Vol.131 世界で鮮明化する社会資本整備戦略  -社会資本整備は国家戦略を映し出す鏡-

欧米やアジアでは、各々の国情を踏まえた社会資本整備を戦略的に進めている。日本では「失われた30年」と言われるほど経済の低迷が続く中で、社会資本の整備戦略を感じる機会は少なくなった。しかし、国家間の国際競争は激しさを増している。社会資本整備は国家戦略を映し出す鏡だ。社会資本整備戦略が不透明な日本に国際競争力が備わるとは思えない。有効な戦略を打ち出す道はあるか。

1.欧米の社会資本戦略  -米国は「効率主義」、欧州は「公平性」と「環境共生」-

日本は道路特定財源を2009(H21)年度に廃止して一般財源化したが、米国をはじめとして道路特定財源を堅持・強化している国は多い。

特に、米国は歴代大統領が民主党と共和党で交代を繰り返しながらも道路特定財源を強化し続けている。それは、国内の物流と人流を支えるインフラを飛行機依存から道路へと転換を進めているからだ。1980年代までの米国は、飛行機をバスのように使う国であったが、航空機燃料を確保する事の困難性が高まり、道路交通にシフトする道を選んだのだ。米国内でシェールガスの産出が可能となって以降も、この姿勢を変えていない。

但し、米国が強化するハイウェイ整備は、大都市間に重点を置いている。地方都市をハイウェイでネットワーク化することよりも、大都市間あるいは大都市圏内の拠点都市間ネットワークを重視して集中的に投資している。それは、効率性を重視しているからだ。道路整備による効果は、経済集積が高い大都市を核としたネットワークを構築する事で効果が大きくなるため、地方都市間のネットワーク整備との間には明らかな優先順位差を設けている。地域間格差是正という「公平性」よりも、投資効果を追求した「効率性」を重んじるのが米国流だ。効率性を重視して国内物流の生産性を高めることで、米国の国際競争力を保持する戦略が見て取れる。道路特定財源はこのために重要な財源確保策となっているのだ。

一方、欧州ではEUという国家連合が構築(1993年)されて久しく、EU圏内を横断する交通網はTEN-T(Trans European Network-Transportation)と呼ばれるプロジェクトで推進されている(図表1)。ここでは米国とは全く異なる戦略が垣間見える。

TEN-Tでは、高速交通網の整備計画において、島嶼部や半島地域(ギリシャ、スカンジナビア、イベリア半島等のエリア)では高速道路網を重点的に強化し(図中では緑線)、経済集積のある中央エリア(独、仏、伊、蘭等)では高速鉄道(図中では赤線)の相互直通に力点を置いて整備をしてきた。つまり、縁辺地を高速交通網に接続するためには高速道路整備の方が即効性と経済性(投資負荷が小さい)で優位であり、経済集積地帯においては高速鉄道(新幹線)を各国で開発して相互直通させることを経済効果と環境負荷の低減という観点で優先していると見て取れる。

つまり、EUが打ち出している戦略は、「地域間格差是正」(公平性)と「環境共生」を重視した国土を形成することで、EU全体の国際競争力を高めようという戦略だ。

このように、先進国の中でも米国と欧州では、大きな違いがあるが(効率性と公平性は全く趣が異なる)、各々に国際競争を意識した戦略に基づき、社会資本整備を進めている。

2.アジア諸国の社会資本戦略   -「メガインフラ」+「経済特区」のセット戦略-

次に、アジア諸国ではどうか。こちらも戦略が鮮明で、キーワードは「メガインフラ」と「経済特区」だ。

図表2は東アジアの空港整備状況を示している。中国、韓国、マレーシア、シンガポールなどでは、各国の拠点空港において3本以上の4,000m級滑走路がいずれも整備されている(一部、工事中)。日本の国債拠点空港の滑走路は、成田国際空港が4,000m×1本と2,500m×1本、中部国際空港が3,500m×1本、関西国際空港が3,500m×1本と4,000m×1本だから、規模と処理能力において日本は明らかに劣後している。

また、図表3では国際港湾のコンテナ取扱量を東アジア諸国について比較したものだ。上海港、釜山港、香港港、シンガポール港では1,000万~2,000万TEUのコンテナを取り扱う巨大港湾が整備されて稼働しているのに対し、日本の港湾では最も多い東京湾港で580万TEUであり、日本最大の輸出拠点港である名古屋港で207万TEUであるから、アジア諸国の拠点港湾との間には桁違いの処理能力差があることが分かる。

そして、アジア諸国では巨大な空港・港湾の整備とセットにしているものがあり、それが経済特区だ。図表4は上海から75kmに位置する臨港産業区(総面積約300平方キロ)の例だ。東海大橋の32km先の洋上には洋山深水港があり、2,500万TEUの処理能力を有する巨大コンテナ港湾となっている。東海大橋の臨港産業区側には「物流園区」と呼ばれる物流団地(図中では黄色の楕円)があり、ここが経済特区となっていて関税等の優遇措置が講じられている。国際仕入れ、水平加工貿易、三国間貿易、国際配送などにおいて優遇された制度としており、全世界から中国市場に参入したい企業を受け入れている。このような巨大インフラと経済特区をセットにしている例は、アジア諸国では枚挙にいとまがない。

