表する有名企業がずらりと並んでおり、こうした企業への就職者が多いということだ。

海陽学園は「社会で活躍する人材」を育て、「日本のリーダー人材」となることを目指しているから、日本を代表する有名企業にOBが多数就職し、ここで活躍を見せることは、当初の目的を達成することになるのかもしれない。また、賛同企業としても協力への見返りとして有能人材を得ることはWin-Winの関係と言えるのかもしれない。但し、この点はよく分析し、考えておかねばならぬ事のように筆者には思える。

日本の発展に貢献するということは、活躍の舞台は国内に限る必要はなく、ましてや愛知県内に限る必要もない。国内外を問わず、業種を問わず、広い領域で海陽学園のOBが活躍することを筆者は期待したい。海陽学園を学び舎として巣立った若者たちは、他では得難い仲間との絆を持ち、学力と共に①対人能力、②問題解決能力、③自己管理能力を身に着けている。こうした人材が業種や地域を超えて協力し合うとき、日本の発展に貢献するパワーが発揮されるのではないかと期待する。

このように考えれば、活躍の場は多種多様である方が望ましいのではなかろうか。公務員の割合が少なくないか、メーカーや商社に偏ってはいないか、中部の企業に偏りはないか、などを十分に吟味してほしいところだ(筆者はこの点に十分な情報を持っていないので想像で語っている)。そのためには、海陽学園で過ごす6年間の中で、職業観を培う機会を充実してほしいと願う。生徒たちが日本社会の構造を学び、各業種の役割やポテンシャルを感じ取り、様々な職能・職位のパワーを知ることで、将来の日本を新しい発展へと導いてくれると思うのだ。

海陽学園の卒業生たちが身に着けている「仲間と力を合わせる能力」はおそらく日本トップクラスだ。その上で、職業観をいち早く育み、社会貢献の尊さを学び取り、自身に高い目標を掲げてその後の進路に臨んでもらいたい。そのためにキャリア教育を如何に工夫し、充実させるかは重要な課題であるように思う。

現時点で社会に出た人材は6期に過ぎない(大学を卒業した海陽学園OB)から、海陽学園のパワーが社会で真価を発揮するのはもう少し先になろう。しかし、着実にその時に向かって進んでいると筆者は感じる。そして、そのパワーがより早く、より大きく開花することを願ってやまない。西村校長をはじめとする海陽学園の関係者に深く敬意を表すとともに期待を込めて上記のエールを送りたい。

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