Vol.169 名古屋市の「保育の質」を高める道は  -迅速性と実効性を重視した選択を-

名古屋市では、2011年に待機児童が1,000人を超えて全国ワーストを記録して以来、保育園の量的拡充を続けてきた。2013年以降は待機児童ゼロの達成を続けているが、状況は大きく変化しつつある。子どもの数の減少が顕著となっているのだ。子どもの減少が続けば、名古屋市の高齢化が加速するとともに、人口の本格的減少を後押しする。都市経営の観点から見ても重要な「子どもの流出防止」につながる保育園施策の処方箋を考えたい。

1.「保育の質の向上」への向き合い方  -「引き上げ」と「底上げ」の両輪が必要-

子どもを預けたい親のニーズに対して保育園の受け入れが追い着かない状況を脱するため、名古屋市では2011年以来、保育園の量的拡充を続けてきた。公立園が定員超過で受け入れるとともに、民間園の新規開設を継続的に推進してきたのである。そのために名古屋市では、大規模な予算を投じ、膨大な事務量をこなしながら精力的に取り組んできた。待機児童ゼロを達成した後も保育需要が増大を続けたため、量的拡充はペースを落としながらも今日まで続いている。

しかし、後述するように名古屋市では子供の数の減少が加速し始めたため、名古屋市の保育施策の重点は量的拡充から保育の質の向上へとシフトする時期が到来したと判断し、子ども青少年局では質の向上施策の検討を始めている。

実際に保育園の現場を訪れると、民間園(社会福祉法人、学校法人、株式会社の法人等が経営する保育園)では様々なスタイルの保育が展開されており、保育方針、親とのルール、園での過ごし方などにおいて、千差万別の状況となっている。子どもを預けたい親は、多くの保育園の固有の状況を見ながら、「ここだ!」と思える保育園を探す事になるのだが、保育の質にバラツキや偏りがあれば質の高い保育園に入園希望が集中するため、そうした人気の園には容易に入園できない状況も散見されている。質の平均値を上げるとともに、質の分布の平準化を図る事が必要と捉えねばならない。

市内の保育園が、保育の質においてAからEまでのレベルが分布していると仮定したとしよう。名古屋市全体の保育の質を高め、特定の保育園に入園希望が集中しない状況を作ろうとするならば、その方策は大きく2つが考えられる。第一はレベルB、Cの園をレベルAに引き上げる対策だ。そして第二は、レベルD、Eの園に対し、せめてCの水準へと保育の質を高める対策が必要となる。前者は引き上げであり、後者は底上げである。

これらは二者択一ではなく、両輪で取り組むべきものであるが、処方箋は異なるものになる。引き上げについては、レベルBやCの園は改善意識が比較的高い法人が運営している可能性があるため、保育の質の向上に向けた取り組みを自主的に実践するよう促すことが基本的な対処方法となるだろう。そのためには、既往制度に位置づけられている自己評価や第三者評価の受審を促すことが手っ取り早い。

一方、底上げの対象となるレベルDやEの園は、自助努力だけでは質の改善が困難な法人であることが想定されるため、当局による監査を通して保育の質の改善を強く指導する事が必要だ。不適切な保育や事故などを未然に防ぐ意味でも、重要度の高い課題だ。

そして、引き上げと底上げの両面作戦を迅速かつ有効に実施するためには更なる工夫が必要だ。例えば、引き上げ策の基本となる自己評価と第三者評価の実施促進は、掛け声だけでは進まない。実は、既往制度にありながら受審率が低いのが実情で、その理由は準備・実施に要する負荷(時間的、経済的)が重くて敬遠されている他、受審したことによるメリットが見通せないという側面があるためだ。従って、自己評価と第三者評価を実施するための負荷を軽減するとともに、受審した実績を広く宣伝できる仕組みを作ることなどが必要になるだろう。そして評価結果を公表することができれば一層に有効だ。

