Vol.171 本社機能の首都圏転出に見る新たな立地パラダイム  -2023年は首都圏転入が戻るも転出は高水準を維持-

帝国データバンクが2023年における首都圏における本社機能の転入・転出状況をとりまとめた(2024.2.20公表)。転入社数が増加したものの転出社数は高水準を維持して転出超過が続いている。コロナ禍を契機に顕在化した本社機能の首都圏脱出のトレンドは現在も消えていない。コロ禍が沈静化した今も続く本社機能を首都圏外に移転するニーズは、国土利用における新た立地パラダイムの萌芽と捉えたい。日本の国土が国際競争力を育みながら持続的発展を遂げる道を探る。

1.転出超過は縮小も転出数の高水準が続く  -高コスト負担とビジネス機会のせめぎ合い-

帝国データバンクが実施している首都圏における企業本社の転出・転入の動向調査が2023年の取りまとめを公表した(図表1)。これによると、首都圏から本社を転出した企業の数は347社(濃い折れ線グラフ)となり、1990年に調査を開始して以降2番目の高水準になったと報じた。2021年以降3年連続で300社超となっており、明らかに調査期間中で最も高水準な状態が続いていることがグラフから読み取れる。コロナ禍を契機として、東京に本社を置くことによる高コスト・ハイリスクを勘案して首都圏外に転出する動きは依然として続いている。

一方、首都圏からの転出超過社数(転出社数-転入社数)は37社(棒グラフ)となり、3年連続の転出超過ではあるものの、首都圏に本社を転入させる企業が復調したことから転出超過社数は前年の77社から半減する結果となった。調査期間を通して見ると、転出超過の傾向は景気循環との連動性が高いように映る。景気が低迷若しくは停滞している時に転出超過が生じている傾向が見られる。

これは、東京都内の高いオフィスコストを抱えながら経営する企業にとって、収益環境が悪くなるとオフィスコストが重くのしかかることに嫌気して首都圏外に転出する判断が増え、同時に高コストの首都圏への転入を躊躇する企業が増えるからだと解される。つまり、首都圏に集中して立地している企業の本社は、高コストと闘いながら経営しているのであり、景気や経済変動の中で黒字・赤字の綱渡りをしている企業が多いことが伺える。首都圏立地によるビジネスチャンスと引き換えに負担するオフィスの高コストが紙一重にせめぎ合っている経営が多いと考えて良いだろう。立地コストが安ければ、安定経営を掴み取ることができるが、東京に依存する国土ではこれは困難だ。

2.転出・転入企業の地域別特性と業種特性   -業態の収益性と立地コストとの関係-

高水準が続く首都圏からの本社転出について、転出先のトップ5は図表2の通りで、大阪府、茨城県、愛知県、福岡県、栃木県となった。首都圏近郊県と大都市圏が選ばれている。これは、立地コストが首都圏よりも安いことを大前提とした上で、東京へのアクセシビリティが良い事と、背後圏が大きいこと(顧客へのアクセシビリティ)が考慮されていると解される。

但し、大阪府と福岡県からは首都圏へ転入する企業も多いため、相殺すると大阪府で▲21社、福岡県で▲2社の転出超過となる。大阪府と福岡県側から見れば負け越しの状態だ。これに対し、首都圏からの転入超過社数(転入-転出)が多い県は(図表中にはないが)、上位から茨城県(21社)、栃木県(16社)、群馬県(10社)、愛知県(9社)となった。首都圏近郊県が上位を占める中で、愛知県が4位に入ったのは興味深い。

次に図表3では、首都圏から本社を転出した企業を業種別に見ることができる。2022~2023年で最も本社転出社数が多いのはサービス業だ。このうち、約1割がICT関連業だと帝国データバンクは報じ、移転が容易な業種であると指摘している。こうした業種は、立地コストの安い都市を選んだ方が、経営が安定するとともに成長への投資を実施しやすいから、本社の立地環境に機敏な判断を行っているものと推察する。

また、卸売業と運輸・通信業も首都圏からの本社転出が比較的多いが、これは大規模な物流センター開設に伴う本社転出の例が多いと帝国データバンクは報じた。確かに、敷地面積を確保しやすく用地取得費が嵩張らない地方を選択していると考えられよう。  なお、帝国データバンクのレポートによると、不動産業と建設業では逆に首都圏への本社転入数が増加傾向を示していると報じ、その理由として東京都を中心とした再開発事業やオフィスビルの仲介需要が旺盛なことが背景にあると指摘した。

いずれにしても、首都圏はビジネスチャンスが大きいことは間違いないところだが、立地コストは極めて高いため、各業種・業態にとっては立地コストと天秤にかけた本社立地の選択判断になっていると考えられる。

3.国土利用における立地パラダイム   -次なる脱・東京の波はリニア開業時に訪れる-

企業にとって本社の立地コストは固定費であるから、これを縮減できれば財務状況は良化する。立地コストが安く、東京へのアクセシビリティが良い事は、全業種を通じて立地選択上の好条件だ。加えて、業種の特質で考えれば、リモート業務が容易に導入できれば首都圏以外の立地を選択しやすい。ICT企業を含むサービス業が転出業種として多いことがその証左と言って良いだろう。

また、ビジネス機会を求めて東京進出したものの、成長途上で本社立地コストが経営を圧迫している企業の場合も首都圏脱出を決断する典型例と捉えるべきだろう。ここから投影して考えるべき点は、スタートアップ企業にとっては立地コストの安さ選択をすることが重要という事だ。立地コストの安さと東京アクセシビリティの良さを重視すべき典型的な企業と言えるから、東京への高速交通モードが利用できる地方の都市では、このことをセールストークにしてスタートアッパーの育成・誘致を行うべきだ。

そして、リニア開業後の国土を想起した時には、リニア沿線地域はこれらの条件をすべて具備するのだから、ICT企業を含むサービス業や卸売業や物流業、スタートアップ企業は誘致しやすい業種・企業だという事を念頭に置くべきだ。少なくとも、安定経営を確保しやすく、成長をつかみやすく、投資余力を確保しやすい点を考慮すれば、リニア沿線地域は非常に有力な立地選択となり得るだろう。

特に、名古屋市はリニアのターミナル駅となる事に加えて、リニア開業後の国土では国内最大の2時間圏の中心になり(vol.62ご参照)、国内3番目の大都市圏である事(vol.23、153ご参照)どから、本社立地の候補地として選ばれる条件を具備している。

但し、問題は受け皿だ。現在の名古屋市の都心部には、リニア開業が予定される2030年代中ごろに供給可能なまとまったオフィスビル計画が乏しいのだ。名古屋市が首都圏からの本社立地の受け皿となるオフィスビル供給を促すとともに、本社移転の優遇措置を講じれば戦略的な誘致が可能だと筆者は見る。現に、2023年の実績で首都圏から33社の本社移転があった愛知県は、リニア開業後には名古屋市を中心に一層に大きなボリュームの移転を受け入れるポテンシャルがあると考えて問題なかろう。

そして、こうした首都圏以外に本社立地選択が多様化することは、日本の国土における経営環境が改善することに直結する。首都圏に縛り付けられている現状の国土構造では、高コスト・ハイリスクを背負いながらの経営になるから、これを開放する事は日本経済とって重要なことだ。同時に、地方における雇用の確保につながるから、国土の発展においても必要だ。今起きている企業本社の「脱・東京」潮流に着眼し、リニア時代に向けた首都圏からの本社誘致戦略を準備するまちづくりと産業振興の姿勢を、名古屋市をはじめとしたリニア沿線地域には期待したい。

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