2018年に環境省が掲げた第5次環境基本計画では、日本が目指すべき持続可能な社会として「地域循環型共生圏」が打ち出された。この実現に向けて全国8つのブロックにEPO(Environmental Partnership Office)が設置され、地域主体の活動を支える体制が構築されている。EPO中部の運営委員会に参画する中で、理想と現実のギャップを感じつつ、乗り越えるべき壁を考える必要を痛感した。
1.地域循環型共生圏の実現はあるか -「ローカルSDGs」と表裏一体の概念-
まず、筆者が環境問題に関わることの違和感について自戒を込めて記しておきたい。筆者は長らく社会資本政策や地域づくりに携わり、大局的に見れば「開発側」の領域を歩んできた。プライベートではエコカーを好まず、愛煙家でもある。つまり、およそ環境親和性の低い人間と思われても仕方がないのだ。しかし、長くシンクタンク活動に従事する中で、自身の人生観の中核に「地域貢献」という価値観が培われてきたことも自認している。地域の発展に何らかの形で貢献したいという思いから本コラムも創設して執筆している。
こうしたことから、SDGsという概念には共感するところがあり、環境側面を含めて地域の自律的な発展に関わる機会を得ることは、大変光栄なことだと思っている。EPO中部の運営委員に招聘された際も、戸惑いを感じつつ、建設的に議論する意思を持って臨んだ。
さて、環境省が掲げている地域循環型共生圏の主旨を確認しておきたい。環境省HPによると、「都市や地方が抱える諸課題に対し、地域が自主的に課題解決に取り組み、得意な分野でお互いに支え合うネットワークを形成していくことで、地域も国全体も持続可能にしていく『自立・分散型社会』である」と記載されている。そしてこのことは、地域で環境・社会・経済の課題を同時解決する事業を生み出していくことから「ローカルSDGs」とも呼ばれるとしている。
換言すると、農林漁業の担い手不足や、過疎問題等に悩む地方社会において、自然環境に乏しく匿名性が高い都市住民との交流を育み、SDGsに共感する企業が地域を支援したり、地域住民が環境教育としてESD活動に取り組んだり、自然資源などを活かして体験型観光を展開するなどを通して、多様な人や資源が結び付き合い、地域と共に生きる価値が育まれ、地域経済の活性化につながることを目指しているのだと解する。この考え方に異論はない。
但し、地域に「自立」を求めるというスタンスには少々の違和感を覚える。果たして「自立」ということが日本の地方社会において実現可能なのだろうかと。ヒト・モノ・カネを他者に頼らず、地方が自地域だけで賄っていくことは不可能だと筆者は考えている。かつて国土交通省が長らく掲げた「均衡ある国土の発展」についても筆者は不支持だ。全国津々浦々が均衡ある発展を遂げることなど今となっては夢としか思えないからだ。
一方、地方が自ら考え、行動を起こし、大都市や企業と交流・連携をしながら地域活性化を目指すという趣旨には賛同する。但し、これは「自律的な地域づくり」だ。従って、環境省は目指すべき「自立」と「自律」は明確に使い分ける必要があると感じている。
2.EPOとPFの献身的な活動 -プラットフォーム(PF)事業を育成・支援をするEPO-
地域循環型共生圏の実現に向けて活動する多様な連携を育む事業は「プラットフォーム(PF)事業」と呼ばれ、これを育成・支援する組織がEPO(Environmental Partnership Office)だ。各地域に密着して取り組まれるPF事業の活動者(プラットフォーマー)は、地域で生業を持つごく普通の人々だが、「今のままではこの地域はダメだ」と思い立ち、PF事業の認定を受けて環境省から補助金を得つつ、EPOの指導を受けながら試行錯誤を続けている。
PF事業は、SDGsを念頭にしているからその領域は広く、活動規模や関わる主体の構成なども千差万別だ。共通しているのは、自らの知恵で活動を企画し、自らの足で協力者を探索し、補助金を足掛かりに活動に着手して、補助がなくなるまでの期間に独歩できるように取り組むというスタイルだ。これを全国8ブロックに設置されているEPOが伴奏型支援を行っている。EPOもまた、環境省の予算で活動をしており、全国のEPOを統括する団体として地球環境パートナーシッププラザ(GEOC)が置かれている。環境省が地域循環型共生圏の実現に取り組むべく構築した体制だ。
