Vol.9 頑張れ!名古屋の保育園 -待機児童対策を重ねて見えてきたもの―

1.待機児童問題

全国の大都市を中心に待機児童問題が顕在化して10余年になる。筆者は、名古屋市で待機児童対策が急務となった頃から保育園整備の検討の一端に関わってきた。誤解なきようにお断りを入れておくが、筆者は保育の専門家ではない。家庭では育児を妻に任せきりで、およそ保育を語れる資格のない人生だった。しかし、行財政改革に携わってきたことが背景となり、名古屋市の保育園整備に関わる事となった。保育の中核を担ってきた公立保育園等だけで保育需要に対応できるかが懸念となり、民間の保育園を積極活用する必要があるか否かについて議論をするため、民活政策に広く携わってきた筆者に白羽の矢が当たったと思われる。保育園整備における民活導入の是非を論議する委員会に、名古屋市子ども青少年局から就任要請を受けたのだった。

当初は困惑した。保育園に足を運んだことはないし、家庭では育児に向き合って来なかった筆者である。それでも、待機児童対策が急務であることは理解できたから、民活導入の経験値を活かす一点に絞り、保育の素人ながら冷や汗をかきつつ発言を続けることにした。 待機児童問題がささやかれ始めた頃は、保育園に子どもを預けたお母さんが井戸端会議をするなど息抜きをする姿が散見されることが問題視されていた。子供を預けなければ働くことのできないお母さんたちに必要な需要を奪っているという視線だった。しかし、女性活躍を促す時代潮流とともに、女性が仕事を持つことが急速に広まると、保育需要は一層に急増し、真に保育を必要とするお母さんたちだけに限っても保育園の定員が間に合わなくなり、時は待ったなしの状況となっていた。

2.民間保育園の積極導入に踏み切った名古屋市

この時点まで、名古屋市の保育園は公立保育園(名古屋市直営)と、社会福祉法人やNPO法人等が運営する民間の認可保育園で支えられてきた。名古屋市の公立保育園は保育理論に基づき保育理念を追求した保育を徹底的に実践し、一方の民間保育園の中心主体である社会福祉法人もその多くは長い歴史を持つ法人で、保育思想に深い造詣を持った団体がほとんどだった。つまり、官民の実績あるプロ集団によって保育は担われていた。

これに対し、新たな民間の保育主体とは、新規に設立される社会福祉法人や株式会社等である。特に、株式会社の参入については、その是非で議論が紛糾した。従来からの民間側の担い手であった社会福祉法人サイドは反対。また、保育に長く携わってきた有識者も太宗は反対だった。理由は第一に倒産リスク。第二に利益重視と経験不足などによる保育の質の低下である。

筆者は、株式会社を含む新たな民間主体の参入に賛成の立場をとった。待機児童対策に迅速に対応する事が第一優先と考え、スピード感のある保育園整備には民間の力が必要と考えたからである。但し、反対理由にあったように、倒産リスクと保育の質の低下の指摘については傾聴に値すると考え、参入条件として経営状態と保育の質に関わる審査を経ることが必要と主張した。

この議論は、公開で行われ、保育に関心を持つ人々の監視のもとに重ねられた。そして検討が続けられた間に、筆者にはいくつかの手紙が届いた。株式会社の参入を許すべきでないとするご批判が多かったが、一方では株式会社でも良質な保育サービスを行っているというご意見などもあり、賛否合い混じったご意見を頂いたのであるが、筆者の株式会社導入の考えは変わらなかった。もう一つの理由があったからである。それは、保育需要は未来永劫に増え続くことはなく、名古屋市にも子どもの減少期がやがては訪れるから、その時に需給調整がスムーズに行われるためには、株式会社が参入していた方が円滑に働くとの考えであった。株式会社は良い意味で需給バランスに敏感であるから、需給調整弁としての役割を担うであろうと考えていたのである。

3.民間保育園に期待される役割と課題

名古屋市は、この委員会での議論を踏まえ、賃貸型保育園整備事業と小規模保育事業に限り株式会社を参入させることを、上記の審査を経ることを条件に付して決定した。大きく舵を切り、今日まで毎年、株式会社等の新しい民間主体による保育園整備が行われている。

筆者はその後、新たな民間主体を認可する審査に携わることになったのであるが、長らく審査を続ける中で、改めて名古屋市直営の公立園の良質性に気づくこととなった。公立保育園に足を運んで保護者の意見を聞き取ると、いずれの公立保育園でも高い評価を耳にした。子ども目線の丁寧な保育、アットホームで全体感のある保育に対する保護者の信頼はいずれの公立保育園でも高く、公立保育園の存在は地域の保育水準を保つために欠かせないと感じた。

一方で、民間保育園の中には保育の質に厳然とした差があることも認識した。多くの民間園に実地調査で足を運ぶと、民間の保育者は多種多様な方針を持っており、保育の実践手法も千差万別であった。公立保育園に学ぼうとする姿勢の民間園もある一方で、唯我独尊に独自路線を進む姿勢にも数多く直面した。子どもの育ちに寄り添う姿勢を重視しているか、保育者の育成に力を入れているか、自園の方針を事さらに押し付けていないかなど、民間園の課題を吟味する目を養った。

こうした現実を改めて知った上で、株式会社を含む民間園の導入は必要不可避だったと現在でも思っている。但し、民間園に望みたいことは、公立保育園が確立してきた保育手法を参考にしながら、独自の保育手法と組み合わせ、保育水準の向上を追い求めていく姿勢だ。こうして官民の保育園が共存していくしか、急変する保育需要に対応できず、子どもを預けられない親が地域社会に溢れることになってしまう。だからこそ、民間園が個性を育みながらも、時として公立園に学び、良質な保育を実践してもらうことが、名古屋市内の保育環境の向上には不可欠だと思う。是非、民間園には保育の質の向上に向けた努力を重ねて頂きたいと願う。

4.転機が訪れつつある保育園需要

名古屋市子ども青少年局では、毎年欠かさず通常型の保育園整備、賃貸型保育園整備、小規模保育園の整備、更には公立保育園の民間移管などに取り組み、多種多様な手法を同時に駆使しながら保育園の拡充整備を続けている。そのため、名古屋市保育行政に携わる職員は実に多忙だ。多忙でありながらも保護者に寄り添い、丁寧な仕事を続けていることが筆者には分かる。誠に敬服する。

こうした長年の市当局の努力が実り、2020年には保育需要の不足感もやわらぎ始めた。引き続き保育園の拡充整備が必要な状況ではあるが、新規の需要圧力が低下し始めているのだ。早晩、需給バランスが均衡し、その後は保育園の定員が余り始める可能性がある。筆者が着目しているのは、その時の民間保育園の動静である。保育園余りの状況となれば、淘汰が生じる。切磋琢磨を重ねた民間園は生き残るだろうが、待機児童問題の潮流だけに乗って経営してきた民間園には子供が集まらなくなるだろう。そうした際に、需給調整弁として株式会社を含む民間園がどのような動きを取るか。自らの実力と役割をわきまえた民間園により、時宜に応じた撤退が生じることにより、働く親と未来のある子どもたちに皺寄せが行くことなく、保育需給がソフトランディングしていってほしいと願っている。その後には、質の高い官民の保育主体によって、安定した保育環境が保たれて行くと信じている。

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