Vol.76  名古屋に望む10の取り組み (その1)  -戦略的都市経営の視点から-

「(DX+コロナ)×リニア=名古屋圏の時代」だと筆者は考えている。しかし、母都市である名古屋市が戦略的に取り組まなければ、この機会を活かしきれない。その基底には都市経営の視点が必要だ。都市経営の重要なポイントを明示するとともに、その視点に立って10の取り組みを提示したい。2030年代に開業するリニア中央新幹線がもたらす新たな国土においては、名古屋圏の貢献が日本の競争力を高めると銘じて示すものである。

1.戦略的都市経営の視点とは -トップラインを上げるための戦略を-

民間経営では、損益計算書の第一行目にあたる「売上」を増やすことを「トップラインを上げる」と言う。会社を発展させるためには売り上げを拡大させねば始まらないため、基本に立ち返って経営を考える時にはトップラインを上げる戦略を立てることが原則だ。地方自治体においては、行財政改革を累次にわたり取り組んできているが、これはコスト削減であるから、必要な事ではあるもののこれだけでは発展しない。従って、地方自治体においても、トップラインを上げる戦略を構築することが発展に向けて不可欠だ。つまり、税収を上げることを念頭に置いた計画的取組が必要だという事である。

名古屋市においても当てはまることで、市税の中核である①個人市民税と②固定資産税を増収させることを強く意識した戦略が必要だ。加えて、③交流消費の増進を図る事で市経済の拡大を企図することも重要だ。①は人口と直結するから、減少に転じた名古屋市の人口を再び増加に転じさせるための取り組みが求められる。②は市内の償却資産を増進させることを意味し、筆者は本社機能が入居できるオフィス機能の供給を都心の再開発によって実現していく必要があると考えている。また、人口が減少すると家計消費の消失によって市経済は縮小していくこととなるが、交流人口による消費が増えればこれを補うことができる。これが③の交流消費を増進させることの狙いだ。

一方、人口を増やすにしても、本社機能を増やすにしても、都市が具備する総合的な魅力が高まっていかなければ実現しない。現下の名古屋市の人口動向に灯るシグナルは、子育て世帯(30~40代)の流出であるから、安心して子育てできる環境を充実させていくことが重要課題だ。また、東京から企業の本社を受け入れていくためには、名古屋市が「憧れ」の対象となるような魅力を持つことが必要で、そうした都市ブランドを構築していくためにも多面的な取り組みをしなければならない。

こうしたことを踏まえ、筆者が名古屋市に望みたい10の取り組みを提示してみたい。名古屋市は今、次期総合計画の策定検討に着手したところである。長期的な戦略を構築する好機であるため、今般3回に分けて投稿する。

2.戦略的都市経営に向けた10の取り組み  -総合力の発揮が必要-

転入人口の獲得

名古屋市の人口は、2021年に25年ぶりに減少に転じたが、その主因は社会増の急激な縮小である。社会増が減った最大の原因は愛知県内市町村からの転入超過が急減したことだが、構造的な問題は30~40代の市外流出である。これらの子育て期の世帯は乳幼児を伴って流出しているから、名古屋市としては褌を締めなおして対策を講じる必要がある。

子育て世帯が流出する原因の一つには、「小1の壁」があげられよう。18時以降の小学生を預ける場としてはトワイライトルームと学童保育があるが、名古屋市にはこのどちらもない学区がまだ相当に残っている。こうした学区では両親が安心して共働きするための預け先の選択肢がない。全学区でトワイライトルームと学童保育の両方が選択できる状態を目指して早急に取り組まねば、子供が保育園を卒園すると同時に転居を考えざるを得ず、そうした際に名古屋市外を居住地選択しているケースが発生しているものと考えらえる。

また、市南部エリア(港区、南区、中川区)の人口減少は著しいため、衰退の懸念がある。名東区や緑区といった良好な戸建てエリアでも人口は減少している。全市域にわたって居住環境の高質化に向けた総点検と対策が必要だ。

