産業集積における本社立地件数は、若者を中心とした都市の人口吸引力に大きな影響を及ぼす。全国の政令市を対象として、名古屋市の実態を比較する事とした。そこから見えてくるのは、高付加価値業種における名古屋市の本社集積の弱さだ。これが若者流出を止められない重要な要因の一つと考えられる。実態から浮かび上がる課題を直視し、有効な対策を模索し実践する姿勢が、若者流出が続く名古屋市には必要だ。
1.若者の東京流出が続く理由 -産業の付加価値産出力の格差が主因に-
名古屋市では、社会増減において若者の東京流出が続いている。東京への転出超過量は年間約6,000人にのぼり、そのコア層となっているのが20歳代~30歳代の若者だ(vol.203ご参照)。どうして若者たちは東京へと流出するのか。統計的に検証すると、付加価値産出力との因果関係が強いと分かる(vol.152、154ご参照)。名古屋よりも東京の方が付加価値産出力が高いため、若い人口が吸着されている傾向が把握されるのだ。つまり、付加価値産出力の東京との格差を埋める努力をしなければ若者流出を止める事が難しいと認識せねばならない。
付加価値産出力を高めるためには、機能と業種による産業構造改革が必要だ。機能とは本社機能で、支店や営業所よりも付加価値産出額の高い本社機能の集積を高めることが必要だ。そして業種とは高付加価値業種を指し、1人当たり付加価値額の高い業種が集積する事で都市の付加価値産出力が向上する。日本における代表的な高付加価値業種とは、情報通信業、金融・保険業、学術・専門技術サービス業、医療・保険業の4業種だ。
機能と業種による産業構造改革が進めば、地域出身者に限らず全国から若者が活躍機会を求めて集まる可能性が高まり、その結果女性の活躍機会は増え、子育て層の転入も増進するだろう。本稿では、本社立地集積に着眼し、高付加価値業種も念頭に名古屋市の実態を把握しておきたい。
2.政令市を対象とした本社立地件数の実態 -高付加価値業種の集積が弱い名古屋市-
本稿で扱う本社件数とは、経済センサス活動調査(R3)における「本所・本社・本店」の件数で、対象は全政令指定都市に東京特別区部を加えた21都市である。図表1は、21都市における人口シェアと本社件数シェアの比較を示している。人口シェア以上に本社件数シェアが高いのは、特別区部、名古屋市、大阪市の3都市のみであり、名古屋市は日本の三大都市として面目躍如といったところだ。

これを業種別の詳細を見るために、各都市の人口シェアを100とした業種別シェア特化係数を示したものが図表2だ。100を超えていれば当該業種において人口シェア以上の本社件数シェアを示している。全体の傾向としては、農林漁業、建設業、教育・学習支援業は地方の政令市で高くなる傾向がある。名古屋市にもその傾向が表れているが、その上で製造業の特化傾向が高い。名古屋市の本社集積は、愛知県がモノづくり王国である事と因果関係が強いことが如実に表れている。
一方、特に重視したい代表的な高付加価値4業種について見ると(図中の緑ハイライト)、名古屋市は情報通信業が86.3と特化傾向が低い事が分かる。その他の3業種は100を超えており、人口シェア以上の本社シェアがあると確認できる。名古屋市は人口シェア比で見るとの情報通信業の本社集積の低さが課題として浮かび上がる。

次に、21都市の本社件数について、全業種シェアを100とした業種別シェア特化係数で比較してみたい。各都市の業種別の本社件数シェアが、全業種シェア以上に集積していれば100を超える事を示すもので、業種構造から見た特徴が把握できる。図表3は、これを名古屋市について示したものだ。建設業、製造業、教育・学習支援業では100を超えているが、代表的な高付加価値4業種(図中の緑)では、いずれも100を下回った。つまり、図表2の人口シェア対比では集積があるように見えた金融・保険業、学術・専門技術サービス業、医療・福祉業も、全業種のシェア対比でみると集積に特化傾向は乏しく、産業構造における高付加価値業種の本社集積がいずれも弱い事が浮き彫りとなった。そして、ここでも情報通信業はとりわけ低い事が明白に表れている。

