Vol.219 名古屋市内のバスターミナル上空を活かしたい!  -コンパクトシティ「駅そば居住」の起爆剤に-

名古屋市住宅都市局は、コンパクトシティの観点から「駅そば居住」を推進する方針を都市計画マスタープラン等で打ち出している。市内の鉄道駅から徒歩圏に人口が集中するよう誘導するもので、名古屋版コンパクトシティの在り方だ。その実現に向けては「駅そば」の暮らし易さを一層に高める必要があるはずだが、そうした変化は感じられない。主要地下鉄駅の地上部にあるバスターミナル上空を活用すると有効ではなかろうか。

1.交通ハブを担うバスターミナル上空の活用意義  -利便機能の拠点に-

名古屋市では、交通局が運営する公共交通(バス・地下鉄)が市民の足を支えている。交通局が長年にわたり腐心して構築してきたのは、市内各所にあるバスターミナルを交通ハブとしたバス・地下鉄の一体的運用だ。全てのバスターミナルは地下鉄駅の地上部に整備されており、バスと地下鉄の相互利用ができる公共交通網を構築している。従って、バスターミナルは、名古屋市民にとって通勤・通学や買い物、通院などを目的とした交通行動の重要な経由地となっている。

しかし、このバスターミナルの上空は未利用となっている場合が多い。勿論、高度利用されている例もあって、JRゲートタワーとJPタワーの1Fに整備されている名古屋駅バスターミナルや、オアシス21(複合空間)と一体化している栄バスターミナル、ヒルズウォーク(商業施設等)と一体化している徳重バスターミナルは特別で、いずれも新しいターミナルだ。古いものでは、上部が市営住宅となっている池下バスターミナル、名東文化小劇場と立体整備されている上社バスターミナルなどがあるが稀なパターンだ。その他多くのバスターミナルでは、地上部のバスバース(バスが停車し乗降する場所)に屋根がかかり、その上は何もなくポッカリと空いている。

地下鉄利用者とバス利用者が利用するこのバスターミナルの2F以上を活用して利便機能を入居させると、多様な利用者にとって大変便利だろうと日頃感じている。ここで言う利便機能とは、保育園、各種クリニック、デリカテッセン、カフェ・レストラン、コンビニ、ドラッグストア、生鮮食料品店等を指し、これらが集積していれば日々の通勤・通学の途中に利用できて暮らし易さが向上するだろう。バスターミナルの上部に利便機能を置く事で、人々は暮らしやすさを描き易くなり、その駅勢圏(駅からの徒歩圏)に住みたいと考える人々が増えて「駅そば居住」に繋がり、副次的には交通局の利用者増進にも寄与するというのが筆者の考える活用意義だ。

2.名古屋市交通局が行った調査結果  -住居ビルの建設を検討した結果は不適合だが…-

名古屋市交通局が経営計画の策定と進捗管理に際して意見交換する「名古屋市交通事業経営有識者懇談会」のメンバーを務める筆者は、過年度に幾度かバスターミナルの上部空間活用を進言して来た。それが効を奏したか否かは分からないが、名古屋市交通局は平成28年度に「地下鉄駅バスターミナル用地の有効活用に関する調査」を実施した。

当該調査では、11カ所のバスターミナルを対象にビル建設の可能性が調査されている。ビルの用途は居住機能を中心とするもので、最大14階の高層住宅棟に一部商業機能を入れる前提で検討されている。ビル建設に伴うバスターミナル機能維持の可能性、地下構造物との干渉性や都市計画からみた建築制限などを確認した上で収支見通しが試算され、民間事業者のヒアリング結果も考察されている。こうした検討の結果、いずれのバスターミナルでも実現性が低いと結論付けられている。

