Vol.142 日本中央回廊に求められる国土上の役割  -交流・対流の中心だけではなく、立地多様性の中心に-

新しい国土形成計画全国計画(R5.7閣議決定)では、デジタルとリアルの融合により「新時代に地域力をつなぐ国土」を目標とする国土に掲げ、国土構造としては「シームレスな拠点連結型国土」を目指すとした。その国土構造上では、今後の新東名・新名神高速道路およびリニア中央新幹線の整備・全線開業を念頭に置いた「日本中央回廊」の形成が重要な位置づけとなっている。この「日本中央回廊」に求められる国土上の具体的な役割について考えたい。

1.国土形成計画における「日本中央回廊」の位置づけ  -国際競争力の強化牽引を期待-

新しい国土形成計画全国計画(第三次計画)が掲げる国土構造は「シームレスな拠点連結型国土」で、全国の拠点を中心に重層的な生活・経済圏域の形成を図るとしている。これは、様々な規模の拠点都市を中心とした大小の圏域が、必要に応じて多様に連携することで活力を生む国土構造を目指そうとしているものである。その底流には、「デジタルとリアルの融合」を念頭に置いていることから、距離と時間の制約を受けないライフスタイルを国民が確立できる国土を表現しているものと解される。

こうした重層的な圏域構造を構築する上で、三大都市圏を結ぶ「日本中央回廊」の形成は、地方活性化と国際競争力強化を図る上で重要と位置づけられている。地方活性化とは、日本中央回廊の中にも階層的な圏域が含まれることから、中山間地域や大都市圏郊外の地方都市圏が重層的に大都市とも連携することにより活性化することを意図しており、国際競争力強化とは、三大都市圏という日本の経済エンジンが連携することによる日本経済の発展効果を期待しているものと解される。

日本中央回廊は、首都圏、名古屋圏、大阪圏の三大都市圏を包含するエリアを指している。明確な範囲が定められている訳ではないが、新東名・新名神高速道路やリニア中央新幹線で結ばれるエリアを指していることから、おのずとその沿線地域が対象になるものと考えられる。従来は、東名・名神高速道路と東海道新幹線が整備されている沿線地域を太平洋国土軸と呼んでいたが、更に広いエリアの概念だ。

三大都市圏を結ぶ東名・名神軸が二重化され、リニア中央新幹線によって新幹線軸も二重化されることにより、従来以上に高速移動が可能で、リダンダンシーの高い高速ネットワークの完成が見込める事から流動を促しやすく、三大都市圏間の交流増進が日本経済の活性化に寄与するという将来像は理解に難くない。しかし、ここまでなら国土構造に変化はない。国土形成計画では、「広域的な機能の分散と連結強化を図る」とも記述していることから、「デジタルとリアルの融合」を背景に首都圏に集中している機能の分散を企図する文脈であることは明らかなのだが、明示的には東京からの立地移転を日本中央回廊の中で促進すると記述されていないところが隔靴掻痒と感じる。

2.期待される役割は「立地多様性の中心」   -交流だけでは国土構造が変わらない-

デジタルとリアルの融合によって時間と距離を克服すると謳うからには、首都圏一極に集中している諸機能の立地を首都圏外に分散させなければ意味をなさない。首都圏外に分布する多様な拠点都市の中から適切な立地を選択し、必要に応じて高速移動するという国土を構想していると計画の主旨を理解する必要がある。

筆者は繰り返し述べているが、東京一極集中を克服できない国土では、日本企業や国民は高コストを強いられた状態で諸活動を行わねばならないから、産業経済における国際競争力の強化や国民生活の豊かさの向上を実現する上でハンデが大きい。東京以外の立地選択が可能であれば高コスト負担のハンデから解放される。

こうして考えれば、日本中央回廊に期待されるのは、交流と対流増進の中核を担うだけではなく、「立地多様性の中心」となることが期待されていると解すべきだ。換言すれば、企業の事業所立地における東京以外の選択肢が多様に展開すること、人々の居住地選択も同様に多様性があることが、日本中央回廊の中に求められているのであり、日本中央回廊に属する都市や地域は、その選択肢となるべく資質を高めていかねばならない。

