Vol.84  リニア時代の飯田の未来  -時空を超えた立地条件の変化-

長野県飯田市は、古くから南信地域の中心都市だ。JR飯田駅を中心に諸機能が集積し、天竜川の河岸段丘に住宅市街地が展開している。広域アクセスは中央自動車道が利用でき、主産業はリンゴをはじめとする農林業のほか、電子デバイス部品の製造業が集積して航空宇宙産業とも繋がっている。但し、人口は10万人を切り、若年層の域外流出が止まらない。こうした状況の飯田市では、リニア中央新幹線の中間駅の整備が進められている。リニア開業によって飯田市にはどのような可能性が広がるのかを展望してみたい。

1.SMRの中の小さな巨大背後圏都市に  -2時間圏人口は15倍に!-

2020年(R2)国勢調査による飯田市の人口は98,164人で、前回調査(2015年)比で▲3.4%の減少となった。4年制大学がないため、18歳~20歳の若年人口の流出傾向に歯止めがかからない。東京、名古屋へのアクセスは中央自動車道を利用した高速バスに依存しており、東京へは4時間、名古屋へは2時間を要する立地条件だ。三遠南信自動車道の整備も進められているが、その進展は遅々としている。全国の地方都市と同様に苦しい都市経営を強いられているのが実情だ。

但し、この都市には極めて明るい材料が存在する。それがリニア中央新幹線(以下、リニア)の整備だ。リニアがもたらす最大の効果は圧倒的な時間短縮なのだが、飯田市のように高速バスに依存した都市(高速鉄道のない都市)に航空機並み速度のリニアが開業すると、時空を超えるような時間圏の拡大が生じる。

例えば2時間圏で見てみよう(図表1)。現在の飯田市の2時間圏人口(2時間で行ける範囲にある人口集積)は287万人だが、リニアが品川~名古屋間で開業すると、中間駅を利用できる飯田市の2時間圏は圧倒的に拡大し、2時間圏人口は4,216万人となる。現在の国土では、品川からの2時間圏が4,100万人で国内最大だから、飯田市は品川と同規模以上の2時間圏を背後に擁することとなり、現状比で15倍に拡大するのだから凄まじい。リニアが新大阪まで全通するときには飯田市の2時間圏人口は5,480万人に達し、現状比で19倍の規模となる。

背後圏が大きいという事は、飯田市からは多様な都市に行きやすく、飯田市に広域から人を集めやすいということを意味する。飯田市民は、2時間の中で今よりも活動できる範囲が相当に広がるから経済活動がしやすいし、生活における行動の選択肢が広がって豊かさを享受しやすくなるに違いない(例えば、日曜日に歌舞伎座で観劇して銀座で買い物して帰ってくることなど容易になる)。また、広域から人を集めやすくなるから、現在の観光資源を活性化できる可能性が高まり、イベント開催時には高い集客力を発揮することが可能となる。今は大都市からは見えていない南信州の小都市であっても、リニアが開業すると可能性が大きく広がることが期待できる。

国土交通省は、リニアが開業することで沿線都市の連携が高まり、一体的な経済圏が誕生することを称して「スーパーメガリージョン(Super Mega Region;SMR)の形成」と位置付け、国土の発展を牽引する圏域として期待をかけている。飯田市はこのSMRの中に立地することになるのだが、中間駅を抱える都市は、特段に巨大な背後圏を擁する都市になる訳で、人口9.8万人の小都市が430倍の2時間圏(4,216万人)を背後に抱えたときに、どのような可能性が広がるのかを考える事は、実にダイナミックでロマンがある。

2.脱・東京のトレンドに見る飯田市の可能性  -脱出先として選ばれる5つの条件-

2021年の住民基本台帳では、東京特別区部(23区)の人口が転出超過に転じたことが明らかとなった(vol.57、vol.73御参照)。「DX+コロナ」によって居住地選択における通勤縛りがなくなり、脱・東京のトレンドが鮮明化したのである。東京から脱出を図った人々が選択した上位都市は、茅ヶ崎市、藤沢市、鎌倉市、つくば市、町田市などだ。これらの選ばれた都市が示唆する条件は5つある。①東京へのアクセシビリティ(いざという時に東京に行きやすい)、②都市機能集積(都市規模があって便利)、③風光明媚(湘南海岸など)、④都市ブランド(差別化ポイント)、⑤経済性(地価、家賃)と筆者は読んだ。

