Vol.75  パリの新陳代謝に学ぶ名古屋の発展課題 (その2)  -パリ・グラン・プロジェ (Paris Grand Projects) が示唆するもの-

(vol.74「その1」からの続きです)

1980年代に計画されて1990年前後に取り組まれたパリ・グラン・プロジェは、成熟した大都市パリで9つの大規模再開発を実施し、都市内に新陳代謝を起こすとともに世界に対する文化発信力を高めた。グラン・プロジェの内容紹介を続けるとともに、名古屋市が学び取るべき示唆を考えたい。

⑥ビブリオテック・ナショナル・ドゥ・フランス (フランス国立図書館新館)

1994年完成。ドミニク・ペロー設計。1367年にシャルル5世によって創設された王室文庫を起源とするフランス国立図書館は、長い歴史を背景に所蔵物が増加し、旧館であるリシュリュー館では手狭になったことから、分散していた各部門の集約とデータアクセス性の向上を図るとともに世界最大級の図書館とすべく新館の建設を構想し、建設地にはベルシー地区が選定された。ベルシー地区は、18世紀にセーヌ川の水運を利用したワインの集積地となり、19世紀に貨物駅が開設されると周辺一帯はワインの倉庫街となった。第二次大戦後にワインの鉄道輸送が衰退するとベルシー地区もさびれたため、倉庫群はベルシー公園に再開発されるなどしたが、さびれた地区としての課題は依然として残っていた。本を立てたような斬新なビル群をセーヌ川に映す国立図書館新館の誕生は、さびれたベルシー地区の様相を一変させた。世界的図書館によって文化拠点の一角となったのである。

⑦フランス経済財務省新庁舎

1988年完成。ポール・シュメトフ設計。フランス経済財務省は、かつてルーブル宮殿の中に美術館と同居していたが、両者ともに手狭となっていた。そこで、グラン・プロジェでは経済財務省の新庁舎を建設して移転させることとし、新築移転先としてベルシー公園の隣接地を選定した。フランス国立図書館に先行して、さびれたベルシー地区の再生と活性化を企図した候補地選定であったと解される。360mもの壁のような建物は、ベルシー橋と平行してセーヌ川に突き出すように建ち、橋梁を疾走する列車を彷彿させる。威嚇的でもある事から「ベルシー要塞」と称されることもあるという。高級官僚が従事し、企業人たちも往来するようになり、ベルシー地区のステイタス向上に大きく貢献している。

⑧オルセー美術館

1986年開館。ガエ・アウレンティ設計。もともとは1900年に開催されたパリ国際博覧会に合わせて建設された鉄道駅舎兼ホテルであったが、鉄道駅としては規模が小さかったためターミナル駅として発展することはなく役割を終えていた。この建物を、グラン・プロジェでは19世紀美術専門の美術館へと大改修した。1848年(二月革命)から1914年(第一次世界大戦)の間の作品を展示しており、それ以前の作品はルーブル美術館、それ以降の作品はポンピドーセンターで展示するという棲み分けがされている。この結果、印象派の画家の作品が多く、ルーブルとともにパリにはなくてはならない美術館となっている。

⑨オペラバスティーユ (新オペラ座)

1989年完成。カルロス・オットー設計。バスティーユ広場は、仏革命勃発の地として知られている。この広場近傍にはバスティーユ駅跡地があったため、仏革命200年を記念して取り組むグラン・プロジェにとって、この地を再開発することは運命とも言える場所となっていた。仏政府は新オペラ座を建設することとし、落成後は国立オペラの新しい拠点として位置付けられた。これに伴い、旧オペラ座のガルニエ宮はバレエや管弦楽団の公演に限られたが、旧オペラ座でオペラを鑑賞したい人々のニーズは根強く、現在では新旧双方のオペラ座でオペラ公演が開催されている。オペラバスティーユは世界最大の9面舞台や世界最先端の舞台装置を備えるなど、芸術文化の新しい殿堂となっている。

3.課題設定と開発目的が成熟都市の活性化にジャストフィット  -新陳代謝こそ都市の命-

19世紀のパリ大改造は、スラム街をはじめとして劣悪だった衛生環境を改善することに端を発するものであったが、基盤整備によって整然とした中にも唯一無二の美しい都市景観を創出し、現代パリの骨格を形成した。そして1980年代のグラン・プロジェは、大都市として成熟していたパリが抱える課題に対策を講じて新たな活力を生み出そうとした。

パリ・グラン・プロジェが示唆する大規模再開発群の背景と狙いを総括してみたい。パリという都市の果たすべきミッションの設定が、思想としてグラン・プロジェに濃厚に吹き込まれていることが伺える。それは、①パリが歩んだ歴史を大切にしながら、文化発信力を高めることがパリのブランド性を高める事、②欧州を代表する国家フランスの首都として中枢機能空間の充実を図る事、③パリ市内にある不活性なエリアに新たな息吹をもたらし活性化を図る事、などが基本姿勢として読み取れるのだ。

上記3点について具体的に当てはめると、①の文化発信力の強化については、9つのプロジェクトのうち、経済財務省新庁舎を除いてすべてのプロジェクトに当てはまる事項だ。②の中枢機能の充実強化については、グラン・アルシュを含むラ・デファンス地区で民間企業の業務中枢機能の集積を図り、「ベルシー要塞」で中央政府中枢機能の受け皿を確保している。また、ルーブル美術館の改修や国立図書館の新館整備にも文化的中枢機能を更新するという意味合いがある。芸術文化都市でありながら中枢都市としての発展性を確保することが強く意識されている。そして③の不活性エリアの活性化についてはラ・ビレットとベルシーがあてはまり、市内にあった地区間の格差を是正する意図が働いている。格差を是正すべく新たなデスティネーションを創り出す事で、地区としても市全体としても新たな成長性を掴み取っている。

