Vol.57 コロナ禍で鮮明化した東京脱出の動き  -東京に居なくても良いというパラダイム-

2021年の住民基本台帳で東京からの転出傾向が鮮明になった。全国から人口を吸着し続けてきた東京の人口移動に大きな変化が生じている。その原因となったのはコロナ禍だ。感染症の蔓延に対して、過密な大都市の脆弱性が露見し、緊急避難的に導入されたリモートスタイルが新しいパラダイム(社会通念)を生み落とした。「東京に居なくても良い」というパラダイムだ。このパラダイムが示唆する今後の国土を展望してみたい。

1.東京都特別区は転出超過に  -東京の人口吸着力の減少が鮮明化-

図表1は、住民基本台帳で把握される人口の転入・転出の状況から転入超過数を算出し、東京圏(1都3県)、東京都、東京都特別区(23区)について推移を集計したものだ(総務省作成)。転入超過とは、〔転入者数―転出者数〕で定義され、プラスになれば転入超過、マイナスになれば転出超過となる。

グラフの青線が東京圏で、大きな上下動があるものの、長期間にわたってプラス(転入超過)で推移しているのが分かる。全国各地から東京圏に人口が吸着され続けてきたことが分かる。そして赤線が東京都、緑波線が東京都特別区(23区)だ。1995年以降はプラス(転入超過)で推移してきているが、注目したいのは2020年~2021年にかけての動きだ(図中の紫楕円)。明らかに右肩下がり傾向に転換しており、特別区(23区:緑波線)はマイナス(転出超過)に転じたことが分かる。実に25年ぶりの現象だ。

東京都特別区(23区)について詳しく見たものが図表2だ。2020~2021にかけては、転出者数(青棒)が大きく増加し、転入者数(橙斜線)が大きく減少したことが鮮明だ。つまり、特別区(23区)への人口流入傾向が低下し、23区からの脱出傾向が強まったことを示唆しており、この結果特別区(23区)は転出超過に転じた訳だ。

それでは、東京都特別区(23区)からの転出先はどこが多いのだろうか。これについても総務省はまとめている(図表3)。東京都特別区(23区)からの転出先として多いのは、横浜市、川崎市、さいたま市がTOP3で、次いで川口市、市川市となっている。つまり、東京圏(1都3県)の中に転出先が集中している。

但し、コロナ前の2018年~2019年と比較しても、転出先上位都市はほぼ固定席となっている。大阪市は6位、名古屋市は7~8位で安定的に推移している。このように転出者数のボリュームでみると、特別区(23区)からの転出先は、コロナ前とコロナ禍ではあまり違いがないように思えるが、転出者の増加率でみると、別の傾向が表れる。

図表4は、特別区(23区)から転出した人口の増加率で上位都市を集計したものだ。2020年から2021年(表中左側)と、2019年から2021年(表中右側)の増加率を示している。茅ヶ崎市、藤沢市、鎌倉市といった湘南地域や、町田市、日野市といった都内の住宅都市のほか、上尾市、八千代市、流山市といった千葉県や埼玉県の住宅都市が上位に名を連ねている。

これらの上位都市が示唆する転出先条件は、①東京へのアクセシビリティ(いざという時に東京に行きやすい)、②都市機能集積(都市の規模)、③風光明媚(湘南海岸など)、④都市ブランド(ネームバリュー)、⑤経済性(地価、家賃)と読める。

特別区(23区)から脱出している人の多くは、転職を伴わない転居であろうから、日常的にはリモートで仕事ができても、勤め先に出向く交通手段は確保できねばなるまい。結果として東京都心から近郊エリアの都市が選択されている。そして、一定の都市機能の集積があって利便性が享受できることも重視されているようだ。先に述べた横浜市、川崎市、さいたま市はその代表で、その他の都市も拠点的な都市が名を連ねている。そして、山や海といった自然資源に触れ合いやすいことや、地価や家賃の負担が相対的に軽くなることが重視され、加えて誰もが知るネームバリューも求めらえているようだ。

この中で筆者の目を引くのはつくば市だ。つくば市は表中の上位都市の中では東京都心から最も遠く離れているのだが、つくばエクスプレスで秋葉原から45分で結ばれていることが転出時の選択条件にヒットしたのだと思える。このことは、今後の国土を展望する際に見逃してはならない示唆となるのではなかろうか。

