Vol.159 愛知県の付加価値創出力を高める産業戦略の鍵は  -若者を惹きつける高付加価値業種の強化を-

全国の若者が付加価値創出力のある都市に惹きつけられている(vol.154ご参照)。その結果、大都市に人口が流入し、とりわけ東京に人口が集中する国土構造となっている。全国各地域では多様な産業活動が行われているが、付加価値創出力という観点から見ると業種によって大きな隔たりがあり、その産業構造が人口動態に影響を与えている。付加価値額に着目した産業構造を把握する事は、地域の発展を考える上で重要な鍵だ。

1.純付加価値額に見る日本の主軸産業  -医療・福祉業、製造業、卸・小売業が3本柱-

付加価値額とは、売り上げから原価等の直接経費を控除した粗利の概念だ。この粗利を原資として従業員の給与や投資、社会貢献活動等に配分されて最終的には企業の利潤となる。従って、本業による付加価値額が大きければ、従業員の経済処遇を向上させ、SDGsを含むCSR活動にも貢献することが可能となる。ここに、若者が惹かれる傾向が強いことが統計的にも把握できる(vol.154ご参照)。本稿では、付加価値額から減価償却費を控除した純付加価値額に着目して業種別の特性を見ていきたい。

日本全体の純付加価値額における業種別の構成比を見ておきたい。純付加価値額の全国の合計は日本の国内純生産額であり、GDPに近い概念である。その業種別の構成比を見ると、日本経済を支えている業種の構成が把握できる。図表1が示すように、日本の純付加価値額において最も高いシェアを有する業種は医療・福祉業で、次いで製造業と卸・小売業となる。この3業種だけで日本の純付加価値額の5割以上に達するから、業種大分類で見た場合の日本の産業の主軸はこの3業種と言える。

図表1が日本全体を見た場合の純付加価値額の業種構成であるのだが、これを地域別に見るとグラフの波形は大きく変化する。それが各地域が有する産業特性という事になる。

図表2は、愛知県の純付加価値額について業種別構成比を示したものだ。目を引くのは製造業の構成比の圧倒的な高さである。同時に、卸・小売業と医療・福祉業の割合は高いものの図表1の全国の構成比と比較すると相対的に小さい。そして筆者が気になるのは、学術・専門技術サービス業の純付加価値額構成比が全国に比して小さい事だ。いずれにしても、愛知県がモノづくり王国であることは、純付加価値額の業種別構成比からも明らかに見て取れる。

2.愛知のモノづくり産業は圧巻だが純付加価値額では…   -弱含みの愛知、強含みの福岡-

愛知県は、1977年以来の44年連続で都道府県別製造品出荷額第1位の座を守っている。図表3で見ると、2位以下の都道府県を大きく引き離してダントツの1位であることが一目瞭然である。先に見たように、製造業は日本の産業の主軸であるから、愛知県が日本経済を支えてきたという事は疑いようのない一面と言えよう。

1位が愛知県の指定席であるのに対し、2位以下は年次によって入れ替わるのだが、静岡県、神奈川県、大阪府、兵庫県が愛知県に次ぐトップ5の常連だ。但し、愛知県の西三河地域だけを取り出しても2位の県の製造品出荷額を上回るのであるから、西三河が日本の製造業の心臓部であると言って過言ではない。そして、尾張地域の製造業出荷額も大きく、尾張地域だけで6位以下の都道府県のそれを上回る。まさに、愛知県はモノづくり王国なのだ。

一方、純付加価値額を都道府県別に見たものが図表4だ。ここでは、圧倒的な1位は東京都に入れ替わる。愛知県は大阪府にも及ばず3位となり、この順位は一般的に言われる経済力の順位に相当する。トップ5は三大都市圏で占められており、4位が神奈川県、5位が埼玉県であるからトップ5のうち3都県が首都圏で占められている。また、製造品出荷額ではトップ10に入っていなかった福岡県が6位に入っているのも留意点だ。

