Vol.89  「名古屋は舐められている」と感じた瞬間  -JPC2022を踏まえた議論で分かったこと-

森記念財団がまとめている都市特性評価(Japan Power Cities 2022)が公表され、このデータを基に「都市の魅力」シンポジウムが名古屋で開催された(2022.9.28)。これに登壇した筆者は、リニア時代の名古屋を展望した時にJPC2022がどのように良化し得るかをお話しした(vol.87御参照)。その後、登壇者によるディスカッションも行われたが、果たして名古屋を盛り上げる議論になったのだろうか。この議論を通して筆者が実感したことは、「名古屋は舐められている」ということだった。

1.筆者が展望したJPC2030  -必然的に上がる指標と、努力してあげるべき指標-

JPC2022の都市特性評価によると、1位は大阪市で名古屋市は5位だ(vol.87御参照)だ。この結果は、数年来変わっておらず、現状の都市力が実力通りに評価された結果だと思う。名古屋のスコアを見ると、環境分野で「自然環境」のスコアが低く、生活・居住分野では「安全・安心」のスコアが低い。「自然環境」のスコアが低いのは緑地率と水辺環境が不十分であることが原因だ。「安全・安心」は、交通事故件数の多さが足を引っ張っている。また、文化・交流分野では「ハード資源」、「ソフト資源」、「発信実績」でスコアが低い。第二次世界大戦時の空襲で多くの歴史的資源を焼失した名古屋にとっては手厳しいスコアだが、加えて祭りなどのソフト資源も不十分とされ、発信力が弱いという点では、日頃から指摘されている事項で納得できる。

これを踏まえ、リニア中央新幹線(以下、リニア)が開業した時にJPCのデータにどのような変化が生じるかを筆者は提示した(図表1)。青く表示した2つの事項は必然的に良化する項目である。一つ目は「都市外アクセス」で、リニア開業により品川まで40分の立地となれば首都圏へのアクセスは格段に良くなるから、間違いなくこの項目は良化する。二つ目は「交流実績」だ。筆者がMURC時代に試算した結果では、リニア開業により現状比2,000万人/年の交流人口の増加が見込まれた。名古屋へのアクセス性が良くなることで交流人口が増加することは間違いないから、この点も必然的に良化するとした。

次に、リニア開業後の立地条件を活かして、名古屋が戦略的に努力することで良化できる事項を赤で図示した。筆者は、東京に依存しなければ発展できない日本の国土を憂い、東京に依存しなくても国際競争力を保持できる国土に転換することがリニア開業の最大の意義だと考えている。そのためには、名古屋が本社機能立地の受け皿とならねばならない。リニア開業後の名古屋は、アクセス時間が東京都内と遜色ない立地となり、オフィスコストは東京都心3区よりも安いから、経済合理性の高い立地条件を満たすこととなる。しかし、現状では企業が東京本社を名古屋に移したいと考えても、入居できるオフィスビルは名古屋には無いのだ。従って、名古屋が努めて事に当たらねばならないのは再開発だ。名駅西口地区、三の丸地区、金山地区などに焦点を当てて大胆な再開発を促し、オフィスビルの供給を増やしていかねば実現しない。再開発に際しては、ホテルや商業施設の入居も取り組まれることになろうから、これらが実現した場合には経済・ビジネス分野における「経済活動」、「雇用・人材」、「人材の多様性」、文化・交流分野の「受入環境」の各項目が良化すると提示した。

一方、リニア開業とは直接に関係はないものの、名古屋市内の堀川、新堀川、中川運河は貴重な水辺であるにもかかわらず十分に活用されていないため、水質の良化と親水空間の整備などに取り組まねばならない。中でも、筆者は中川運河を沿岸用地とセットで環境資源として取り込むことが有効だと考えている(vol.44、vol.65御参照)。

これらは名古屋側の努力により取り組まれるべき事項であり、確かに「タラレバ」ではあるものの、名古屋市が持つ資質を活かして国土の発展に貢献するためには、真剣に取り組まねばならない事項だと筆者は考えている。そして、「(DX+コロナ)×リニア」の時代には、名古屋に本社を誘致することは、現実的な戦略であるとも考えている(vol.73御参照)。

