Vol.143 名古屋市次期総合計画中間案に見る新たな目線  -基本構想策定から約半世紀を経た計画の新味-

名古屋市次期総合計画の中間案が公表された(2023.8)。計画期間は2024~2028年度で、長期的展望に立った上での当面5年間の計画となる。この中間案の中からは新しい目線が読み取れる。それは、名古屋市が「東京一極集中是正の受け皿」となることを念頭に置いていることだ。名古屋市はもとより都市圏の発展だけを考えるのではなく、国土における名古屋市の貢献を念頭に置いた計画への息吹が感じられて好ましい。

1.1977年に策定された基本構想を踏襲し続ける名古屋市  -基本構想は憲法?-

総合計画は、基本構想と基本計画で構成されることが一般的だ。基本構想は長期的な発展に向けた理念を描き、基本計画では当面の取り組み方針と施策群が掲げられることが多い。名古屋市総合計画もこうした構造に準拠しているのだが、特徴的なのは1977年(S52年)に策定された基本構想を今日まで踏襲し続けていることだ。約半世紀にわたって基本構想を改定しない自治体は稀だ。今般も改定に取り組まれているのは基本計画部分で、基本構想は引き続き継承することとなるため、本稿では「名古屋市次期総合計画中間案」を「次期基本計画案」と呼ぶことにする。

名古屋市が長きにわたり踏襲を続けている基本構想は、実にバランスよく書かれたもので、1977年に策定されていながら今日でも普遍性を感じながら読むことができる。但し、50年近くが経過していることで限界を感じる面も否めない。

その代表例は、国土観だ。名古屋市が国土の中央に立地し交通の要衝であるという記述はその通りなのだが、前提となっているのは東海道新幹線と東名・名神高速道路だ。国土の高速交通幹線は、新東名・新名神高速道路によって高速道路が二重化され、リニア中央新幹線によって新幹線も二重化されようとしている。さらに名古屋都市圏においては環状道路の二重化も完成間近だ。格段に高速性とリダンダンシーを高めた高速交通網の要の位置にあるという事は、三大都市圏間の往来が一層に日常化し、首都圏との完全途絶の危険性が低い立地であることを踏まえねばならない。つまり、名古屋は国土において、東京に集積する機能の補完を行うことが容易な立地であることを前提として構想することが望ましい。現基本構想の中で記載されている「太平洋ベルト地帯」は、東京一極集中を色濃く反映した国土軸であるが、新しい国土形成計画が打ち出している「日本中央回廊」は、東京との交流増進に加えて立地多様性を期待するエリアであり、もって東京から機能分散を促すことを企図しているのだから、名古屋市はその中心的役割を担う姿勢で基本構想を掲げるべきだ。名古屋市では憲法のように扱われ、改定せず踏襲を続けている基本構想を筆者はリスペクトするが、いよいよ改定する時期が近付いていると考えるべきだろう。

2.次期基本計画案の特徴   -「東京一極集中是正の受け皿」となることを記述-

次期基本計画案では、そのイントロダクションで計画のロードマップを掲げており、計画全体の構成と狙いが示されている。この作り込みの中に、以下のような新しい息吹を感じる。

第一は、名古屋の強みに「成長の原動力(投資)」を掛け合わせることにより発展の好循環を生み出そうという基本シナリオだ。ここで、「投資」という表現を用いて能動的に成長を掴み取る姿勢が打ち出されたことを支持したい。具体的には、①アジア・アジパラ競技大会のレガシーとリニア時代を見据えた投資、②デジタル都市の実現に向けた投資、③新たなエネルギーへの投資、④人への投資が掲げられており、時宜を得ていると感じる。

第二は、将来の目標として「リニアがつなぐ巨大交流圏の中心で躍動する都市」を掲げた上で、目指す都市像と目指す都市空間が打ち出されている(本稿では詳細を省く)のだが、その実現を通して「都市ブランドの形成・向上」を目指すとされている事だ。名古屋市民が住みよさを感じているにもかかわらず、誇りにつながる決定的なまち自慢を持ち得ていない現状を踏まえれば、名古屋市のブランド性を高めることは、市民のシビックプライドを高めるためにも、内外から投資が集まる都市になるためにも重要な発想だ。

第三は、投資による発展の好循環を生み出しながらブランド性を向上するとしている基底に「東京一極集中是正の受け皿・東京の中枢管理機能のバックアップを担う」と位置付けている事だ。新しい国土形成計画が打ち出した「日本中央回廊」が立地多様性を発揮し、東京に集積する諸機能の分散立地の受け皿となるために、名古屋が要の役割を果たしていくのだという姿勢が示されたことは、国土の発展に向けて貢献する都市・名古屋を目指す姿勢が明示されたと解され大変好ましい。同時に、名古屋は尾張地域や中京圏を背後圏として発展してきたが、今後は首都圏をマーケットにして発展するというステージに転換すべきだという受け止めもできるだろう。