3.業種別に見た1人当たり付加価値額の違い   -製造業は全業種平均レベル-

製造品出荷額で圧倒的に1位の愛知県が、純付加価値額の順位では3位となり、その額も東京都に大きく引き離される原因は、業種別の1人当たり付加価値額の違いにある(図表5)。製造業従事者の1人当たり純付加価値額(図表5の赤い棒)は全業種の平均水準で、純付加価値額の産出効率が他の業種に比べて高いとは言えないことが、モノづくり愛知の産業構造における課題だ。

1人当たり純付加価値額が高い業種は、公益的業種の電力・ガス・水道を除くと情報通信業、金融・保険業、学術・専門技術サービス業、医療・福祉業(図表5の緑の棒)となっている。こうした1人当たり純付加価値額の大きい業種が集積することが、地域全体の純付加価値額を高めている訳で、その典型が東京都である。東京都には、情報通信業、金融・保険業が集中的に集積している他、学術・専門技術サービス業や医療・福祉業においても基幹的な機関の集積があるため、純付加価値額の産出額が圧倒的に全国第1位だ。

そして、1人当たり純付加価値額が高い業種や企業に若者たちは引き寄せられている傾向が強いから、東京都の産業構造と人口の東京一極集中は密接に関係している。

4.愛知県が純付加価値額を高めるためのターゲット業種   -情報通信と専門技術サービス業-

モノづくり産業とともに発展してきた愛知県の産業史は誇るべきもので、主要企業の中興の祖に敬意の念を払う事に筆者はいささかも躊躇しない。しかし、モノづくり産業に依存した現下の産業構造では、若者たちが流出している現状にも目を向ける必要もある。

他稿でも述べてきたように(vol.152、154等ご参照)、地域が有する付加価値創出力が若者を惹きつける力となることを踏まえれば、愛知県の産業構造上の課題をここに見出し、克服すべき方針を打ち出す必要があろう。

図表6は、業種別1人当たりの純付加価値額について、全国平均と愛知県を比較したものだ。金融・保険業や医療・福祉業は、本社や基幹的な機関が東京に立地する蓋然性が高いから(財務省、日銀、厚生労働省等の中枢機能との立地近接性が求められる)除外するとして、着眼すべきは情報通信業と学術・専門技術サービス業だろう。

この2つの業種の1人当たり純付加価値額が全国平均よりも愛知県が低い状況にあることを憂慮すべきだ。その原因は、これらの業種の本社機能が愛知県に少ない事があげられると筆者は見ている。営業所や支社・支店だけでは純付加価値額が高まっていかないから、本社機能やR&D機能等の高付加価値部門の集積を高めていかねばならない。

情報通信業は、現在は東京都に圧倒的な集積があるが、コロナ禍が産み落としたリモートスタイルを積極的に駆使する業種でもあるため、コストの高い東京都からの本社転出傾向が令和3年以降に見られる業種だ。情報通信業のマーケットは依然として東京に存在するから東京との高速交通が確保されている立地条件が必要だが、普段の業務の相当量を東京以外の立地で実務することが可能な業種である。従って、リニア開業後の国土を見通した場合には、名古屋市を中心に愛知県が積極的に誘致すべき対象業種として置いて良いだろう。

次に着目したいのは、学術・専門技術サービス業だ。特に、専門技術サービス業の1人当たり純付加価値額が全国平均を下回る事に焦点を当てる必要がある。愛知県が圧倒的なモノづくり王国であることを踏まえれば、県内産業との取引が十分に考えられる業種であるにもかかわらず、この業種で後塵を拝しているのは勿体ない。愛知県における専門技術サービス業の集積実態を良く調査するとともに、県内の製造業がいかなる専門技術サービス業と取引があるかについても実態を把握した上で、誘致と成長支援を含む集積強化に向けた戦略的施策を立案していく必要があるだろう。モノづくり産業の集積を活かしながら高付加価値業種の集積に繋がる施策を講じたいところだ。

愛知県では、モノづくり心臓部である西三河地域で若者流出と人口再生産力の低下が際立ち始めた(vol.158ご参照)。残念ながらモノづくり産業への依存だけでは、これを食い止めることができない。愛知県の産業特性を活かしつつ、リニア時代の県土の立地優位性を念頭に置いた産業振興政策を構築していくことが、愛知県の持続的発展と日本経済への不断の貢献に向けて重要な課題であると銘じて取り組む必要があるだろう。

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