Vol.134 コロナ禍が移動と通信に与えた関係変化  -通信が移動を補完して経済を生む時代-

コロナ禍によって人々の流動は激減した。現在(2023.8)は元に戻りつつあるように映るが、コロナ禍によって人流に対する社会の価値観は変化したと思われる。人流が激減したにもかかわらずGDPがさほど激減していないのは、通信が移動を補完したことにより経済活動が維持された事によるものだ。移動と通信とGDPの関係を紐解くことで、今後の国土の在り方を考える示唆が得られそうだ。

1.コロナ禍で激減した交通機関利用者数  -ビジネス利用の戻りが早いが戻りきらない需要も-

コロナ禍によって我々が体験したのは、未だかつてない外出・移動の自粛だ。図表1は航空、新幹線、高速バスの利用者の推移を示したもの(MURC作成)で、コロナ禍による旅客激減の模様がよくわかる。コロナ禍に入った2020年の対前年比を見ると、航空利用では国際線が19%に、国内線が44%に落ち込み、国際線の利用の激減が目立つ。同様に、新幹線では定期は83%に留まったものの非定期は36%に落ち込んだ。高速バスは24%に落ち込んでいる。

国際線と新幹線非定期と高速バスの落ち込みが大きいのは、観光客の割合が大きいことが要因だろう。これに対して航空利用の国内線、新幹線の定期はビジネス客の割合が大きいため、観光客に比べて相対的に利用を続けた人々が多かったことが伺える。特に、新幹線定期利用の落ち込みが2割程度にとどまっていた事がこれを物語っている。

一方、コロナ禍への対応が落ち着きを見せた2022年の状況では、2019年比で航空利用(国内線と国際線の合計)は67%、新幹線利用(定期と非定期の合計)は72%に復元したのに対し、高速バスは57%の水準に留まっている。航空の国内線利用に限定すると75%まで戻ってきており、運賃が高く遠距離のビジネス目的ほど戻りが早い傾向が見て取れる。但し、新幹線の定期利用は2019年比で80%と2割減から復元していない。新幹線定期を利用していたビジネス客は遠距離通勤をしていたと思われるが、復元しない2割の人々の間ではリモートスタイルが定着した可能性が高い。

いずれにしても、各交通機関におけるコロナ禍の影響よる利用者減少は大きく、2020~2021年にかけて激減した後、2022年度から復元が本格化していることが確認できる。但し、復元の状況を見る限り、ビジネス利用の復元速度が速いものの、ビジネス利用の中にはコロナ禍が明けても復元しないリモートスタイルへの転換需要が存在していると解される。

2.移動量と通信量の推移   -通信量の推移が物語る経済インフラとしての躍進-

コロナ禍によって外出と移動を自粛した日本人であるが、その間に増えたものがある。それが通信量だ。移動を代表する指標として旅客輸送量を、通信量を代表する指標としてトラヒック量を取り上げて推移を見たものが図表2(MURC作成)だ。トラヒックとは、通信網内を流れる通信要求(呼び出し信号)のことを指し、通信量の多寡を表す指標として用いられる。

コロナ禍に突入した2020年に旅客輸送量が激減したことは前述したとおりだが、図表2の左側でも確認できる。一方で、トラヒック量(図表2の右側)は2020年から急増していることが分かる。人々が、物理的な移動を減らした代わりに通信によって交流や打ち合わせ、取引や消費などを済ませた結果と言えるだろう。つまり、どうしても移動しなければならない事案はコロナ禍でも移動した一方で、通信に置き換える事ができると判断した事案は移動を止めて通信で済ませたと考えられる。その結果、リモート会議やウェビナー、通販による消費などが増加した訳だ。換言すれば、通信が移動の一部を補完したと言って良い。

この体験が、我々のワークスタイルやライフスタイルに大きな影響を及ぼした。リモートで会議などを済ませた場合、移動が発生しない分、時間的余裕が生まれ体力も消耗しない。これを経験すると、効率的な時間の使い方を実践するためには、リモートスタイルを導入しない手はないと多くの人々が実感したに違いない。但し、リモートスタイルの実践を通して物足りなさも同時に我々は体感した。濃密なコミュニケーションや、互いの理解深度を求めるためには、リモートスタイルは面直スタイルに及ばないという事を強く実感した。