これをモニタリングする指標は、産業面では本社機能の首都圏外への転出数であり、生活面では人口の首都圏外への転出数が代表指標となるだろう。しかも、一極集中是正を厳密に考えれば転出超過数を測らねばならない。今回策定された国土形成計画全国計画は、概ね10年の計画とされているため、2023年~2033年の間における立地選択の多様化が、こうした指標に表れることを期待したい。

立地選択の多様化には、高速交通網の整備が重要な条件となるため、日本中央回廊においては、新東名・新名神高速道路の全線開通と、リニア中央新幹線の品川~名古屋間の開業がインフラ整備の目標となり、その他の国土においても計画されている高速道路と整備新幹線の開業が期待されるところだ。

3.本社機能と人口の「脱・東京」現象の行方

2020年に発生したコロナ禍以降、本社機能と人口の脱・東京現象が顕在化した。それまでに進展しつつあったDXの潮流にコロナ禍が重なってリモートスタイルが定着すると、「デジタルとリアルの融合」による立地選択の多様化が表面化したのだ。

本社機能の脱・東京についてはvol.140「東京からの本社転出が示唆する国土の課題」で記したように、2020年~2023年で帝国データバンクの集計で明らかとなっている。2022年は過去最大級の首都圏からの転出超過社数となった。コロナ禍当初の2020年では、緊急事態宣言等の影響で売り上げが激減し、コスト削減を余儀なくされた減収企業を心にオフィスコストの高い首都圏(1都3県)から転出していたが、2022年では増収企業の転出が増加した。また、当初は転出企業の多くが中小企業であったものが、中堅企業まで転出トレンドが拡大したことも報告されている。そして、依然として首都圏に本社を置く大企業においても、オフィス規模を縮小している傾向が拡大しており、2022年には40社に及ぶ大企業が首都圏外に転出している。なお、2023年上期では転出超過社数は縮小したものの、首都圏外への転出企業の社数は減少しておらず、依然として高水準な状況が報告されている。

人口の脱・東京についてはvol.141「長野県を社会像に転換した東京脱出人口」で記したように、東京からの転入者の増加によって2022年の長野県の人口は22年ぶりに社会増となった。代表例は、北陸新幹線の駅が整備された長野県東部で、軽井沢町や佐久市で東京からの転入者が顕著に増加している。同様の現象は静岡県東部でも確認でき、東海道新幹線を利用しやすい三島市、長泉町、伊東市などで東京からの転入者が増加している。2021年の住民基本台帳では、東京特別区部からの転出超過が明らかとなって首都圏内の郊外部の都市への転出傾向が顕在化したが、2022年では首都圏外への転出も顕在化した訳である。

このように、2020年~2022年の間で、既に本社機能と人口の「脱・東京」現象が生じ始めており、立地選択の多様化が萌芽している。今後は、これを政策的に継続させ、リニア開業時には新たな国土構造として決定づけていく取り組みが必要だ。そのためには、中央と地方の行政が適切な役割分担の下に政策を打ち出していく必要がある。

中央政府には、新たな高速交通網の早期完成を図ると同時に、本社機能の移転について支援措置を講じてもらいたい。特に、首都圏外の日本中央回廊の政令市・拠点都市等を対象に、都心再開発における業務機能導入計画・事業について支援措置を講ずることを求めたい。本社移転の受け皿となるためだ。これに呼応して地方都市側は、都心再開発の計画推進の中に本社機能の転入を促すべく優遇措置を講ずることが望ましい。本社移転経費を補助したり、一定期間の固定資産税を減免することや、償却資産の加速度償却を認めることなどが検討に値するものと思われる。

また、地方都市側は、本社移転の受け入れに伴って転入してくる人口・世帯がウェルビーイングを実感できる政策を充実強化しなければならない。特に、公教育のリデザインによる高質化、児童福祉(保育や医療)の充実、小1の壁の打破など、子育て世帯に対する不安の解消に重点を置いて取り組むことが、首都圏からの移住障壁を排除する上で重要だろう。

日本中央回廊に求められる役割は、首都圏からの本社機能と人口の転出の受け皿となるべく立地多様性の中心になることだ。そうでなければ国土構造は転換しない。このことについて、国土政策上も地方政策上も共通認識を持って政策立案することが、新しい国土形成計画全国計画を実行性のあるものにするために急がれる。

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