Vol.72  老朽化した市営住宅を地域魅力向上のトリガーに   -地域が欲しいものを埋め込む好機-

全国の地方自治体が整備している公営住宅の中には老朽化に直面しているものが多い。とりわけ、市町村営住宅には老朽化が著しいものが含まれる。高度成長期に急いで整備された市町村営住宅では、簡易平屋建てが多用され、築50年以上を経過したその外観は、時代が倒錯したように映る。このような老朽化した市営住宅は、都市の中では課題視されることが多いのだが、その建て替え事業は簡単には進まない。しかし、やり方次第では地域の魅力を向上させる契機ともなり得る。老朽公営住宅の活用の視点を考えてみたい。

1.老朽化した市町村営住宅の建て替え問題  -町の中で問題視されながら残るのはなぜ?-

高度成長期の頃(1960年代~70年代)、勤労者のための住宅供給は国家的な課題であった。大都市では「団地」と呼ばれる集合住宅があちこちで建設され、平均的なサラリーマン家族の城となった。一方、地方都市では集合住宅ほどの高密な供給は必要がなかったため、簡易平屋建ての公営住宅が整備された。小規模な戸建て式平屋家屋で、各都市の中心部の外側に配置されることが多かった。建築家の間では「かんぴら住宅」と呼ばれ、設計と建設は比較的容易だから全国の中小都市の公営住宅の定番として整備されたのである。

現在も残る簡易平屋住宅は、築50年を越えているものが多い。一見して古びた外観は、みすぼらしい佇まいになっている。周囲で宅地化が進み、マンション建設などが進む中にあっては取り残されたような空間にも見える。公共下水道が接続していないものも少なくない。まちづくりとしては更新したい機能なのだが遅々として進まないことも多い。

その理由の一つには、老朽化した公営住宅に入居している人の多くが高齢者で独居世帯であることがあげられる。年金生活者であり、居住年数も長くて「最後までこの家に住みたい」と願う人が多い。入居者がいる上で建て替えるには転居が必要となるのだが、引越しをする気力・体力・経済力に乏しい人も多い。また、新しく建て替わった公営住宅に戻り入居することはできるのだが、この場合は家賃が上がるから入居者にとっての負担は重い。

公営住宅には県営住宅、住宅供給公社住宅などがあるが、市町村営住宅は最後のセーフティネットとしての性格が強い。このため、入居者には弱者が多いから、転居を強要して建て替えを強引に進めることはできない。また、民間の住宅供給が豊富な時代になったから、民間賃貸住宅に選択肢は多く、公営住宅需要は減少傾向にある。この傾向が、予算措置としての優先性を低め、長期化する事も少なくない。

しかし、居住環境を改善し、防災機能を強め、都市空間のクオリティを高めていくためには放置できない問題でもある。問題視される老朽化した公営住宅を、地域に貢献する都市空間として活用する意識も必要だ。

2.導入例が増えている公営住宅建て替え民活事業   -財政負担の縮減と新たな機能導入-

市町村営住宅を含む公営住宅の建て替え整備にあたってもPFI事業等の民活手法の導入例が増加している。但し、公営住宅法で「家賃徴収は民間に委託してはならない」と定められているため、PFI事業としての建付けはBT(Build & Transfer:建設後、市町村に譲渡。市町村は割賦払いにて買い取り)となり、維持管理運営は組み込まれない。PFI事業としては極めてシンプルな建付けとなるのだが、そうした場合でもいくつかの参考となる事例があるので、筆者の経験の中から民活事業を二つご紹介したい。

一つ目は、H16年度に実施された四日市市日永地区にある大瀬古新町市営住宅の建て替えPFI事業だ。簡易平屋住宅群が連担した老朽市営住宅で、その存在が住宅市街地としてのイメージに負の影響を与えていた。このため、市としては建て替えを契機に良好な住宅市街地の形成を図りたいと願っていた。そこで、新棟を集合住宅とすることで敷地面積は半分以下で済むから、残余の土地で公園整備を行うとともに、さらなる残余地を民間住宅デベロッパーに売り払って戸建て住宅として事業化する事を事業者に義務付けることとした。但し、事業者の参入障壁を緩和するため、PFI事業契約と土地の売り払い契約は別建てとして、事業主体を分離することを認めた。戸建て分譲事業のリスクが大きいと判断され、建て替え事業を希望する企業が倦厭すると想定したからだ。

市営住宅の建て替え事業自体はBT方式であるが、民間に売り払う土地売却代金を新棟の建設費(買い取り代金)に充当することができるため、建て替え整備に必要となる市の財源は実質的に不要となった。建て替え事業と土地の売り払いをセットにするスキームは、容積率を低度利用していた公営住宅の場合に有効であり、その後、各地で類似スキームの建て替え事業に導入された。また、戸建て分譲事業を求めることで、市営住宅と戸建て住宅が共存する良好な住宅市街地となり、市が認識していた課題克服に貢献している。

二つ目に、愛知県住宅供給公社の砂田橋住宅(愛知県名古屋市東区)の建て替え整備事業をご紹介する。これはPFI事業ではないが、建て替えにあたって居住機能以外の附帯機能の導入に注力した事例である。比較的敷地規模の大きな砂田橋住宅は、容積率をフル活用することで附帯機能を導入できる土地と床を捻出することが可能と見込まれた。そこで、地域が欲しいと願っているものをビルドインすることを考えて検討した結果、スーパーとクリニックを地域が求めていることが分かった。住宅が密集するエリアでありながら、商業機能と医療機能は足りていなかったのである。

整備計画上、空間的に収まりが良いことも分かったので、事業者募集をしたところ、大手スーパーと県内の民間医療機関の入居が決まった。砂田橋住宅の入居者は勿論のこと、近隣住民にとっても利便施設として日常的に利用され、地域に根差した施設となっている。

3.老朽市営住宅を地域魅力向上のトリガーに   -地域が欲しいものを贈る拠点に-

上記の二つの事例は、公営住宅の建て替えにあたって新たな機能を導入した点で共通している。大瀬古新町では戸建て住宅を導入し、砂田橋ではスーパーとクリニックを導入した。そのことで、地域が抱えていた課題をクリアすることに貢献している。このように、老朽化した公営住宅の建て替えにあたり、地域が欲しいと願っている機能を導入する受け皿となれば、公営住宅は地域に貢献する都市空間となる。

公営住宅が立地している地域は、都市の中心部の外側にあって近隣に住宅市街地が展開している場合が多い。そうした地域では、先に見た戸建て住宅、商業施設、医療施設のほかにも、保育園等の子育て支援施設や高齢者福祉施設などの需要もあろうし、宅配をしてくれるようなレストランなども喜ばれよう。温浴施設やトレーニング施設といった需要もあるかもしれない。公営住宅の敷地は、当然にして公共用地であるが、地域課題を解決するための民間施設を同居させることは十分に可能だから、単なる建て替えではなく、地域に喜ばれる施設の誘致拠点として活用し、建て替え事業そのものの価値を向上させることを考えたい。

民間施設を誘致する際に、定期借地・定期借家方式とするか、余剰地の売り払いとするかは、事業の置かれている状況次第でアレンジすればよい。さすれば公営住宅建て替え事業は地味な事業ではありながら、入居者や近隣住民に笑顔をもたらす事業になり得よう。建築担当部局の知恵の出しどころなので、鋭意事例研究をして頂きたい。

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