2.名古屋に「本社を誘致できるか」という論点  -名古屋は舐められている!-

これに対し、共に登壇した有識者達からは、総じて懐疑的な意見が発せられた。大きく集約すれば2つの観点から否定的な主張がなされたのである。

第一は、「東京に依存することはメリットが大きく敢えて変える必要はない」という主張であった。コロナ禍によって顕在化した東京脱出の動きは今後収斂し、その後は再び都内回帰するだろうという見通しとともに、東京都内では雨後の筍のごとく新しいビルが開発されており立地選択が多用であるから、東京の中での機能配置の転換はあるとしても本社機能が東京の外に転出する動きは実現しないだろうという主張であった。しかし、この主張にはリニア開業後の国土のあり方についての展望がない。東京に立地することで高いコストを強いられながら経営する日本企業は、国際競争の中でハンデキャップを背負っている。名古屋に立地すれば、オフィス家賃という重いコストから解放されるから利益を出しやすい経営環境を手中にすることができる。日本の国土を、リニア開業によって多様な立地選択が可能な国土に仕向けて行くことが、日本の国際競争力を再び上げることに繋がるはずだ。従って、自然体に任せるのではなく、政策的にこれを進める国土観がなければならない。リニア開業後の国土を展望せず「名古屋より東京の方が良いに決まっている」という主張には、日本の競争力強化の視点が感じられない。

第二は、「名古屋には戦略がない」から実現しないという主張であった。この識者曰く、これまでの名古屋は、まちづくりにおいて旗幟鮮明な戦略が描けておらず、政策的成功実績がないと指摘した。仮に、ここまでは甘受したとしても、それを論拠に今後を否定するのはいささか敵前逃亡的だ。今後いかなる戦略を持つべきかについて示唆を与えるのが公開で議論するシンポジウムの意義ではなかろうか。現状批判に徹することは一般的に容易であるが、為すべき道を示すことが研究者、有識者の務めだと思う。過去と現状だけを語るだけでは片手落ちだ。

こうした二つの主張の底流に共通して感じることは、具体的な発言はなかったものの、「名古屋にできる訳がない」というレッテルが貼られていたように思えて残念であった。要するに「名古屋は舐められている」のだ。そして更に気づくことは、このシンポジウムに登壇した二人の識者がそうであったように、名古屋市の内外には悲観的な前提で将来の名古屋を展望している人が、潜在的に多いという事を認識して事に当たらねばならないという事だ。

3.改めて熱望する「再開発」への願い  -「名古屋2.0」への脱皮を-

ここは奮起が必要だ。特に、これまで名古屋が成して来なかった再開発を、積極的かつ大胆に実現していかなければ、「名古屋なんて」と決めつけている人々の得心顔を助長する事になるだろう。そして何よりも問題なことは、日本の経済社会の発展機会を逸してしまう。

名古屋市行政職員の皆さんに呼び掛けたい。日本の国土において名古屋が果たすべき使命を意識しようではないか。そして、名古屋都心における再開発を推進しようではないか。筆者は名古屋市職員には良識があり、有能であることを長年のお付き合いからよく知っている。しかし、東京や横浜、福岡などで賞賛されているような都市の鼓動を感じる斬新で画期的な取り組みの創出について、風土として馴染んで来なかった歴史も垣間見て来た。しかし、ここからは「名古屋2.0」になろうではないか。

再開発をしようと言っても、都心に名古屋市の市有地は存在しない。従って、行政主導による法定再開発を望むべくもなく、民間主導の再開発を促すしか手はない。そのため、都市再生緊急整備地域の指定区域を増やすほか、新たに国家戦略特区の認定を受けるなど、規制緩和や制度的支援を積極的に講じることが不可欠だ。

加えて、デベロッパーとの対話を重ねる事も促したい。現状の土地利用や地権者分布を知る事はできても、デベロッパーのビジネス意欲を知らねば効果的な対策を講ずることは難しい。座して考えているだけでは前に進まないので、胸襟を開いて民間企業と対話を重ねてもらいたい。

特に、こうした取り組みの中では、税の減免について既存制度と名古屋市独自の特例を重ねるなどして対策を講じることをご検討願いたい。東京でも名古屋でも建設費はさほど変わらないが、賃料収入は大きく異なるため、不動産投資資金は高い投資利回りが期待できる東京に集まり、名古屋には集まり難いという現実がある。これを打破していくためには、税引き後の利益率を上げるために不動産関連税の減免を措置することが一考に値するはずだ。

都市計画と税制の両面から都心の再開発を促す仕掛けを施すことにより、名古屋の新陳代謝を加速させ、大きな街区の開発を促し、オフィス機能と宿泊機能等の受け皿の供給を企図した戦略を構築していくことが望ましい。是非、この事にアクセルを踏み込んだ姿勢で取り組んでいただきたい。但し、リニアが開業しなければ名古屋の立地条件は変わらない。従って、リニアの開通見通しを読み込みながら、再開発を促すべき地区の優先順位を考慮したロードマップを作成していくことが肝要であることも付記しておきたい。あせらず、しかし着実に、戦略的な姿勢で「名古屋2.0」を目指したいものだ。

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