Vol.112 木曽川水系連絡導水路事業の進路  -進むか止めるか、名古屋市新提案の是非-

揖斐川に建設されたロックフィル方式の徳山ダムは2008年に稼働を開始した。構想から完成までに50年を要した巨大ダムに貯められた水を名古屋市などが利用するためには木曽川水系連絡導水路(以下、導水路)が必要だが、2009年5月に河村市長が撤退表明した事により未着工のまま今日に至っている。14年が経過した2023年2月に河村市長は新たな有効活用策を掲げて事業推進に舵を切った。この導水路事業の進路はどうあるべきか。

1.木曽川水系連絡導水路事業の概要  -徳山ダムとセットの導水路事業は水余りで頓挫-

導水路事業は徳山ダムとセットの事業だから、まずは徳山ダムについて概要を知る必要がある。木曽川最上流域に建設された徳山ダムは日本最大級のダムで、最後の大型ダムとも言われている。ダムは高さなど様々な指標で規模が比較されるのだが、徳山ダムの人造湖に貯められる総貯水量6億6,000万㎥は国内最大で、その貯水容量は浜名湖の2倍、湛水面積1,300haは諏訪湖に匹敵し、多目的ダムとしては国内最大である。建設に投じられた総事業費3,300億円も国内最大である。

揖斐川は古来から水害の常襲河川で、市内を貫流する大垣市や下流の輪中地域、千本松原などに多くの水害被害の歴史が刻まれている。これらを背景に、徳山ダムの目的は、①洪水調節、②揖斐川流域農地の不特定利水、③愛知県・名古屋市・岐阜県への上水道供給、④愛知・岐阜・三重県下工業地域の工業用水、⑤水力発電、と位置付けられ2000年に着工、2008年に完成し稼働を開始した。

先に述べた水害被害を防ぐ治水対策に加えて、高度経済成長を背景とした水需要の拡大を見通して計画されたが、経済成長の停滞や節水機能の普及などが相まって水需要は計画通りには拡大しなかった。しかし、国は異常渇水対策の必要性などを掲げて建設は進められ、日本最大級のダムは完成した。建設費を負担したのは国と3県1市(愛知県、岐阜県、三重県、名古屋市)などで、完成後の維持管理費についても負担が発生している。名古屋市は、総事業費3,300億円のうち525億円を負担し、既に429億円を支払い済みで、更に維持管理費についても毎年2億円を支払い続けている。

前述の①~⑤のダム建設目的のうち、③の上水道供給を実現するために必要となるのが導水路だ。また、長良川と木曽川の渇水対策などにも貢献するとし、利水と治水の両面の目的で導水路は計画された。徳山ダム下手の揖斐川町から長良川を経て木曽川の犬山頭首工(名古屋市上水の取水口がある)の上手まで43キロのトンネルを整備することにより、徳山ダムの水を木曽川まで流して利用することができる(図表1)。しかし、徳山ダムが完成した翌年の2009年に名古屋市長に初当選した河村市長は、就任直後に導水路事業からの撤退を表明した。理由は水余りである。

国が2004年に策定した水需要の計画では、2015年時点で名古屋市では124万トン/日の水が必要と予測されたが、実際には計画比7割の87万トン/日に留まった。その後も名古屋市の水需要は伸びず、2022年度実績では最大でも82万トン/日であった。従来から名古屋市が確保している木曽川水系の水利権は184万トン/日あるため、新たな導水路建設を行う必要はないという河村市長の主張は数字上の合理性があった。当時の東海3県の知事からは「3県1市で議論を長年積み上げてきたのに」と強い不満が表明されたが、導水路事業の整備費負担金を支払わないと名古屋市が通告したことで、導水路事業は事実上の凍結となった。

こうして14年近くが経過した2023年2月、河村市長は新たな用途の提案と共に導水路の建設を認める方針に舵を切ったのである。

2.名古屋市が提案した3つの新用途  -美味しい水源の確保、流域治水強化、堀川浄化-

この度、名古屋市が提案した3つの新用途を図表2にまとめてみた。第一は、利水面での新提案である。これは、名古屋市が取水できる取水量をそのままにした上で、取水方法を変える提案が含まれている点がポイントだ。計画時は導水路を木曽川に連絡させた後、名古屋市は犬山取水場から取水する計画であったため、あくまでも名古屋市は木曽川から取水することとなる。これに対し新たな提案では、導水路から犬山取水場に直接取水する設備(導水路のトンネルから取水場までをパイプラインで結ぶ等)を追加することで、木曽川を介さず揖斐川の水を直接取水することを想定している。これにより、木曽川と揖斐川の2系統の水を確保でき、揖斐川上流の良質な水源を確保できるとしている。また、2系統とすることでリスク分散が可能となり安全対策が強化できるとしている。