2.東京近郊の都市に転出先が集中   -「いざという時」に東京に行ける場所-

2020年から鮮明になった東京脱出傾向の原因がコロナ禍にあることは間違いない。感染症の蔓延に直面した時、東京の過密性はいかにも脆弱だということが露見したことに発端がある。そして、人流抑制のために緊急避難的に導入されたリモートスタイルだったが、これが新たなパラダイム誕生の引き金となった。「東京に居なくても良い」というパラダイムだ。

これまでは、東京に居なければビジネスは広がらないし、勤務先に通勤できなければ生活が成立しないため、「東京に居る事」が事業所立地や居住地選択の重要な条件となっていた。しかし、リモートスタイルでビジネスや就労が成立することが分かると、「東京縛り」が緩んだ。仕事や生活における立地選択条件が多様化する潮流が生まれたのだ。東京からの転出先として集中している都市を見ると、「東京に居なくても良いが東京に行けなくてもダメだ」という条件が底流にあることが見て取れる。

そして、東京を脱出した人々は、家賃負担の軽減または住居面積の拡大というメリットを享受しているはずだ。加えて長時間の通勤から解放されて時間的余裕も感じているに違いない。この「東京に居なくてもよい」というパラダイムは、今後に向けて「住み良さ志向」の追求をさらに加速させていくと筆者は思う。手頃な家賃負担で時間的余裕も享受できれば、自分の価値観に合ったライフスタイルを構築しやすいからだ。豊かな人生を求める人々は、「東京縛り」から解放されて居住地選択を多様化させていくだろう。

このように考えると、現時点では東京近郊に集中している移転先も、今後はさらに多様化していく可能性があるように思える。それを示唆しているのがつくばエクスプレスで都心と結ばれているつくば市だ。東京から離れていても高速交通でアクセスが可能で、離れているからこそ経済条件(地価や家賃)が有利で、自然条件にも恵まれている。そして、一定の人口規模があって都市機能の集積がある(生活利便性が高い)。これをリニア開業時に当てはめると、リニア沿線地域の優位性が如実に浮かび上がる。

3.高速交通条件が立地選択を多様化させる   -リニア時代のダイナミックな選択肢-

つくばエクスプレスをリニアに置き換えれば、リニア沿線地域の多くは移転先条件に当てはまる。特に、政令市として都市機能集積の高い名古屋市はその筆頭だ。また、名古屋駅からの乗り換えでアクセスしやすい中核市も視野に入るだろう。

東京で生活している人々は、充実した都市型サービスを享受しているから、飲食店等の店舗・商業機能、医療・福祉・育児機能、文化・スポーツ機能等を求めたい(いきなり田舎は嫌だ)。そして、空間的、時間的、経済的なゆとりを謳歌したい場合は、横浜、川崎、さいたまへの転居では中途半端で、明らかに地方圏の方がゆとりを享受しやすい。となれば、リニア時代の東京に依存しない居住地選択は、①地方圏であって、②高速交通(リニア、新幹線等)で東京と結ばれ、③都市機能集積のある拠点的な都市、という条件が当てはまる。まさに、名古屋圏の拠点都市はその条件を満たしているのである。

このように、ポストコロナ時代は東京に縛られない時代になると思われ、リニア開業後の国土では、その選択肢が多様に広がることが想定できる。これを展望した上で、名古屋圏の都市は、「選ばれる都市」になるために準備を急がねばならない。それは、都市ブランドの磨き上げだ。交通条件や人口集積条件は満たしていても、都市魅力=ブランド性が多くの人に認められる発信力が備わらねばならない。何に着眼して都市ブランドを構築していくかは、各都市の戦略次第だ。わが町自慢に磨きをかけ、現在の転出先都市を参考にしながら都市ブランドを築き上げていけば、リニア時代の「東京に依存しない」国土においては、東京からの移転先候補地として名乗りを上げることが可能になろう。都市ブランドを磨くには相応の時間が必要となるから、今から戦略を練って意図を持って取り組みを始めねばなるまい。名古屋圏の多くの拠点都市が「選ばれる都市」になることを願っている。リニア×ポストコロナ時代の国土が楽しみだ。

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