この調査により、建築に係る構造的な問題の所在、民間事業者による機能別(住宅、商業等)適性判定などの検討結果は今後も参考となる情報を得たと思う。しかし、中核的な前提が筆者の考えとは異なる。それは、居住機能を核とした高層建築物の建設検討となっている点だ。交通ハブの上空に居住機能を整備すれば確かに高付加価値住居が生まれるが、バスターミナル上空を特定権利者の居住空間にするよりも、利便機能で駅勢圏に住む不特定多数の人々の便益を高める事を考えたいと思うのだ。建築物としては2~3層でよく、定期借家契約で管理するというシンプルで投資規模の小さい事業を想定したい。民間ヒアリング結果を見ると、飲食・物販施設であれば随所のバスターミナルで適性があるとの回答が得られている。

但し、交通局が投資して回収するスキームでは公営企業として手が出し難いのも事実だ。公営企業である交通局は、運輸収入による独立採算で経営するのであるから、バスターミナル上空の建設投資資金を捻出する事は容易ではないし、事業収支が黒字になる見通しがなければ実施する事はできない。キャッシュとならない社会的便益では経営し難い主体なのだ。こうした事情を踏まえた上で、実現できるスキームを考える必要がある。

3.実現に向けた庁内の役割分担  -開発投資は住宅都市局、地代収入等は交通局に-

そこで立脚したいのは活用意義だ。バスターミナルの上空利用は「駅そば居住」の促進に繋がる事業であるから、その意義が帰属する住宅都市局が開発主体となるべきではなかろうか。住宅都市局が交通局から敷地を借地した上で(空中権の設定もあり得るだろう)、建物を建設整備して入居テナントを募集する形としては如何だろうか(図表1)。

この場合、交通局には投資が発生せず地代収入を得るのみであるから、公営企業としての経営を圧迫する事はなく、むしろ運輸外収入(地代)を得る事となる。住宅都市局は地代相当あるいはそれ以上の賃料収入を得る事で開業後の収支は成立する。問題は、住宅都市局が負担する建設投資額が、利便機能がもたらす社会的便益とバランスするかどうかだ。駅そば居住促進便益の発現メカニズムが論点となるだろう。

地下鉄駅(バスターミナル)の上空に利便機能が集積する事で「駅そば居住」を促す事ができれば、住宅都市局としての政策実現に寄与し、居住者が増加すれば地下鉄利用者の増加に繋がるので交通局の運輸収益は増進する。この発想に立ては、利便機能をさらに拡大して考える事も可能だ。例えば駐車場である。バスターミナルの上空か地下に駐車場を設ける事が出来れば、パーク&ライドを実現できる。名古屋市内にはパーク&ライド駐車場が随所にあるが、いずれも駅からやや離れた場所に位置しており、利用し難いのが実情だ。駅に直結する駐車場であれば、郊外から流入した自動車が当該駐車場を利用し、公共交通に乗り換えて都心に向かう事で都心の道路交通負荷が下がる。都心の自動車交通抑制も住宅都市局が担わねばならない政策課題である。

このように、バスターミナル上空の活用は交通局の課題ではなく、住宅都市局の課題として位置づけた方が良いのではないかという発想に立ちたい。駐車場としての利用はハードルが高い(構造物が大型化し工事難度が上がる)としても、利便機能の導入であれば実現性が見込めるケースが出てこよう。そして、住宅都市局の課題とする事で更に期待したい事は、バスターミナル上空の開発を起爆剤とした周辺街区の再開開発の促進だ。名古屋市では、名駅地区と栄地区以外では都市空間の新陳代謝が少ない。公共用地も少ないので行政主導型の法定再開発が実施できないのであるが、バスターミナル上空開発を種地とした再開発ができないものかと期待を込めて空想する。

名古屋市では、未来的なデザインを纏ったSRT(連接バス)の就航が予定されており、ゆとりーとライン(ガイドウェイバス)では自動運転化が計画されている。交通機能が先進化するのに合わせて都市空間もまた進化させたいところだ。是非、交通局と住宅都市局が協議の机につき、各々の立場を補完しながら新しい取り組みが生まれる事を期待したい。

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