Vol.93  ジブリパークが拓く愛知新時代  -その狙いと効果-

2022年11月1日、愛・地球博記念公園(愛知県長久手市)にジブリパークが開園した。愛知県がスタジオジブリを誘致してジブリの世界観を永続的に発信する拠点を整備したものだ。話題性は国内外にわたって高く、広く関心を呼んでいる。このジブリパークは愛知県を新しい時代へと誘う(いざなう)可能性を秘めている。日経新聞が開園翌日に掲載した興味深い記事とともに、筆者の目線からその特性と意義を紐解いてみたい。

1.ジブリパークの概要  -その特徴は大自然の中にある世界的コンテンツ-

ジブリパークは愛知県知事がスタジオジブリ側に根気強く働きかけたことにより実現に向けて動き出した。県とスタジオジブリがパーク整備に合意すると、愛知県は愛・地球博記念公園(モリコロパーク)内にジブリが企画した施設を340億円かけて整備し(建設工事は鹿島建設)、運営は中日新聞社とスタジオジブリが出資する株式会社ジブリパークが行う体制を構築して開園した。

有料エリアは5つ整備される計画で、このうち3エリア(青春の丘、ジブリの大倉庫、どんどこ森)がこの程オープンし、1年後の2023年秋には残りの2エリア(もののけの里、魔女の谷)がオープンする予定だ。有料エリアの整備面積は5エリアの合計で7.1haに及ぶが、これは愛・地球伯記念公園の3.7%に相当する。従って、ジブリパークは広大な自然環境の中に溶け込むように分散して立地しているのが特徴だ。

入場者数の見通しは、3エリア開業時で年間100万人(公園全体で200万人)、5エリア開業時で年間180万人(公園全体で280万人)と見込まれている。5エリア全てが開業した段階での経済効果は、直接効果(来園者による消費額)が283億円、これにより誘発される生産額増分が121億円、これらにより得られた雇用者所得からの消費増分が76億円と試算されており、経済効果額は全体で年間480億円と試算されている。

交通手段は、愛・地球博記念公園の駐車場収容台数が362台のため、十分な駐車容量とは言えないことから愛知県はリニモ(Linimo:東部丘陵線)の利用を促している。リニモは、愛・地球博開催時に整備された磁気浮上式鉄道で、名古屋市営地下鉄東山線の東端「藤が丘」から愛知環状鉄道「八草」までを結んでいる。リニモの愛・地球博記念公園駅が公園北口に直結しており、スムーズな入園が可能だ。

2.狙いと意義  -愛知県の新しい時代を拓くトリガーに-

ジブリパークの誘致と整備に愛知県知事がこだわりを持って熱心に取り組んだ理由は何か。それは、愛知県に交流型産業を振興することと、国際化を促進することにあると筆者は読んでいる。この二つは、愛知県が長年にわたり克服できなかった構造的な課題なのだ。

愛知県の産業構造は製造業に特化しており、中でも自動車産業に依存している。世界的な集積地として県民の誇りではあるものの、あまりに依存度が高いため「一本足打法」と呼ばれ、自動車産業以外の業種を育てて産業構造に厚みをもたらすことが県経済の持続的発展に必要と認識されてきた。その一つが交流型産業で、集客力のある交流資源を構築することが不可欠との認識から、愛知県知事は大規模展示場スカイエキスポ(常滑市、展示面積6ha)とジブリパークの整備を掲げたと解している。

また、国際化も愛知県の課題である。愛知県の製造業は、早くから海外進出を図ってきた歴史があり「出ていく国際化」は企業を中心に進展したが、外資系企業の県内立地や留学生の受け入れなど「入ってくる国際化」は後進性が定着した。近年になってアジア各国からの留学生が増加しているが欧米からの留学生は少なく、外資系企業の立地は進展していない。また、2005年に開催された愛・地球博には多くの外国人が訪れたが閉幕後は途絶えた。これを踏まえ、欧米を含む全世界に対して愛知県の認知度を高め、観光やビジネスで来訪する国際交流人口の増加を図ることが国際化の後進性を打破するために必要であった。スカイエキスポとジブリパークは、この意味においても大きな役割を果たす施設として企図されたのだと考えられる。