今は首都圏の中で東京脱出トレンドが生じている訳だが、「(DX+コロナ)×リニア」となればこのトレンドはリニアに沿って広域化する可能性が高い。だからリニア沿線地域となる飯田市の適合性を、5つの条件に照らして考えてみたい。

①の東京へのアクセス性は、リニアが開業すれば飯田市は十分に備える事となる。②の都市機能集積は備えていない。③の風光明媚な環境は、南アルプスの眺めをはじめとして飯田市の自慢とするところだ。④の都市ブランドは飯田市にも備わっているのだが、今の飯田ブランドで十分とは言えない可能性がある。そして⑤の経済性の代表指標である地価は安いからうってつけだ。つまり、都市機能集積と都市ブランドの2点において克服すべき課題があるが、それ以外の条件は高い水準で満たしているのが飯田市の実情だ。「(DX+コロナ)×リニア」の時代に選ばれる都市になるために、飯田市が準備すべき課題解決のヒントがここにあると考えて良いのではなかろうか。

3.IIDAブランドの構築  -デジタルガバメントを進めてほしい-

まず、都市機能集積条件をいかに克服するかを考えてみたい。東京脱出を図っている人々の多くが一定の都市機能集積を求めているのは、生活利便性を享受したいからだろう。買い物、外食、医療、教育・子育てなどの多様な分野において、人口規模の大きな都市には一定のサービス水準が備わっている。しかし、人口10万人を切って減少を続ける飯田市にとって、都市機能集積の具備を実現する事は事実上困難だ。これを克服するためにはDX対応を進める事が有効だ。例えば、日常の買回り品(食材、生活雑貨等)については、ネットスーパーがあれば相当程度カバーできる。飯田市におけるネットスーパーの現状がどの程度か筆者は承知していないが、町の商店を上げて「ネット購買+宅配」を充実化する取り組みを促してみる価値があるのではなかろうか。宅配がネックになるのであれば共同宅配システムを構築するのも選択肢だ。

その他にも、医療の分野における遠隔診療や、教育・子育ての分野におけるICTの活用などについて、様々な実証実験を積極的に重ねながら本格導入のロードマップを各分野ごとに作り上げていくことができれば、大都市の利便性を小都市でも実現できる可能性があろう。DX対応型のライフスタイル構築の環境づくりを、飯田市がリニア開業までに充実化すべき課題として検討してみてはいかがだろうか。

次に都市ブランドだ。飯田市では公民館活動が盛んで、飯田文化の代表例として扱われることが多い。これは今後も維持してほしいし、共感する都市住民もいるだろう。しかし、一方ではDX時代にふさわしい自助・共助・公助のあり方も考えて行かねばなるまい。公民館活動が自助・共助の拠点だとすれば、公助をDX型で進める事も今日的課題ではなかろうか。大都市からの移住を考える子育て世代は、フルリモートで働く夫婦が一定程度いるという前提に立つ必要があるから、DX世代に行政サービスを円滑に提供できる社会システムを飯田市として構築していくことは重要だ。きめ細かい行政サービスをネット環境を通して提供できるデジタルガバメントの先進都市を標榜するとき、新しいIIDAブランドが構築されると考える事も出来るのではなかろうか。

飯田市で育ち、東京や名古屋に流出していった若者たちが、リニア開業後に5つの条件を備えたIIDAを見たとき、配偶者や子供を伴って飯田市に戻ってくるシナリオを描きたい。1人で出て行って3人で帰ってきてくれれば、効率的な社会増加が生まれる。Uターン者は家を探す必要がないから、本人にも行政にも負荷がかからない。大都市に比べて、空間的にも時間的にも経済的にもゆとりのあるライフスタイルを構築することが可能だから、きっと地域の担い手にもなって活躍してくれるだろう。

飯田市は、これまでも広域連携の推進や地産地消型のエネルギーシステムの構築など、時代を先取りする取り組みを進める先導都市として歩んできた。そのDNAを発揮して取り組めば、「(DX+コロナ)×リニア」の時代に選ばれる都市となる資質を備える事は可能なはずだ。SMRの中でキラリと光る奇跡の都市に、飯田市はなれると筆者は思うのだ。

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