Vol.119 ICTの導入が進み始めた名古屋市の保育園  -園内のICT化と申請手続きのICT化-

名古屋市では待機児童対策の観点から保育所整備強化を多年にわたり推し進めてきた。しかし、保育園内外のICT化は進捗が遅く、保育者や保護者はアナログな対応を余儀なくされ、時代の潮流と乖離した状態が続いている。今般、名古屋市は保育園にかかるICT化推進のための予算を断続的に措置し導入に動き出した。端緒に着いたところではあるが、保育園に進化の扉が開かれようとしている。

1.保育園に関するICT環境の実情  -書類の山の中での奮闘-

名古屋市に限った話ではないが、全国の保育園はICTの進展に取り残されてきた。園内には数多くの書類が存在し、まさに紙の山だ。保護者と保育者のコミュニケーションツールである連絡帳にはじまり、登下園の記録、給食の献立表、園児の体調管理、保育日誌、保育計画、避難訓練記録、研修記録、ヒヤリハット記録、苦情処理など、保護者が接する書類以外にも実に数多くの書類の作成が義務付けられており、保育者や園の管理者はこうした書類の山の中で奮闘しているのである。

書類の種類が多いことも課題なのだが、問題はそのほとんどが手書きで処理されている事だ。このため、保育者は子どもたちが帰った後も職員室の机に向かう時間が長く、これらの書類の整理・管理を行う園側の事務量も膨大なものとなる。また、朝の登園時刻が近づくと、発熱などで登園できない子供の保護者からの電話が相次ぎ、園ではその対応に追われる事が日常茶飯事だ。

こうした紙と電話に依存した保育園の運営によって、保護者は不便さを感じる機会が多い。荒天による休園の連絡、園に預けている子供の発熱等の体調変化の連絡などが電話に依存しているため、保護者はタイムリーに電話を取ることができずにやきもきすることが多い。メールを使った連絡や一斉配信などを使用できれば、保護者も保育者も確実に効率が上がるのだが、これができていない。日々の連絡帳や園だよりなども紙から電子に変更されれば、保護者はいつでもどこでもこれを読み書きできるから生活への制約が減少するはずだ。

保育者と保護者だけではない。自治体には保育政策を司る部署があり(名古屋市では子ども青少年局保育部)、こうした部署は保育園が適切な運営をしているかどうかをチェックするために監査を実施しているのだが、この監査がまさに書類の山との戦いの場となる。書類を整理する園も、書類をチェックする行政も多くの時間を割かねばならない。

特に、公立園でのICT導入の立ち遅れが目立つ。民間園では、園内システムの導入を始めた園が増加中で、試行錯誤をしながら効率化を進めているのだが、公立園は市が予算をつけて全園に一斉導入しなければならないため、民間園の後塵を拝する状況となっている。名古屋市ではこうした課題が数年前から認識されており、2022(R4)年度予算からICT導入費が計上され、いよいよ保育園はICT化の局面へと入ることとなった。

2.園内のICT化  -園内システム「コドモン」の導入-

まずは園内のICT化の取り組みが始まった。園児たちの情報がデータベース上に管理され、日々の登下園の記録や園児の体調情報、連絡帳など保護者とのコミュニケーションが必要な書類を電子化することを目的に、園内システムの導入が先行着手された。園内システムには民間企業が開発したいくつかの既往システムがあるが、全国的にシェアが高いのが「コドモン」だ。このパッケージを利用してカスタマイズを最小化することで導入のハードルを下げる。

導入深度はいくつかの段階に分かれるのだが、初動期は登下園の記録と連絡帳への導入だ。園の玄関や保育室にタブレットが設置され、保護者はタッチパネルで登下園ボタンを押せば記録される。連絡帳は、保護者が専用アプリをインストールすれば、メールの要領で園側のタブレットと連絡が可能となる。また、緊急連絡等もメーリングシステムを利用して行うことができる。これによって、初期段階の「脱・紙」が始まる訳だ。