この数値を21都市で整理したものが図表4だ。高付加価値4業種を中心に代表的な都市の特徴的な点を取り上げてみたい。特別区部では、4業種のうち医療・福祉業を除く3業種で100を大きく超えている。付加価値創出力の高い本社の集積において、高付加価値業種の特化傾向が強く、東京の付加価値創出力の高さを伺わせる。反対に横浜市は、高付加価値4業種の中で医療・福祉業だけが高い特化傾向を示したが、その他は低く付加価値創出力で課題がありそうだ。大阪市は、高付加価値4業種のうち学術・専門技術サービス業において100超の高い数値を示し、その他の3業種でも100に近い水準となっており東京ほどではないにしても国内においてはバランスの取れた付加価値創出力があると見て取れる。そして、福岡市は、高付加価値4業種のうち情報通信業を除く3業種で100超を示し付加価値創出力のある産業構造が形成されていると見て取れる。情報通信業も93.5であるから特に弱みがある状況とは言えない。

3.人口吸引力の強い名古屋市になる道は? -本社機能、高付加価値業種の集積強化を-
冒頭で述べたように、名古屋市では若者の東京流出量が大きく続いている。この状況が続けば、名古屋市の持続的成長は望めない。名古屋市の産業構造改革が必要だと他稿で繰り返し説いてきた理由はここにあり、各数値で見てきたように名古屋市では本社集積における高付加価値業種の集積が弱いから、この状況を改善すべく手を尽くすべきだ。
名古屋市では、産業振興ビジョンの中でイノベーションの促進に力点を置いている。スタートアップを中心にオープンイノベーションが発現すれば、既存産業の高付加価値化が進むとともに新しい企業の本社立地が生まれるから、重要な政策だと得心している。しかし、大量の若者が流出している実態を踏まえれば、イノベーションだけでは規模と速度の観点から若者の流出を止める事は容易ではなかろう。もう一方で東京からの移転促進に尽力する必要があると筆者は考えている。
移転を促す対象を付加価値創出力の高さに着眼して定め、インセンティブを付与する政策を強化しなければならない。特に、高付加価値業種の本社移転にターゲットを当てるべきだ。本稿の数値で見てきたように、圧倒的に集積が高いのは東京である事を踏まえ、大阪市や福岡市よりも見劣りがする現状を打破するためには、東京からの移転促進に繋がる政策を講ずる事が有効だ。欲張る事を控えるならば、業種に拘らずに本社機能移転に焦点を当てても良いだろう。首都圏からは300社を超える本社転出が続いているが(vol.213ご参照)、現状では名古屋市はその受け皿となっていない。本社機能の「脱・東京」需要が実在する事を踏まえた誘致政策が必要だ。
そのためには、名古屋市の都心において本社移転の受け皿となるオフィスビルの供給を促さねばならない。奏功すると考えられるのは、オフィスビル建設費の補助金と入居テナントの家賃補助だ。これらに投下する補助金は20年程度で回収可能であり、本社機能の集積は若者が活躍する舞台となるから、名古屋市の課題克服に直結する効果が見込め、その後の税源を涵養する(vol.187ご参照)。都市経営として重要なシナリオだ。
これを実践していくためには、都市計画行政と経済産業行政が濃密に協力して制度設計を行う必要がある。都心における再開発促進と産業振興がシンクロしなければ効率的な実効性が見込めないからだ。都市計画行政によって魅力的な都市空間の創出に繋がる民間投資を促し、そこに集積する産業機能に高付加価値創出力を持たせる事を同時に実現しなければならない。また、東京からの本社移転に伴う従業員の転居に着眼すれば、名古屋市の公教育のリデザインを進める事も重要だ。まさに、束になって取り掛かるという姿勢が求められる。
名古屋市は、昨年(2024年)年末に新しい市長を迎えた。企業経営の経験と実績を持つ政治家であるから、都市経営手腕の発揮を大いに期待したいところだ。若者流出の克服のために本社機能集積の誘導を図り税源涵養に繋げるという発想を、名古屋市の都市経営の中心に置くべく行政側からも市長に進言し、全庁的な取り組みとして強い脈動が生まれる事を期待したい。