Vol.141 長野県を社会増に転換した東京脱出人口  -居住地選択トレンドと国土の課題-

2021年に東京都特別区からの転出超過が明らかとなり、人口の脱・東京現象が注目された(vol.113ご参照)。但し、全国から東京に転入する人口のボリュームは大きく、地方は東京に依然として人口を吸い上げられ続けている。そんな中、2022年の長野県人口が22年ぶりに社会増に転じた。中でも特に増加傾向が強かったのは長野県東部で、東京からの転入者が主要因となっている。この現象が示唆する脱・東京の居住地選択トレンドを考える。

1.2022年の長野県人口に起きた変化  -22年ぶりの社会増への転換-

全国の自治体で共通している人口問題は、少子高齢化によって自然減が拡大し続けていることだ。一方、愛知県など大都市を抱える道府県では近隣県からの転入者による社会増で自然減を補える例があるが、多くの道府県では東京への転出者が多いことによって社会減となり、自然減と相まって人口が減少している。

筆者が所在する愛知県でも東京に対して年間1万人オーダーの転出超過となっており、名古屋市では5千人オーダーの東京への転出超過となっている。愛知県、名古屋市では、東京にこれだけのボリュームが吸い出されている一方で、近隣地域と外国人によってそれ以上の転入者があり社会増加を維持してきたが、近年は近隣地域からの転入者が減少し、自然減を社会増で補うことができず人口減少へと転換している。

東京は全国の地方自治体から人口を吸い上げ続けており、一度東京に出た人口が戻ることは稀なため、日本では人口が東京一極に滞留するという状況が構造化している。これが、地方が疲弊する大きな要因の一つだ。東京一極滞留は、少子高齢化問題とともに日本の大きな人口問題である。

そのような中、2022年に長野県では22年ぶりに社会増に転じた(図表1)。長らく社会減が続いた地方県で社会増に転じることは珍しく、地域社会の局面転換を意味する場合が多い。長野県では自然減が拡大し続けており、社会減も続いていたことから、人口減少が続いている。今回の社会増への転換も、自然減のボリュームが大きいため長野県の総人口の増加にはつながっていないが、社会減から社会増への転換は大きな出来事だ。

なぜ、長野県で社会増への転換が起きたのかをもう少し探るために、市町村別の状況を見ておきたい。2022年の長野県内で社会増が大きかった市町村は、松本市(742人)、安曇野市(574人)、佐久市(423人)、北佐久郡(666人)であった。北佐久郡は軽井沢町、御代田町、立科町で構成されるのであるが、軽井沢町では477人、御代田町では240人の社会増が報告されている。因みに、県都である長野市では▲522人の社会減であった。

この中で筆者が注目したいのは県東部の佐久市と北佐久郡だ。佐久市には北陸新幹線の佐久平駅が、北佐久郡には軽井沢駅が整備され、東京駅への所要時間は佐久平駅から80分、軽井沢駅から62分である。この東京との交通条件が社会増の要因に大きく寄与しているはずだ。

それを確認するために、東京からの転入者に限って集計したものが図表2だ。このグラフでは、コロナ禍前のR1(2019)年に比して、東京からの転入者が増加した人数(グラフ左側)と増加率(グラフ右側)を示している。これを見ると、軽井沢町と佐久市で東京からの転入者数の増加人数が多く、増加率では軽井沢町、佐久市に加えて御代田町で高い。

やはり、佐久市と北佐久郡で社会増が大きいのは、東京からの転入者が増加していることによると考えて良い。尚、北陸新幹線の沿線都市ではないが、松本市と安曇野市も東京からの転入者の増加傾向が見られることから、社会増となる背景には脱・東京の転出先として選ばれることが大きな要因となっている事が分かる。

2019年に、コロナ禍によって東京特別区からの転出者が増加し、その多くが首都圏内の他都市に移住したことをvol.113「東京都を人口減少に転じたコロナ禍インパクト」で指摘した。この中では、選ばれる都市の条件として①東京へのアクセス性、②経済性(東京よりも安い)、③都市サービス水準、④風光明媚、⑤ブランド性の5つの条件を挙げた。今回の長野県に生じた社会増を見ていると、首都圏外の都市が選択される場合においても、同様の5条件が当てはまると考えて良さそうだ。