このように、アジアの国々ではメガインフラとも言える巨大な空港・港湾を整備するとともに、経済特区をセットにして他国からヒト・モノ・カネをトロール漁業の如くに集め取り、国家経済の繁栄に結びつけようとする戦略が鮮明化している。

3.日本が打ち出すべき戦略は何か  -高コストな国土構造を打破する戦略が必要-

さて、日本では1972年に「日本列島改造論」の名のもと、全国を高速道路、新幹線などの高速交通網で結ぶ社会資本戦略が打ち出された。同改造論では、高速交通網を整備すると同時に地方に工業団地の整備を促進する事を掲げ、大都市から地方にヒトとカネの流れを作ることが企図された。アジア諸国が行っている戦略の原型がここにあったようにも映る。

しかし、オイルショックによって高度経済成長は終焉し、その後の調整期におけるバブル経済に乗ってヒトとカネは再び大都市に集中する流れが定着してしまった。そして、バブル崩壊後は低成長期となって今日に至っている。地方への高速交通網の整備は進展したが、地方の疲弊は深刻化を続け、大都市圏では過密問題が構造化したのである。

国土計画では、1962年に策定された全国総合開発計画から現在の国土形成計画に至るまで、一貫して東京一極集中を国土の課題として位置づけているが、これを克服する事は成し得てこなかった。東京に強く依存する国土を是正する事は実現性が乏しいとの判断からか、東京一極集中是正と共に掲げられてきた「均衡ある国土の発展」というスローガンはいつの間にか聞かれなくなってしまった。

国土計画が地方回帰に有効な打ち手を出せないと見るや、国は地方創生総合戦略を打ち出すとともに、地方版総合戦略の策定を自治体に義務づけた。同時に、地方創生加速化交付金など地方への予算強化を打ち出したが、地方行政はこれに新たな苦労を強いられている。それは、交付金と引き換えにKPIによって数値目標の設定と進捗状況報告が求められているからだ。一見合理的だが、統計データは1年後2年後に公表されるから進捗評価はしにくいし、交付金を投じたから短期的に成果が上がるという状態に地方社会はないから、交付金を持続的にもらうために地方行政は四苦八苦している。東京一極集中という構造をそのままにして地方に「雇用を作れ」と言っても容易な事ではない。

日本の発展のために抜本的な転換を図るためには、国土の東京一極集中是正を追求する事が必要だ。東京に強く依存するがあまり、企業も家計も高コスト負担を強いられているからだ。コロナ禍が産み落としたリモートスタイルの有効性を踏まえ、DX化社会の進展と大都市圏に立地する機能の地方への分散を加速させる政策を推し進めることが日本の発展戦略としてふさわしい。

そのためには、日本列島改造論で掲げた高速交通網の高度化を一層に図るとともに、高速交通によって首都圏と結ばれた首都圏以外の都市に企業の本社移転を促す政策を講じることが有効だ。そうすることで企業が負担するコストは低減するし、本社と共に移住する人々によって人口の地方回帰が実現するとともに、地方でのライフスタイルはゆとりを享受しやすく少子化対策にも好影響を与えよう。「首都は東京で良いが企業活動は東京以外で行う」という国土の方針を打ち出し、その実現に向けたインフラ整備と移転補助という財源支援を企業に対して行うことが、日本の国際競争力を再び高めていくために必要な戦略だと思える。地方自治体は、その受け皿を整備する役割を担えばよい。

日本列島改造論では工業団地の整備を地方に促したが、今日的には本社機能の地方移転が有効だ。高コスト構造の国土から脱却するという強い信念のもと、必要な社会資本整備を行うことが、今の日本に求められている。その基幹的役割を担うのがリニア中央新幹線であり、次いで整備新幹線であり、それらの駅と背後圏を結ぶ高速道路だ。「高速交通網+DX+本社移転」を基軸とした新・日本列島改造論とも言える戦略を打ち出し、国が集中的な投資を行う姿勢を示すことで、米国流でもEU流でもアジア流でもない日本流の国家発展戦略を確立できるはずだ。

大都市に諸機能と人口が集中し過ぎたから少子化が加速したとも言えるのではないか。過密問題を止められなかったからパンデミックに弱かったのではないか。今起きている多くの現象が警鐘を鳴らしていると捉え、日本が抱える抜本的な課題に対して向き合う戦略を打ち出してこそ、誇れる日本として再び国際競争の先頭に立つことができる。リニア中央新幹線の開業をマイルストーンにした発展戦略が打ち出されることを切に望みたい。

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