Vol.65  船上から見る中川運河 (視察記)   -静かな水面を都市空間にどう活かすか-

中川運河を視察する機会を得た。中川運河は物流インフラとして昭和7年に全線供用を開始し、往時は艀(はしけ)の往来などで喧しかった。しかし、今は物流運河としての役割を終え、小型タンカーが1日1便運航しているのみとなっている。船上から見た中川運河の今をご紹介しながら、現代の名古屋の都市空間でどのように活かすかを一考してみたい。

1.中川運河の概要  -物流インフラとしての役割を終えた産業遺構-

中川運河は、全長約8km、幅員90m、水深約3mの人造運河で、名古屋市南部における工業振興を促すための物流インフラとして大正15年に着工し、昭和7年に全線の供用を開始した(vol.44ご参照)。昭和初期には、名古屋港に入港した貨物船から荷を受けた多くの艀(はしけ)や小型貨物船舶等が往来した。両護岸に接する幅員約36mの用地は「沿岸用地」と呼ばれ、水運と内陸の製造業を繋ぐ物流用地として名古屋市が昭和初期に企業を誘致し、多くの倉庫が立ち並んだ。最奥部は笹島操車場(現、ささしまライブ21)の堀止で、当時の国鉄の貨物輸送と連絡した。また、東支川は松重閘門で堀川とも連絡されていた(1976年に閉鎖。松重閘門は市指定有形文化財として保存。松重ポンプ場は稼働中)。

現在は、物流インフラとしての役割を終え、静かな水面を湛えて佇むその姿は、運河全体が産業遺構のように映る。

2.閘門式運河   -中川運河は名古屋港の水面よりも低い!-

名古屋港ガーデンふ頭のポートビル付近の桟橋から名古屋港管理組合の船舶に乗船し、中川運河を目指した。視察当日はガーデンふ頭に内航客船「にっぽん丸」が着岸していた。中川運河の水面は、名古屋港の水面よりも低いため、船舶は中川口閘門内の通船門の中で水位調整を経て航行する。閘門式(こうもんしき)運河と呼ばれ、パナマ運河と同じ方式を採用している。

通船門の幅員は約10mであるため、航行可能な船舶の幅員は7mまでとされている。また、中川運河の上を渡る道路橋等は水面に比較的近いから船舶は高さ制限も受ける。こうしたことから、中川運河を航行できる船舶は小型船に限られることとなる。下記では、最下流部から上流に向かって視察した様子をご紹介したい。

3.静かな水面を湛える中川運河   -自然流下も潮の干満もない独特の穏やかさ-

通船門で水位調整を受けた後、中川運河に入るとほどなく中川口緑地が見える。このあたりは、昭和初期に多くの艀(はしけ)が係留されていた区域で、当時は艀に住む人々の居留地として認定されていたという。今は艀の姿は無く、緑地として整然と整備されている。

中川口緑地の上流側には、名古屋港漕艇センターがある。レガッタ競技用のボートを格納できる施設で、旭丘高校をはじめとする学生ボート部の練習拠点となっている。中川運河は自然流下しないから流れがほとんどなく、閘門によって潮の干満も受けないから、その水面はいたって穏やかだ。このため、レガッタ競技の練習場としてうってつけとなっている。

4.二つの船着場   -みなとアクルスとキャナルリゾート-

中川運河には水上バス「クルーズ名古屋」が、ささしまライブ21~ガーデンふ頭~金城ふ頭間で運航しており、このクルーズ名古屋が停留する船着場が中川運河には2つある。その一つが東邦ガスによる都市開発「みなとアクルス」の船着場だ。みなとアクルスは、東邦ガスのガス精製工場跡地を利用した都市開発で、その第一期として「ららぽーと」を核とする商業施設が開業しており、今後は第二期として住宅開発が計画されている。みなとアクルスは、この船着き場によってささしまライブ21からの水上アクセスを有していることになる。

もう一つの船着き場は、みなとアクルスから1.5kmほど上流側に立地しているキャナルリゾートだ。天然温泉の温浴施設として人気があり、ここにも船着場が整備されている。

5.倉庫と護岸   -中川運河の原風景-

中川運河の沿岸用地は、昭和初期に物流用地として企業が誘致されたため倉庫業の利用が多かったが、中川運河が物流インフラとしての役割を終えた以降は、産業用地としての利用は低下している。そうした中、今も残る倉庫群は往時の中川運河の原風景を伝えている。

代表的な景観がクレーンと三角屋根だ。倉庫から突き出たクレーンは、艀(はしけ)等から荷を上げ下げする風景を偲ばせる。また、三角屋根は当時の倉庫の代表的な造りで、中川運河の典型的な景観として保全すべきだとの動きもある。こうした声に応え、岡谷鋼機の倉庫は老朽化に伴って改修した際、当時の姿を再現した。この倉庫は、中川運河のランドマークの一つとなっている。