長野県の佐久市、北佐久郡に照らして考えれば、北陸新幹線によって東京アクセスが確保され、経済性、風光明媚の条件はいずれも備えており、ブランド性で言えば軽井沢は圧倒的な知名度によって満たされるだろう。都市サービス水準は都市機能集積の度合いによるため、長野県東部ではさほど高くないものの、DX時代による諸サービスによって遠隔地においても不満のないライフスタイルを構築することが可能となっているから、小規模な都市でも選択され得ることが示唆されている。

この現象では、「(DX+コロナ)×北陸新幹線=長野県東部の選択」という構図が当てはまる。DXが進展する中でコロナ禍がリモートスタイルを定着させ、通勤に縛られる必要がなくなった人々は、東京から脱出して豊かなライフスタイルの構築を希求していると捉える事ができる。軽井沢町は、その典型として選択されている訳だ。

2.静岡県東部でも起きている東京からの転入増加   -東海道新幹線沿線地域の増加-

同様の現象は静岡県東部でも起きている。静岡県全体で社会増になってはいないが、東海道新幹線の三島駅が利用できる三島市、長泉町では、東京からの転入者がR1年(コロナ禍前)に対してR2~R4で増加している。また、新幹線沿線都市ではないものの、温泉地として有名な伊東市でも東京からの転入者が増加している(図表3)。但し、熱海市は東京との関係において社会減となっており増加していない。

先ほど示した脱・東京を実践する人々に選ばれる5つの条件のうち、熱海市は不動産価格が高いため割安感がなくて選ばれていない可能性が高い。これに対して三島市と長泉町は、東海道新幹線によって東京アクセスが44分(東京駅~三島駅)で確保されて至便な上、経済性にも優れ、風光明媚(富士山を間近に眺められる)と条件がそろっている。伊東市の場合は東海道新幹線熱海駅から在来線で更に23分を要するが、経済性と風光明媚に加えて有名温泉地としてのブランド性が評価されている可能性が高い。東海道新幹線で熱海駅~東京駅は30分であるから、新幹線を利用しやすいことが重要な条件となっているはずだ。

ここでも、「(DX+コロナ)×東海道新幹線=静岡県東部の選択」という構図が見えてくる。長野県東部と同様の背景から、静岡県東部も選択されていると考えて良いだろう。尚、御殿場は新幹線の小田原駅を利用するにしても、三島駅を利用するにしても在来線を2路線乗り継がねばならず、交通抵抗が強くて東京からの移住先として選択されていないようだ。交通条件で明暗が分かれている。

3.新たな居住地選択トレンド   -「(DX+コロナ)×新幹線」でライフスタイルを転換する人々-

コロナ禍以降の居住地選択における脱・東京トレンドからは、「(DX+コロナ)×新幹線」で選択される都市が見えてくる。新幹線が利用できることで東京への高速アクセスが確保される都市が脱・東京の移転先候補となりやすい。東京から脱出している人々の多くは、転職を伴わずに移住している場合が多いはずだ。或いは、リモートスタイルの就労が可能な仕事に東京で転職してから移住している場合もあろう。この点が、(DX+コロナ)前と大きく違う点で、地方は雇用を用意しなくても良いから東京からの移住を容易にしている。通常はリモートスタイルで仕事をして、必要に応じて東京に移動し面直スタイルの仕事をこなす。これが(DX+コロナ)で産み落とされた新しいワークスタイルで、その結果、ライフスタイルにおいても時間的、経済的、空間的なゆとりを享受しやすくウェルビーイングを実現できる。

これを将来に置き換えると、リニア中央新幹線(以下、リニア)が開業すれば、リニア沿線地域には「(DX+コロナ)×リニア=リニア沿線都市の選択」という構図が生まれる可能性が高い。長野県東部と静岡県東部で起きている現象がさらに広域化することで、東京一極滞留という国土上の人口問題に向き合える好機が訪れる。居住地選択の多様性が確保される国土を念頭に置けば、地方は目標を立てて地域戦略を構築しやすい。

リニア沿線地域では、軽井沢や三島に競合し得る条件を整えるべく対策を講じる必要がある。先に示した5つの条件のうち、最も難しい条件がブランド性だ。どのような資質に重点を置いて、ブランド性を構築していくかは、各都市によって戦略が異なるはずだ。但し、地方都市が共通して心構えをしておく必要があるのは教育環境の向上だと筆者は考えている。東京で高い教育費を負担して私学を利用している人々が、安心して地方の公教育に子女を委ねられる環境を整備することが望ましい。公教育の高質化は、東京一極滞留という人口問題を克服する上で、地方が取り組むべき共通の重要課題であろう。

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