いずれにしても、愛知県の観光産業とコンベンション産業を振興して製造業だけに依存する産業構造を打破すること、愛知県に「入ってくる国際化」を促し愛知県を舞台とした国際取引や国際消費を増進することが意義だと筆者は解している。これらが叶うことは即ち、愛知県の長年の構造的課題を克服した新しい時代の扉を開くことを意味している。コロナ禍の収束と円安を受けてインバウンドが復調した場合には、愛知県を選ぶ海外旅行者は以前よりも増すであろうし、アフターコンベンションの充実を理由に愛知県での商談を希望するニーズも高まっていくことが期待できよう。将来、リニアが開業した国土にあっては、その効果がさらに大きく増幅されるものと期待できる。

また、これらの交流型産業の新たな拠点整備には、副次的効果も期待されている。それはジブリパークにはリニモの利用促進が、スカイエキスポにはセントレア(中部国際空港)の利用促進が念頭にある。こうした政策の立て付けは、地域経営を行う上では必要なことだ。

3.ジブリパークの今後の課題  -周遊観光の促進と経済効果の県内波及-

日経新聞がジブリパーク開園翌日に興味深い記事を掲載した。ジブリパークの来場者に独自アンケートを実施して利用実態に迫ろうとした若手記者の意欲が伺える記事であった。記事では、過半数が県外からの来訪であったこと、来園した人々はジブリ作品を好む人々が多いことからジブリの有名キャラクターとの記念撮影や関連グッズの購入意欲が強いこと、リピート来園したいという意向が多いことなどが指摘されていた。残念ながらコロナ禍の影響で外国人観光客は限られていたようだが、ジブリの知名度は海外でもよく知られているから、今後に期待といったところだろう。尚、グッズを買い求める来場者にとっては、ショップが手狭で待ち時間が長くなっていることが課題であるとも記事は指摘している。

前述したように、ジブリパークは愛知県の観光産業振興の目玉であり、もって県経済の活性化に寄与することが企図されている。県外からの来訪者が多かったことは狙い通りの船出となったことが伺える。即ち、県外からの消費を呼び込むことが期待できるからだ。但し、愛知県の立場からすれば、ジブリパーク以外の県内観光施設にも効果が波及するようにしたいところだろう。ジブリパークで集客を広く集め、県内他施設に送客することが理想形なのだ。

ジブリを核として周遊観光することを考えると自動車利用でないと難しい。従って、駐車場の拡張整備を検討する必要もあるだろう。しかし、自動車利用が増加すると渋滞の頻発を招くから、アクセスルートの分散を促す情報発信が合わせて必要だ。名古屋ICを利用するアクセスのほかに、日進JCT経由で長久手ICを利用すること、東海環状道路の豊田藤岡ICを利用して八草経由でアクセスすることなど多様なアクセスルートを発信して自動車交通の分散を図ることが望まれる。

一方、公共交通機関としてはリニモの利用がメインとなるのは間違いないが、リニモ利用者は周遊観光することは難しい。その結果、ジブリパーク外での消費は、乗り換え拠点となる藤が丘と名古屋都心部に限定される可能性が高い。このため、パーク外での消費を分散させるためには、シャトルバスやパーク&ライドの利用を促すことが奏功すると思われる。シャトルバスの起点周辺やパーク&ライドの駐車場周辺に消費が広がるからだ。

また、ジブリパークを訪れた人々は、リピート来園を望む人が多いと日経新聞は伝えているが、こうした人々に広がるジブリパークの利用形態は「ジブリ&ピクニック」なのではないかと想像する。ジブリパークは愛・地球博記念公園の3.7%の面積に過ぎず、広大な芝生広場や森を目にした人々は、「次回はピクニックを兼ねよう」と考えるのではなかろうか。有料エリアでジブリを堪能した後、人混みから解放されて家族とのんびり緑の中で過ごす。こんな使われ方が広がれば、ジブリパークは日本一魅力的なピクニックパークとしても名を馳せよう。今のところは未知だが、そうした利用者向けのサービスを企画していくことも消費を伸ばし、県内事業者の事業機会につながっていくだろう。

いずれにしても、愛知県が観光立県となっていく上では、点ではなく面の観光消費に繋がる施策を打ち出していくことが今後の課題になるだろう。派手なパーク開園とは逆に地味な取り組みにはなるが、愛知県の構造的課題打破に向けて、着々とした打ち手が重ねられていくことを期待したい。

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