また、中川運河が建設された当時から残る護岸が石積み護岸だ。大正時代の工法が偲ばれるのだが老朽化が著しいため、名古屋港管理組合が改修を進めている。改修の際には、護岸を前出ししてコンクリート製の護岸に変更している。残された石積み護岸は数カ所となっており、いずれは姿を消すこととなる。

6.新たな賑わい機能   -珈琲元年、バーミキュラビレッジ-

物流用地としての用途を終えた事業者の中には、土地を返還する事業者もある。名古屋港管理組合では返還された空地を、賑わい創出を目的に新たな事業者に貸し付ける取り組みを行っている。その一環で出現した代表的な賑わい機能が珈琲元年とバーミキュラビレッジだ。

珈琲元年はコーヒー豆の焙煎・卸を専業としていた富士珈琲が、初の直営店舗として出店したカフェだ。近隣に潜むカフェ需要に応えて開業したところ、平日でも連日の賑わいを見せている。中川運河に接する法面に花を植栽するなどして、水辺からの景観にも配慮した取り組みも相まって、中川運河の新しい姿(憩いの空間)を感じさせている。

バーミキュラビレッジは、愛知ドビーが整備したバーミキュラの体験型複合施設で、レストラン棟とショップ棟の2棟を2019年に開業した。愛知ドビーは鋳造部品の製造などを本業としていたが、業績悪化を機に自社の技術を活用して鋳物ホーロー鍋を開発して売り出したことが国内外で評判となった事は広く知られている。レストラン棟ではバーミキュラを使用した料理やパンなどを提供し、ショップ棟ではバーミキュラ商品を販売するとともに工房も設置している。中川区発祥の世界的中小企業の発信拠点として、新たな賑わい創出にも貢献している。

7.堀止とプロムナード   -水と緑が織りなす環境要素-

中川運河の最奥部が堀止で、旧国鉄操車場跡地を再開発したささしまライブ21に接している。往時は名古屋港から上ってきた艀や貨物船舶が、ここに集結して貨物鉄道と荷をリレーした。今はささしまライブ21側からの親水空間となって同地区の特徴的な景観をなすとともに、クルーズ名古屋の乗船場もあって名古屋港への玄関口ともなっている。

この堀止を囲むようにプロムナード(遊歩道)が整備され、堀止緑地とともに憩いの空間を創出している。水辺と緑道が織りなす空間は、市民が中川運河と触れ合いながら憩うとともに、大都市空間に環境要素を提供し、名古屋の都市空間における貴重な構成要素となっているように思える。このプロムナードは、堀止の周囲から下流方面に延伸整備していくことが検討されている。

また、堀止から南に下った地点から東支川が分岐しており、松重閘門で堀川と接続していた。今は松重閘門は閉鎖されて水路としては連絡していないが、往時は堀川の水運とも連絡していたのである。東支川との分岐地点には名古屋市上下水道局露橋水処理センターがあり、高度処理された処理水の放流によって中川運河の水質浄化に貢献している。

8.現代的な役割一考   -水と緑のベルトとして考えたい-

視察を終えて、中川運河の現代的な役割はどうあるべきかに思いを馳せた。断定的な結論を得ている訳ではないが、中川運河は名古屋の都市空間における環境要素としての適性が高く、水辺空間(=池)として位置付けた上で活用することが望ましいように思われる(vol.44ご参照)。この割り切りが沿岸用地の土地利用を方向付ける。少なくとも運河が物流インフラではなくなったのだから、沿岸用地を物流用地として使い続ける事にもはや合理性はない。始まりは物流用地として企業を誘致したのではあるが、時代とともにその役割を終えた以上、都市空間の中では水辺空間として市民に開放されるべきだと思う。

そのためには、沿岸用地の事業者に返還を促す当局からの呼びかけが必要だろう。返還されてまとまった沿岸用地を緑地として整備し、その中に賑わい機能を配置していくことがふさわしいように思われる。少なくとも、賑わいゾーンとして位置付けられている上流部(堀止~長良橋)については政策的に返還の呼びかけをしないと、賑わい創出に向けた大きな動きにはつながるまい。沿岸用地の返還を求めて緑地とすれば、「36m幅員の緑地+90m幅員の運河+36m幅員の緑地」という巨大な水と緑のベルトが出来る。沿岸用地を緑地として活用すべく当局が呼びかけるためには、運河の位置づけを変更しなければならないだろう。

この緑地を、港湾緑地として位置付けるか、都市公園として位置付けるかは選択の余地があろうが、水辺空間に乏しい名古屋の都市空間にあって中川運河は貴重であるから、環境ファクターとして大胆に取り込むことが、現代的な活用方法としてふさわしいと筆者は思うのだがいかがだろうか。

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