数多く生まれて活動を継続しているPF事業の中に、石川県の「ななおSDGsスイッチ」という活動がある。中核にいるのは「のと共栄信用金庫(のとしん)」で、七尾商工会議所、東京海上日動、日本政策金融公庫などが構成メンバーとなっている。ななおSDGsスイッチの活動メニューは実に豊富で、ESDから体験観光まで多彩な事業メニューを打ち立て、一つ一つの活動に対して構成メンバーによる担当を決め、互いに進捗報告を行いながら実践を続けている。他のPFと異なり、「のとしん」をリーダーに大小の企業によってPFが構築されている点が最大の特徴で、第6回価値デザインコンテスト(日本青年会議所主催)ではSDGs賞を受賞した。これらの参画企業は、業務時間の中でPF活動に従事している。
多くのプラットフォーマーが個人として仲間を集めて取り組んでいるのに対し、ななおSDGsスイッチは企業が業務として活動に参画しており、本業の時間やリソースを割いて取り組んでいることから活動に厚みがあり、持続性が高い。昨年の取り組み実績では、七尾地域の「人に教えたくない」観光資源を地域の人々がスマートフォンのアプリ上で展開し、来訪者が「隠れ観光スポット」情報として取得して回遊するというシステムを構築した。同時に、活用された情報を基に来訪者に喜ばれる傾向を分析する計画で、EBPM(Evidence-Based Policy Making)手法を導入予定だという。地域の情報を集約して地産地消に結び付ける取り組みであり、地域循環型共生圏の実現にマッチしているし手法が高度だ。
3.立ちはだかる壁とは -企業の参画に向けた価値観の転換-
多くのPF事業が、ななおSDGsスイッチのように躍動的に進んでいる訳ではない。むしろ、試行錯誤の連続を涙ぐましい努力と共に重ねているというのが実情だ。「のとしん」や東京海上日動、日本政策金融公庫などのように、企業が各地のPF事業に参画するケースが増加すれば、全国のプラットフォーマーたちがパワーを得ることは間違いなく、企業人が業務の中で活動してもらえれば地域へのインパクトも大きいはずなのだが、こうしたトレンドが圧倒的なウェーブとなって巻き起こっている状況にはない。
何が壁なのか。それは、日本というフィールドで活動する企業の行動規範の中に、地域循環型共生圏の実現が視座に置かれていないという事だ。企業風土における価値観の変容(SDGsの実践)が未だに地域共生という次元では行われていないという言い方もできよう。その歯車を動かさねばならないが、地域密着で取り組んでいるプラットフォーマーにこれを委ね、環境省は補助金を出しながら観察しているというのは、いささか押しつけが過ぎるのではなかろうか。地方自治体も傍観者に留まっていないかと自問自答してほしいところだ。
企業風土を変えるという大仕事こそ、環境省が行うべき仕事だ。経済産業省や総務省などに働きかけ、PF事業に参画する価値を認め、本業と同様にSDGsに取り組む風土形成を促す制度設計を行う事こそ、環境省が次に行うべき取り組みだろう。特に、地域と連携して取り組むべきことを促さないと、ローカルSDGsの進展はままならない。環境省は、自ら掲げた地域循環型共生圏の実現について、その進捗の現在地を総括し、次の打ち手を掲げるべきだ。GEOCはその知恵袋として提言する役割を忘れてはならない。
筆者はかねてからEPO中部の運営委員会に置いて「地域にSDGsが根付いていくためには、中堅中小企業の経営者に対して地銀が啓発することが重要だ」と進言してきた。「のとしん」はまさにその体現者である。地銀が地元企業に呼び掛けながら活動を起こし、これに大企業が参画するような現象が各地で広がれば、地域循環型共生圏の実現に着実な前進を見ることとなろう。
全国に生まれたプラットフォーマーたちは、着実に増え続けて頑張っている。誠に頭の下がる思いだ。ここまでは環境省の旗振りが奏功していると考えて良い。しかし、多くのプラットフォーマーたちは活動を継続できるかどうかについて悩んでいる事だろう。こうした地域の草の根活動に対して企業が着眼し、自らの知恵と組織力を投入する社会へと転換を促していくことが、地域循環型共生圏の実現に向けて重要な課題であると考えなければならない。