Vol.172 なごや水道・下水道連続シンポジウム第1回「地震への備え」  -能登地震から考える地震に強い上下水道への道-

名古屋市上下水道局は、2024年度に「上下水道の将来を考えるシンポジウム」を企画した。市は連続3回の開催を予定し、各回のテーマに「地震への備え」、「上下水道の実態」、「経営の安定化」を設定した。筆者は、各回のパネルディスカッションでコーディネータを仰せつかっている。本コラムでは、シンポジウムを通して筆者が重要と感じたポイントを3回シリーズでお伝えしていきたい(間隔は空くが)。第1回は、「能登地震から考える地震に強い上下水道への道」を議論する好機となった。

1.能登地震からの学び  -名古屋市上下水道局の技術力の高さが実証されたが…-

シンポジウムの基調講演では、名古屋大学減災連携研究センターの平山准教授が、能登半島地震を振り返るとともに、耐震化の取り組みの重要性を説いた。

能登半島地震による上下水道被害が広域的に甚大となり、復旧に時間を要している要因は内陸地震としては世界最大級の巨大地震(M7.6)であった事に加えて、重要な管路(導水管、送水管)を中心に更新・耐震化が進んでおらず、技術職員や給水車等のリソースが圧倒的に不足していた事などが重なり合った結果によると分析した。重要な管路の多くが破損したために被害人口は一気に膨れ上がったのであるが、応急復旧に従事できる現地の技術職員は圧倒的に不足しており、給水車も不足していたことから給水優先の高い施設にも水が届かない事態に一時は陥ったという。

平山准教授によると、能登半島北部地域の水道管路の耐震化率は、輪島市7.4%、珠洲市19.1%、穴水町22.8%、能登町13.0%と低く、重要管路では輪島市12.4%、珠洲市26.4%、穴水町89.8%、能登町11.0%であった。水道管路の耐震化率がいずれも低かった事が分かるが、重要管路でも穴水町以外では耐震化が進んでいなかった事が分かる。この結果、穴水町で通水率が100%に戻るまでの期間が他の市町に比べて1か月以上早かったと報告された。

続いて名古屋市上下水道局の技術者を代表して、現地の復旧応援を指揮した高倉課長(水道担当)と太田課長(下水道担当)の話を聞いた。応援に入った名古屋市職員がまず行った被害状況の確認によると、上下水道ともに管路、拠点施設共に大きく被害を受けていて、上下水道のシステム全体が機能不全に陥っていたことが判明したという。

図表1は、名古屋市が把握した水道施設の被害状況で、導水管→浄水場→送水管→配水場→配水管の全てで被害が確認された。平山准教授の指摘と照合すれば、重要管路の耐震化率が低く甚大な被害を受けたことと合致し、通水までの道のりの険しさを伺わせる。

こうした状況と向き合い、名古屋市水道チームが立案した応急復旧計画は、機能停止した浄水場の再稼働を進めるとともに、壊れた重要管路を元通りに修復するのではなく私有地を借りて仮設の重要管路を地上にむき出しのまま設置する事などだった。首長に承認を得て地主の協力を得ながら重要管路の復旧を早めるとともに、機能停止した浄水場には中部電力の協力を得て通電を急ぎ、修復にこだわらずに可搬式ろ過機を搬入するなどして浄水機能を蘇生させた。

一方、図表3は下水道施設の被害状況だが、至る所でマンホールの浮上が見られたほか、道路が甚大な被害を受けたことに起因して埋設された管路が損壊し下水が流れない状況が確認された。マンホールの浮上や下水管の破損(抜け出し)などが起きると、マンホール内に下水が滞水したり下水管内に土砂が入り込んで堆積するなどして下水の流下ネットワークが不通となり、結果的には下水が外に溢れ出すなどして浄化センターに流れ着かない。下水道施設もシステム全体が甚大な被害を受けていたのである。

こうした下水道の被害状況と水道の応急復旧計画を踏まえ、名古屋市の上下水道局は現地自治体(七尾市)に「上下水道の一体的な復旧」を提案した。水道の応急復旧が進んだ時に下水道が排水しない状況だと汚水が溢れ出てしまう。だからと言って、下水道の復旧を待っていると水道の通水が遅れてしまう。こうした事態を避けるためには、水道の復旧と同時に下水道の機能を確保することが望ましいと名古屋市が提案し、被災市町と国土交通省の了解を得たという。過去に発生した大規模地震災害の復旧作業において、上下水道の一体的な復旧を行った事例はなく、名古屋市の提案は初めての試みとして現在も取り組まれている。

