Vol.160 リニア時代に愛知県が持続的成長を遂げる道は  -「交流消費」の増進と「付加価値創出力」の強化を-

若者の人口流出が拡大し続け、人口減少期に突入した愛知県。世界に誇るモノづくり集積地ではあるが、製造業だけでは若者の流出を止められないことが鮮明化しつつある。このままでは愛知県の社会経済は不活性化へと突き進んでしまう。愛知県が持続的成長の道を歩むためには、リニア時代の国土におけるポテンシャルを戦略的に活用する他にない。これまでの関連する拙稿を総括しながら述べてみたい。

1.愛知県で今起きている事  -趨勢的には不活性化の懸念-

愛知県は日本一のモノづくり産業と高度教育機関(大学等)の集積等を背景に、近隣県から多くの転入人口があり、2017年に自然減に転換して以降も社会増がこれを上回ることで人口増加を続けてきたが、2019年をピークに人口減少期に入った。拡大を続ける自然減を社会増で補う事ができなくなったのである。

愛知県の人口動態では、人口増加を続けている時代から東京への若年層の流出が大きく、近年もその傾向が拡大を続けている。近隣県からの転入人口をはるかに上回る規模の人口が東京に吸い上げられている構造で、中部地域における人口のダム機能を担いきれていない。近年の社会増の中心は外国人によるもので、日本人に限れば社会減(転出超過)が構造化しているのである(vol.107、158ご参照)。

愛知県の製造品出荷額は圧倒的に日本一だが、純付加価値額で見ると弱含みだ。これは、製造業の純付加価値額が他業種に比して相対的に高くないためである。この事と若年層の流出は無関係ではない。就活期を迎えた若者たちは、ミッションドリブン志向を強めて活躍機会を求めている(1980年代まではマネードリブン志向であったが)。つまり、自身の勤める企業の発展を通じて社会貢献したいという志向であり、収益と社会貢献を両立できる活躍機会を求めている。

ミッションドリブンの活躍機会を豊富に有する都市・地域とは、純付加価値額が大きな都市・地域と読み替えることもできる。純付加価値額とは、売り上げから原価等の直接経費を控除した粗利の概念であり、この粗利を生み出す力がなければ、従業員の経済処遇を上げられないし、CSRを含む投資や社会貢献活動を行う事も出来ない。統計的に検証すると、社会増が大きい都市・地域は、純付加価値額が大きく、規模の大きな企業・事業所が集積する事と因果関係が強いことが把握された(vol.154ご参照)。つまり、付加価値創出力を高めることが、若者を惹きつける重要な条件と言えるのだ。

若年層が流出すれば、人口再生産力は一層に低下するから、自然減をさらに加速させることとなる。こうしたことが愛知県では西三河地域で象徴的に起きている。日本一のモノづくり産業の心臓部地域でありながら、付加価値額創出力のある産業構造となっていないことが若者の流出を止められない要因だと考えねばならない。人口減少は家計消費の消失(GRPの縮退)を意味するから、現状の趨勢のままでは愛知県の社会経済は不活性化の道を歩むと懸念せざるを得ない(以上、図表1の左側)。

2.リニア開業後の愛知県のポテンシャル   -東京アクセスの超短縮と背後圏の拡大-

こうした趨勢を持続的発展トレンドに転換するための好機は、リニア中央新幹線(以下、リニア)の開業にある。リニアは品川~名古屋間を40分で結ぶ超高速鉄道で、これにより愛知県は首都圏と日常的な交流が可能な立地条件を得る。同時に、我が国最大の2時間圏(2時間で交流できる人口規模)の中心が東京から愛知県に変わり、国土の歴史的転換期を迎える。これをどう活かすかを考えねばならない。

国内最大2時間圏の中心に位置するという事は、交流ポテンシャルが日本一になるという事を意味する。集客事業を考える上では好条件ということだ。また、業務機能、商業機能、宿泊機能といった主たる都市機能の立地条件においても背後圏人口が大きいという事は立地ポテンシャルが高いと一般的に評価される(vol.1、6、62、173ご参照)。  2023年7月(R5.3)に閣議決定された第三次国土形成計画では、「デジタルとリアルの融合」により「時間と場所の制約を克服できるシームレスな国土の形成」を図る事を目標として掲げた。コロナ禍が産み落としたリモートスタイルが、これを可能にすると明示した事を十分に踏まえたい(vol.136、142ご参照)。