つまり、定期的な会議、社員など既知の者同士の会議、更には報告・伝達等の一方通行的なやり取りで済まされる会議などはリモートスタイルに置き換わりやすいが、重要な商談・交渉、熱意を届ける必要のある会議、初対面同士の面談などでは可能である限り面直スタイルで行う方が適していると棲み分けがついたものと思われる。

移動インフラと通信インフラを使い分けた結果が図表2に表れたと考えて良いだろう。交流の概念は「移動を伴う」という規定概念から「移動と通信を使い分けて行う」という新しい概念に転換したと考えられ、交流に必要なインフラの見方も変わったと言えよう。従って、交通インフラと通信インフラの両方が脆弱な地域は交流機会の増進が難しく、いずれか一方のインフラが充実していれば一定の交流機会を得る可能性はあり、両方のインフラが充実している地域は交流機会を今後も豊富に得ることができると考えなければならない。つまり、片方だけのインフラを満たすだけでは十分ではないという観点で、地域のインフラ実態を今一度チェックすることが重要だ。

3.通信が移動を補完してGDPを生み出す時代  -ΔGDP=Δf(移動+通信)という国土-

他稿でも述べたが、日本のGDPは交流量と密接な関係を保ちながら成長してきた。図表3(MURC作成)の左側がコロナ禍前の16年間のGDPと交流量(旅客輸送量)の関係を示している。一直線上にデータが並ぶのは、相関関係が強いことを示している。つまり、コロナ禍前までの交流は移動を前提としていたから、GDPの成長の陰で旅客輸送量は増加していたのである。換言すれば、移動を増やすことがGDPの成長を促していたとも言える。

一方、図表3の右側はコロナ禍を含む18年間のGDPと旅客輸送量を示しているが、コロナ禍にある2020年と2021年はトレンドラインから大きく逸脱している。但し、2020年と2021年のGDPは2019年に対して数パーセントしか減少していない。つまり、コロナ禍の渦中での交流は、前述のとおり移動と通信の相互補完により実践されたため、移動を伴う交流の減少を通信による交流が補完したことにより、GDPは一定水準に保たれたと解される。

これらは、今後の国土の在り方を考える際のヒントを示唆している。我が国のGDPは交流を伴いながら成長する構造を有しており、コロナ禍後もこの構造は変わらないものの、交流の構成要素は「移動+通信」に変わった。従って、国土において経済発展を生む地域は、移動と通信を臨機応変に使い分けできる地域が優位であるという事になる。  この際に求められる通信環境とは、通信インフラと通信スキルの両方が必要となる。容量の大きな通信インフラがあると同時に、地域の企業や市民が通信を使ったアクティビティを駆使できる状況が必要となることに留意が必要だ。この意味で、DXの促進は国土が発展する上で必要不可欠という事になる。

通信による交流(取引を含む)がGDP増進の構成要素となったことは、地方にとっては朗報だ。しかし、通信だけではGDP増進を大きく得ることはできない。前述したように移動を伴う面直のしやすさが重要であることに変わりはないからだ。換言すれば、移動が容易であることを前提に通信で臨機応変に補完できる立地条件が有効なのだ。

日本の国土において移動と通信の条件を高い水準で満たしているのは東京だが、東京はコストが高い。しからば、コストを要さずに移動と通信を臨機応変に使いやすい地域を増やすことが日本と地方のGDP(付加価値額=生産額-コスト)を増進する上で有効と考えられる。これを具体的にイメージすれば、高速鉄道や高速道路の整備が充実していて通信環境(インフラとスキル)が良い地域に諸機能を集積させることが日本経済を発展させる国土利用の理想パターンとなる。特に、人流インフラとなる高速鉄道が着目されるべきだ。筆者は、リニア時代にこれを当てはめて考えたい。リニア沿線地域は移動条件が極めて良好となり、移動と通信を使い分けた交流を実践しやすく、コストは東京に立地するよりも格段に安い。こうした地域に諸機能の移転・集積誘導を図ることが、日本のGDP増進を促す上で有効だと認識すべきだろう。

GDPを増進する交流の構成要素を「移動+通信」と認識した上で、高速鉄道の利用が可能であれば、日常的にはコストの安い場所に立地することが経済発展に有益であることは明白だ。「交流=移動+通信」が日本経済を増進させることを念頭に置いた上で、コスト効率を加味した国土計画を立案していくことが、我が国に求められている重要課題だ。それは即ち東京一極集中の是正に他ならない。

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