一方、30~40代の転入を新たに獲得していく必要があるが、これには次に述べる業務中枢機能の集積強化が効果的であると考えている。

業務中枢機能の集積強化

筆者は「(DX+コロナ)×リニア=名古屋圏の時代」だと繰り返し発信しているが、その中核的意図は、東京に集中する業務中枢機能(民間企業の本社機能、外資系企業のアジアHQ、中央官庁機能等)を名古屋で受け入れていくべきことにある(vol.57、69、73等ご参照)。しかし、現状では本社機能や中央官庁機能等を受け入れるオフィス供給が名古屋市内で枯渇している。今後竣工が公表されている大型ビルは中日ビル、錦三丁目25番街区などがあるが、こうしたビルの入居者は早晩決定していくだろう。その先にある大型ビルの計画は名鉄本社ビルの建て替えなどに限定されている。名古屋は東京一極集中是正の受け皿として好条件を有しているのだが、現状のままでは業務中枢機能を受け入れるオフィスビルがないのが実情なのだ。

そのため、今後は新たな都心を形成するための再開発を行う必要がある。候補地としては、名駅西口地区、金山北口地区・南口地区、熱田地区、三の丸地区などが上げられよう。こうした地区に名古屋市有地はないから、民間開発に委ねる必要があるが、現状の街区や土地利用を大胆に変更する再開発の計画を誘導・支援する政策を打ち出していくことが不可欠だ。  都市にとって新陳代謝は成長の生命線だ。行政主導の新陳代謝が名古屋市の歴史にはあまりない(戦災復興特別区画整理事業、デザイン博覧会時の各種開発に限られる)が、様々な先例に習い、英知を絞って民間再開発を促す方策を練り上げてほしい。

そして、業務中枢機能の集積が進めば、これによって30~40代の人口の転入を誘発していくだろう。オフィスビルの供給は償却資産を増進していく意味でトップラインを上げる重要な役割を果たすが、同時に人口増加にも繋がっていくので重点を置いてほしい。

交流人口獲得と滞留増進

筆者がMURCに在籍していた当時の検討では、愛知県は2040年にはリニア開業の効果によって交流人口が現状比2,000万人/年増加し、これによる地域消費額は約3,180億円/年増加するとの試算を得た。一方で、2040年までに愛知県の人口は41万人減少し、これによって家計は4,000億円/年消失する見通しだ。つまり、両者を比べると少し負け越すわけで、愛知県経済は約820億円/年縮小することになる。但し、負け越しは大きくないから、交流消費がもう少し大きくなれば、人口減少による県経済の縮退をカバーすることが可能と見込まれる。

相似形のことが名古屋市にも当てはまるから、名古屋市は交流消費を増やすべく、交流人口の滞留を増進していく取り組みをしなくてはならない。そのためには、宿泊機能の強化(量と質の強化)が不可欠だから、栄におけるコンラッドホテルの進出をはじめ、中日ビルの建て替えに伴うロイヤルパークホテルの進出、キャッスルホテルの建て替えなどは、極めて歓迎すべき好材料だ。しかし、業務中枢機能を受け入れていくことを考えるとまだ不十分で、更なる宿泊機能強化を進めるためには、先に述べた新たな都心再開発に伴うホテル誘致が必要だ。

同時に、滞留する目的を創出していかねばならない。このためには、MICE機能の強化によるイベント集積を促進していくことが重要だ。名古屋市が整備を推進している金城ふ頭地区における展示場施設の建て替え・建て増しや、白鳥地区の国際会議場のリニュアルによって施設は強化されていくから、国際的なイベントの招致を民間事業者のノウハウをフル活用して実現していかねばならない。

加えて、芸術・文化に係る拠点機能の充実と発信力の向上にも取り組みが必要だ。そのためには名古屋市美術館・博物館の機能強化も考えねばなるまい。また、国立博物館等を誘致する取り組みがあってもよいだろう。その際、名古屋市は2022年度に名古屋版アーツカウンシルを創設したので、この仕組みを最大限に生かしてハード・ソフト一体的な文化発信機能の強化を進めていってほしいと願う。加えて、スポーツ拠点についても更なる強化が必要と感じる。瑞穂陸上競技場が改築されて刷新されるが、サッカー専用スタジアムや拠点的アリーナなど、プロスポーツと一体となったスポーツ拠点整備の余地はまだ残っていると感じられるので、是非積極的な検討を期待したい。

(vol.77「その2」に続きます)

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