いずれにしても、パリ・グラン・プロジェは、パリが果たすべきミッションを設定した上で、大胆な再開発事業をパッケージにして取り組んだことにより、効果的な新陳代謝をもたらし、パリが抱えた課題克服へと導いたと総括できよう。都市の発展にとって新陳代謝は極めて重要だ。政策によってこれを主導した点が、フランス・パリの先人に敬意を払うべき点であろう。

4.名古屋市の発展課題への示唆とは何か  -都市が担うべき使命を再開発に託す-

こうしたパリの新陳代謝の歴史を、名古屋市に照らして考えてみたい。名古屋市は、名古屋城の築城に伴う城下町の整備(清州越し)が起源となり、第二次大戦時の空襲被害からの戦災復興で現代の都市の骨格が形成された。その後の名古屋市における都市の変遷は、個々に見れば様々なに積み重ねられてきているが、政策主導により歴史的変曲点をもたらした新陳代謝はデザイン博(1989年)があたるだろう。そのレガシーとして、名古屋デザインセンター(ナディアパーク)、名古屋国際会議場(白鳥)、名古屋港水族館、本丸御殿復元、堀川総合整備の本格化などが今日に受け継がれている。また、脈略は異なるものの、長らく凍結状態となっていた金山総合駅化もデザイン博覧会に時を合わせるようにして完成(1989年)している。

しかし、その後は都市の大きな新陳代謝を促す政策主導局面はなく、あるいは限定的だ。2000年に名駅に誕生したJRツインタワーに始まる名駅摩天楼(超高層ビル群)の形成は、全て民間主導によるプロジェクトで政策は主導していない。近年はリニア開業に向けて、名古屋市が取り組んでいる名古屋駅ターミナルスクエアの整備が名古屋市主導の取り組みであるが、これに限定されているようにも思える。戦災復興事業から今日の間に、名古屋市には大規模再開発は存在していない。

筆者は、今こそ名古屋市には政策主導による都市の新陳代謝が必要だと考えている。他稿でも繰り返し述べて来たように、「(DX+コロナ)×リニア=名古屋圏の時代」だ。我が国が長らく抱えながら解決できずに来た国土における東京一極集中是正の好機が訪れ、名古屋圏はこの受け皿としての役割を果たさねばならない。しかし、名古屋市には業務中枢機能の受け皿がないのだ。東京に立地する政府機関や民間企業の本社機能が名古屋に移転しようとしても、入居するオフィスはないのが実情だ。従って、今こそ再開発を計画して新たな都心形成を図り、業務中枢機能の受け皿となる都市空間を創出しなければならない。合わせて、名古屋の都市ブランドを構築するために、名古屋市が清州越し以来持ちながら埋没している歴史性を都市開発の中で表現していくことが望ましい。こうしたミッションを名古屋市の中の複数の地区に埋め込み、再開発として起動させることが必要だ。

大胆な現状変更をもたらす再開発こそ、近未来の名古屋市に必要な都市課題だと筆者は考えている。そのためには、先駆者であるパリ・グラン・プロジェが示唆するように、名古屋市が担うべき役割を明確に捉えた上で、課題解決に繋がる再開発を計画しなければならない。世界的なコンペで設計者を誘致することも先人に学びたい。今こそ、名古屋市住宅都市局の英知を結集して、意図ある再開発を戦略的に主導していただきたいと願っている。

Vol.74  パリの新陳代謝に学ぶ名古屋の発展課題 (その1)  -パリ・グラン・プロジェ (Paris Grand Projects) が示唆するもの-前のページ

Vol.76  名古屋に望む10の取り組み (その1)  -戦略的都市経営の視点から-次のページ

関連記事

  1. コラム

    Vol.22公共事業の賛否論議に潜む危うさ -ミスリードや事実誤認に惑わされない視点-

    公共事業に関する賛成論者と反対論者の意見は、いつの時代も対立してきた…

  2. コラム

    Vol.146 地域循環型共生圏の実現に立ちはだかる壁  -EPO中部の活動を通して感ずる次の打ち手…

    2018年に環境省が掲げた第5次環境基本計画では、日本が目指すべき持…

  3. コラム

    Vol.161 民活シリーズ⑫ PFI事業のアドバイザーに求められる今日的な資質  -マーケットサウ…

    行政が公共事業を民活方式で実施する際に重要な選択肢となるPFIでは、…

  4. コラム

    Vol.14 リニア時代の名古屋に業務中枢機能を高める意義 -高コストな国土構造からの脱却に一役―

    リニア中央新幹線(以下、リニア)の品川~名古屋間は、2027年の開業…

おすすめ記事

  1. 登録されている記事はございません。
  1. コラム

    Vol.140 東京からの本社転出が示唆する国土の課題  -東京に縛られ続けてき…
  2. コラム

    Vol.166 名古屋三の丸再生は難題だが立ち向かうべき理由がある  -名古屋市…
  3. コラム

    Vol.75  パリの新陳代謝に学ぶ名古屋の発展課題 (その2)  -パリ・グラ…
  4. コラム

    Vol.158 西三河の人口減少が警鐘を鳴らす愛知の課題  -付加価値創出型の産…
  5. コラム

    Vol.116 コロナ禍後のオフィスマーケットと名古屋の課題  -東京の高コスト…
PAGE TOP