これらの新しい目線は、基本構想を改定する時期が近付いていることを当局が意識している証左ともとれる。次期基本計画案に織り込まれた新味を踏まえ、いよいよ基本構想改定への助走が始まったと感じ取れる。筆者の早とちりでないことを願ってやまない。

3.次期計画の目玉に置いてほしい戦略と政策   -キーワードは再開発、公教育、滞留-

さて、次期基本計画案の骨格に新味の萌芽が感じられる中で、計画の中身に置かれている重点がどのように読み取れるか(打ち出せばよいか)が、計画の仕上げに向けた重要な山場だ。筆者は、以下のような重点が読み取れる計画に仕上げてほしいと願っている。

第一は、本社機能の集積誘導に向けた都心再開発の促進だ。日本中央回廊のセンターとして立地多様化の重要選択肢となり、東京一極集中是正の受け皿となるためには、名古屋市の都心に本社機能が東京から移転してくることを想起せねばならない。しかし、現在の名古屋市の都心には十分なオフィス供給計画がないから、その供給促進が是が非でも必要だ。但し、名古屋市は都心に市有地をほとんど持たないから、民間主導の再開発に委ねざるを得ない。このため、市が応援すべき再開発エリアと整備促進すべき機能を明示することが民間投資を引き出す上で必要だ。本社機能の集積が進めば、東京に流出している多くの若者にとってはキャリアデザインを名古屋で描くことを可能にするし、東京に吸い出され続けている名古屋出身者のUターンも促しやすいなど、名古屋市が直面する課題の克服に向けて重要な処方箋だ。同時に、東京よりも名古屋に本社立地する方がコストが安いから利益も出やすく、日本のGDPの成長を促す効果も期待できる。従って、民間の再開発を促進する上で有効となる政策について、重点的に見定めていく方針が打ち出されることを期待したい。

第二は、公教育のリデザインだ。実は、名古屋市では30~40代の子育て世帯が流出超過しているのが実態だ。つまり、名古屋市は子育ての舞台として選ばれていないと真摯に受け止めねばならない。名古屋で結婚生活をスタートした若い夫婦たちが、子育て期になると転出してしまう現状に歯止めをかけるためには、保育環境の充実や小1の壁の打破といった眼前の課題に取り組むとともに、市立小学校から市立高校までの公教育において一層のクオリティアップを図っていくことが重要だ。本社機能の受け入れに伴う転入人口が安心して名古屋市への移住を決心しやすくするためにも、名古屋市の公教育が高質であるという事を誇示していかねばならない。東京では高い教育費を投じて私学に子弟を通わせる親が多いが、名古屋市では学費の安い公立学校でも子供が自律的な学習者として成長できる教育プログラムと、その実践空間としての斬新な学校空間が整っており「ハード・ソフト共に高質だ!」と誰もが得心できるように公共教育をリデザインしていくことが不可欠だと思うのだ。

第三は、交流人口の滞留増進だ。現在の趨勢では、名古屋市は人口減少局面に入っていくことが想定されるが、リニアの開業によって交流人口が増進すると、交流消費の増加が期待できる。人口の減少は家計消費の消失を意味するが、交流消費が増進すれば名古屋市のGRPを維持できる可能性がある。つまり、「人口が減っているのに名古屋のGRPは成長している」という手品のような都市経営が可能となる訳だ。交流人口の増加はリニアが開業すれば間違いなく実現するが、名古屋市が努力すべきことは来訪者の滞留を促す仕掛けづくりだ。滞留時間が長くなれば(宿泊を伴えば更に良い)、名古屋における交流消費が増進し市経済が活性化する。そのため、滞留を促す機能としてMICE機能が重要な役割を果たすから、現状に安住することなく、一層の高度化・強化に取り組んでいかねばならない。

再開発による本社機能の集積は固定資産税や法人市民税を増進するし、子育て世帯の転入は個人市民税の増進に直結し、交流消費の増進は地方消費税の増進につながるから、税源涵養という観点からも上記3点に戦略的重点を置きたいところだ。そして、国土の発展に貢献するという一石二鳥を叶える事となる。

リニアの開業が厳密に見通せない中で、名古屋市の総合計画が新しい局面に本格的に突入するのは、もう一つ次の計画になるのかもしれない。しかし、今回の次期基本計画は、その前奏としての役割を十分に意識した計画になることが望ましい。策定を担当する市職員はエース級ばかりだ。打ち出しの明確化に残された時間を有効に使ってほしいと願っている。

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