この「上下水道の一体的な復旧」の一環として、名古屋市下水道チームは、国内の地震災害の応急復旧では初の試みとなる下水仮設圧送管の布設を提案して実現した(図表5)。上下水道共に、技術力、知力、提案力において名古屋市上下水道局技術部隊の高いスキルを伺い知る事ができる。

2.名古屋の耐震化を阻む壁は何か   -データ、ヒト(技術者)、カネは大丈夫か-

名古屋市の水道の耐震化率は、政令市(20都市)の中で6位にあり、国内の上位に位置していることに間違いはないが、平山教授は「まだまだ苦しい」と評する。技術者のリーダである高倉課長と太田課長も、「このままでは危うい」という本音を言外に滲ませる。

そこで、耐震化を一層に進めるために、データ、ヒト(技術者)、カネのうち何が障壁になるのかを両課長に問うた。すると、データは大丈夫だが技術者については十分とは言えないという応答が異口同音に返って来た。そして、カネの問題について2人の技術職課長は複雑な表情を醸した。

名古屋市の上下水道局の決算は長らく黒字を続けてきたが、水道がR4年度に赤字に転換した。つまり、耐震化を加速させるための投資余力がなくなりつつあるということだ。しかし、ここからの問題が複雑だ。仮に耐震化予算を大幅に増額できたとして工事が一気に進むのかと聞けば、建設業界の慢性的な人手不足と2024年問題が相まって請負側の受注体制を確保することは容易ではないという。そして、発注者側(名古屋市上下水道局)の技術者も十分ではないとすれば、いたずらに工事の発注量を増やすことは叶うまい。一方、耐震化予算が今後も横ばいだと仮定した場合には、建設資材の急騰や人件費の高騰が眼前にあるため、発注量が減少し耐震化速度はおのずと減少する。従って、事業進捗を維持するだけでも予算の拡充を図らねばならず、赤字下では耐震化事業の進捗を現状維持する事は困難だ。

これらを踏まえれば、名古屋市では上下水道局が高い技術力を育みながら耐震化に取り組んできたお陰で政令市の中では進捗が良い方だが、「強靭な上下水道」を作り上げるための道のりはまだまだ長く、地震への備えが十分な状況に至る事は容易ならざる状況と理解せざるを得ない。さらに言えば、十分な耐震化が整っていない状況で南海トラフ地震に遭遇する確率が高いと我々は覚悟しなければならないだろう。

だとすれば、名古屋市の上下水道が機能不全を起こすことを前提として、どのような状態を目指すべきかを見定めた議論をしなければならない。

3.名古屋市民による上下水道文化を育む道   -文明(技術)に見合う文化が必要-

平山淳教授は、水道技術の歴史は古く、文明開化とともに技術は進化してきたとした上で、現代社会においては水道技術(文明)に見合う水道文化が醸成されているかと疑問を呈した。つまり、名古屋市上下水道局が予算制約の中で技術的な工夫を積み重ねて築き上げている現状に対し、我々市民はそれを理解し、上手に使いこなし、非常時には自助・共助する市民文化を十分に培ってきているとは言えないのではないかという問題提起だ。

名古屋市のような大都市が、その全域において上下水道の機能不全に陥った時に、16区の隅々に上下水道局の職員が迅速に配備されることはあり得ないという前提が見える。そのような時に、家庭の水道が使えなければ各小学校に設置されている応急給水栓を使えることを我々は知っているか、またその使い方を知っているか。他方で、管路の耐震化をコツコツと進めるために随所で見られる工事がもたらす交通障害について、「まったく上下水道局ときたら…」と不満だけを漏らしていないか。更には、市民が負担している上下水道料金は十分とは言えない事に気づいているか。こういう実態について、平山准教授は上下水道文化が築かれていないと警鐘を鳴らしているものと解される。

技術力はあっても耐震化が十分とは言えず、絶対的な人員の不足もある中で、南海トラフ地震のような大規模災害に見舞われた名古屋市民が、応急的な水の確保は自分たちの手できるという意識と知識を持たねばならないし、上下水道工事による不便を受容するなど、認識を新たにすべき事柄に気づく。

高度に進化した上下水道技術に見合う上下水道文化を我々市民が育むことが、眼前の重要課題であると筆者は知った。「自分たちの水は自分たちで守る」という文化を育むべきことを認識する貴重な機会となったということを報告したい。

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