一方、底上げ策の基本となる当局による監査のポイントは、徹底的な指導が必要な法人の園をどのように特定するかだ。当局が毎年提出を求めている報告資料などだけでは特定は容易ではない。量的拡充によって園が増えたのであるから、悉皆的な監査の強化を図ろうとすれば当局のリソースの限界を超えてしまうため、重点指導先の法人の的確な特定が重要だ。筆者は、保育園に子供を預けている親を対象にした満足度評価を毎年実施し、この結果を参考にすることが有効ではないかと進言してきたが、その導入は難しそうだ。親の評価が必ずしも保育の質の評価とはならないとする考え方が底流にある。しかし、筆者が主張している満足度評価は、絶対的なものとして利用する事を指しているのではなく、監査強化の必要となる法人を見極めるための参考値として活用する事を具申しており、監査による質の底上げを効率的に実施する支援システムとして提言しているものだが、障壁は高い(vol.155ご参照)。

名古屋市の子どもの減少が一層に加速していくことが見込まれる中では、対策には迅速性と実効性が求められる。質を高めるためには満足度評価を含む多面的な評価が必要で、評価の効果を高めるためには評価結果の公表が有効だと考えるのだが、もどかしいところだ。

2.子どもの数の減少は少子化と市外流出で構成される   -市外流出を深刻に捉えるべき-

図表1は、名古屋市における未就学児童数及び幼稚園・保育園利用児童数の推移を表している。棒グラフ(青)は未就学児童数で、減少が加速している状況が見て取れる。折れ線グラフ(オレンジ)は幼稚園・認定こども園利用児童数だが、共働き夫婦世帯が増加する潮流の中で減少傾向が顕著だ。そして折れ線グラフ(黄色)が0~2歳の保育園利用児童数で、明らかに鈍化していることが分かる。

つまり、子供の数の減少と共働きニーズの増加が同時に進行する中で、幼稚園・認定こども園では利用児童数の減少が過去10年間で顕著となった一方で、2019年までは保育園の利用需要は増加していたが、2020年以降は保育需要の増加圧力は弱まり、先行して乳児(0~2歳)の需要の鈍化に表れ始めていると見て良いだろう。今後は、幼児(3~5歳)の需要も鈍化し始める可能性が高く(灰色折れ線グラフ)、その先には保育需要全体の減少が待ち受けていると見なければならない。

未就学児童の減少の加速は、少子化の進展と市外への流出で構成される。少子化の進展は時代の潮流であるから、これを止めることは容易ではない。一方、子供の市外への流出は、名古屋市が「子育ての舞台」として選ばれていないことを示唆する(vol.165図表1ご参照)。つまり、未就学児童を持つ親世代が、市外に転居する傾向が強いのだ。これは複合的な要因から生まれている現象と見るべきで、子ども政策だけでは解決しない問題でもあるが、少なくとも「子育てするなら名古屋で」と思われる子ども政策を構築していくことは、重要課題として取り上げる必要があると筆者は考えている。

3.子育ての舞台として選ばれる都市に   -子育て政策の重点化が必要に-

名古屋市の子育て支援に係る諸制度は明らかに充実している(乳幼児医療費助成や一時預かりサービス等々多岐にわたる)。しかし、入りたい保育園に容易に入れない現実や、小1の壁という実態を踏まえれば、安心して子育てできる街という評価を得るまでには達していないと考えねばならない。

保育の質に関して、市内全園の平均レベルを上げると同時に、保育の質の平準化を図ることは、子育て世代にとっては関心の高いニーズであるはずだ。「まずは預けられる」という状態を築いた今、「満足できる園の選択に困らない」という状況を作らねばならない。しかも、未就学児童の減少傾向を見れば、今後さらに減少が加速していくことは明らかで、対策には迅速性と実効性が求められる。こうした観点から先述した評価制度の強化について進言したところである。

名古屋市内で結婚生活を始めた若い夫婦世帯が、子育て世帯となった際に市外に転出超過している現状を踏まえれば、「名古屋市内の保育園なら間違いない」と思われる環境を整備する事が重要だ。そして小学校への接続に際しても、子供の居場所を選択できる環境を整備しなくてはならない。税源涵養の観点から見ても子育て世帯は大切な市民だ。都市経営問題として考えれば、じっくりと構えるべき問題でも事態でもなく、喫緊の課題として捉えるべきだ。現在、策定作業が進められている子ども総合計画の中で、保育問題に重きを置き、達成すべき目標と進捗計画を明示したロードマップが策定されることを期待したい。

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