我が国が長年にわたり課題としつつ克服できていない国土上の問題は東京一極集中だ。東京に過度に依存する国土では、企業活動でも市民生活でも高コストを強いられ、国の発展にブレーキをかけてしまう。東京にいなくても東京に集積する機能や顧客との関係を維持して活動できる国土への転換を追求することは、高コスト構造の国土から脱却し、国民が豊かさを享受しつつ企業の国際競争力を向上せしめることを意味する。実際に、2022年以降に人口や企業本社の「脱・東京」潮流が生まれており、東京へのアクセス性が確保されたエリアに新たな立地選択が生まれている(vol.113、140、141ご参照)。

リニア開業後の愛知県は、東京以外のオフィス立地や居住地選択において優れた選択肢となり得るのだから、これを念頭に置いた地域づくりを推進することが重要だ。

3.持続的発展へのキーワードは2つ   -「交流消費」の拡大と「付加価値創出力」の強化-

愛知県人口の減少は今後も続くと想定され、これに伴い家計消費は着実に失われていくから、愛知県のGRPは縮退傾向を辿ると覚悟せねばならない。一方、リニアが開業すると愛知県の交流人口は確実に増加する。これによって生まれる交流消費の増加は、家計消費の消失分を補う消費として重要で、愛知県の場合はリニア開業によって2040年までの家計消失分を補える可能性を秘めている。但し、交流消費を一層に拡大する努力は必要不可欠で、そのためにはディスティネーションを増やし、滞留を増進させることが重要だ(図表1における<問題Bの解決へ>)。

この意味で、2022年11月に一部開業し2024年3月にフル開業するジブリパークや2025年に開業を予定する愛知県新体育館は、新たなディスティネーションとなり、2019年に開業したスカイエキスポ(愛知県国際展示場)や2022年に新第1展示館とコンベンションセンターが開業したポートメッセ名古屋(名古屋市国際展示場)は基幹的MICE機能であるから、いずれも滞留を増進させる重要な役割を担う事となる。今後望まれることは、これらの新しいディスティネーションやMICE機能をフル活用した交流人口の誘客や送客の取り組みを県内で展開し、交流消費の拡大を実現していくことだ。

一方、愛知県の産業構造においては、付加価値創出力を高めていくことを希求しなければならない。愛知県は製造業に特化した産業構造となっているが、1人当たり純付加価値額の大きな業種は情報通信産業、金融・保険業、学術・専門技術サービス業、医療・福祉業であり、いずれも愛知県では集積が低い(vol.159ご参照)。しかし、リニア開業後の愛知県は、情報通信産業と専門技術サービス業については集積強化を可能とする条件を得ることとなる。

情報通信産業は東京へのアクセス性が高い地域に集積する傾向が強く、リニア開業後の愛知県ではこの条件を満たすこととなるからだ。また、リニア立地に加えて愛知県が誇るモノづくり産業との連携を活かせば、専門技術サービス業を育成・強化していくことも可能だろう。

こうした①高付加価値型業種の集積を促すことに加えて、②名古屋市を中心に本社機能の誘致を行うことも重要課題であるほか、③地元企業を対象にミッションドリブン型経営への転換を促すとともに、④スタートアップ企業の育成支援を強化するなどして、総合的に付加価値創出力を高めていく必要がある(vol.152ご参照)。愛知県がスタートアップの育成拠点として整備を進めているステーションAI(2024.10開業予定)は重要な役割を担う事となるが、更に二重三重の政策強化(①~④)によって付加価値創出力を高めていかねばならない。付加価値創出力の強化は、若者たちを中心とした社会増へと繋がっていくこととなり、その先には人口再生産力の向上へと結びついていくこととなるから、全県を上げて取り組むべき戦略的な課題だ(図表1の<問題A,Bの解決へ>)。

このように、今後の愛知県土においては、交流消費を拡大し、県内産業の付加価値創出力の強化に焦点を当てることが、愛知県の持続的発展に向けて意義ある政策ポイントとなるはずだ。リニア開業後の発展戦略について、こうした議論が本格的に高まっていくことを切に期待したい。

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