コドモンなどの保育園内システムは、フルパッケージで利用すると活用範囲がさらに広がる。多種多彩な書類の入力と管理をPC入力に変えることが可能だから、保育者は保育室でも職員室でも空いているタブレットやPCを使って必要な書類の記載事項を入力できて業務が効率化する。同時に園側も書類や園児の情報検索が容易となり管理精度も上がる。ここまで深くシステムを活用するには段階を踏む必要があるが、システム導入の扉が開いたことで今後は着実に深度化していくことだろう。

3.申請手続きのICT化  -スマートフォンからの申請手続き支援-

次に名古屋市がチャレンジしようとしているのが申請手続きのICT化だ。きっかけとなったのは河村市長の「スマホで保育園」という標語の打ち出しだ。保護者が保育園の入園手続きを行う際には、書類の記入を挟んで複数回の区役所訪問が必要だが、これを全てスマートフォンで済ませられる保育先進都市になろうという狙いがあった。

しかし、現実はそうは簡単に進まない。保護者は、子どもを預けたい保育園を選び、第六希望まで申請書に書いて区役所に提出し、区役所側は希望の園への入園が可能かどうかを調整する。名古屋市では国のルールに基づく「待機児童」は存在しないものの、希望の園への入園を待つ家庭は存在している。なるべく希望に近い園に一日でも早く入園できるように調整する事務が区役所に課せられているのだが、これが実に手間のかかる仕事なのだ。名古屋市子ども青少年局では、これを単純にシステム化すればよいというものではないと判断している。保護者の希望を聞きつつ園の実情を勘案し、次善の候補園へと検討をつなげていく事務は、丁寧な対応が必須で保護者との対話が不可欠だと考えているからだ。

そこで、全手続きのICT化は次なる課題として残し、まずは保護者が希望の園を見つけ易くできる支援システムの構築に2023(R5)年度から着手することとなった。保護者の住まいや勤め先の近隣に、希望に近い保育内容を持つ保育園があるかどうかを検索できるシステムを構築するものだ。このシステムの運用を通して、保護者のニーズをシステムの上で見極める知見が蓄積されれば、全ての入園手続きをシステム化する段階へと進化していける可能性が高まるだろう。

4.保育園のICT化の意義  -便利さに終始せず「保育の質」向上に結実させること-

さて、保育園のICT化は待ったなしの現状にあるから、これに取り組むことは全面的に支持したい。但し、便利になることを究極の目標としていると事を見誤る可能性がある。最終的な目標は、保育の質を向上させることに置かれなくてはならないだろう。

縛り付けられている事務作業から保育者を解放し、園児と向き合う時間を生み出すことで、保育の質を上げていくことが重要だ。つまり、保育者が便利になった分の時間をどこに投入すべきかがよく吟味されなくてはならない。これは、保育園を指導する部局(名古屋市子ども青少年局保育部)と、園の管理者に課せられた責務だ。人手不足と多忙感が原因となって起きる悲劇的な事故を避けることはもとより、名古屋市の保育の質が上がることが、安心して子育てできる都市になるという事だ。システムの導入がここに繋がるようなICT化ステップを計画的に推進願いたい。

名古屋市では当面、保護者にとって便利になるシステムの構築に主眼を置いて着手されるのではあるが、「便利だが手抜きの保育が多い」ということになっては元も子もない。入園手続きが簡単で、園とのコミュニケーションも迅速かつ正確で、園児の情報管理が適切になることは保護者が求めることであるから必要な事ではあるが、名古屋市が培ってきた保育理念を基に一層に保育の質を上げるための仕組みがシステム上に構築され、その活用が園児たちの笑顔につながる取り組みを期待したい。長年にわたり、実に丁寧に保育施策を積み重ねてきた名古屋市には、次代の扉を開ける力量が備わっていると確信している。

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