第二は、治水面での提案である。計画時は導水路により渇水対策が可能となり、木曽川と長良川の河川環境改善(水位低下による生物多様性の環境が失われることを回避する)ことが掲げられていた。新提案ではこれに加えて、線状降水帯等の発生によって猛烈な降雨が予想された際に、木曽川のダムが事前放流を積極的に行うことを許容しようとしている。そして、事前放流をした後に雨が思ったほど降らなかった場合には、揖斐川分の水を利用して木曽川の水位を回復させようとする考え方だ。これにより、事前放流の判断がしやすくなることが企図されている。

第三は、堀川の再生に利用する提案である。導水路から堀川へ恒久的な通水を行い、堀川の水質浄化に役立てようとするものだ。堀川は庄内川から取水して伊勢湾に流下する河川だが、庄内川と堀川の間には矢田川があるため、庄内川から取水した水を伏越(地下トンネルで通水)させて堀川に流している。木曽川から取水した水を堀川に恒久通水するためには、新たなルートを整備する必要があるが、用途としては新提案となる。

利水面と治水面の新提案は、計画時の導水路の活用意義に付加的な価値を持たせる考え方で、堀川再生は計画時にはなかった追加の利用方法だ。こうした3つの新用途の提案と共に導水路の建設を認める方針に転じたのは、徳山ダムの建設費と維持管理費を負担しているにもかかわらず、導水路がないために全く利用できない現状を鑑み、徳山ダムの水を利用する意義を生み出すしか道はないと河村市長が苦渋に判断したものと推察する。徳山ダムの水の利用意義を高めることで、追加費用の負担(導水路事業費+直接取水設備費)は生じるものの、徳山ダムの建設費と維持管理費を負担し続けている現状よりは相対的に改善するとの判断を筆者は理解できる。

3.進むか止めるか  -リニア後の国土と名古屋を考えて進め-

河村市長が就任直後から主張してきたように、現実は水余りの状況だ。そして、今後は名古屋市をはじめ東海3県の人口は減少することが見通されている。本来なら不要の公共事業と葬られても不思議はない。そのような状況の中で、徳山ダム関連費用を支払い続けながら利用できない状況よりは、建設的に利用方法を考えるべきだと筆者も考える。

名古屋市が提案した3つの新用途以外に新たな活用意義はないだろうか。筆者はリニア中央新幹線(以下、リニア)開業後の国土における名古屋の役割から考えたい。他稿でも繰り返し述べてきたように、「(DX+コロナ)×リニア」の時代は、東京一極集中是正の好機であって、東京に過度に依存する国土から転換を図っていくことが日本の発展に必要だと考えている。その際には、東京に集積している企業本社の一部を名古屋に移転させ、東京の高い立地コスト負担から解放して企業の経営環境を改善することが望ましい。東京の高コストから解放されれば、企業は利益を出しやすくなるし、従業員は時間的・空間的・経済的ゆとりを享受して高いQOLを実現できる。その副作用として出生率の向上も期待できよう。

そのような舞台として名古屋が機能するためには、名古屋は都心の再開発を進めて中枢業務機能の受け皿となるオフィスビルを供給しなくてはならないが、水の安心度の向上も重要だ。十分な水利権を持っているというだけではなく、2系統を持つことによるリダンダンシーの向上は望ましいし、上限を気にする必要のない利水権は名古屋活用への国土転換を推し進める上で好条件だ。また、治水力の向上はどれだけ高めても無駄とは言えまい。水にわずかでも気がかりな点があれば、重要な機能の立地先として嫌煙されかねない。名古屋が国土の発展のために、一役も二役も貢献していくためには、水の余裕を高め、治水の安全度を高めることは否定されないはずだ。

確かに費用負担は気になるところだが、一度は3県1市で合意した事業なのである。新たな水の活用意義を考え、それを共有して再び事業推進に転ずることを筆者は支持したい。但し、凍結から14年の歳月が流れた。この期間を総括することは必要だろう。名古屋市当局は14年を経て新提案することについて、十分な説明に時間を惜しまず理解を得るよう努めて頂きたい。

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