Vol.155 転換期を迎えている名古屋市の保育事情  -量から質への重点シフトが求められている-

名古屋市は待機児童対策を主眼として保育園の整備に注力してきたが、近年は就学前児童数の減少傾向が加速しており、局面変化の兆しが出始めている。保育園の利用児童数は依然として増加を続けているものの伸びは鈍化しており、幼稚園では利用児童数の減少が続いている。保育園の量的拡大を続けてきた名古屋市だが、保育の質の向上へと重点を転換する時期を迎えている。

1.未就学児童の減少の加速  -保育需給の均衡から供給過多の局面が視野に-

名古屋市は、2011年と2012年に待機児童数が1,000人を超えて全国ワースト1となってしまった。保育需要の急速な拡大に従来型の保育園整備では供給が追い着かなかったのである。公立保育園と老舗の民間保育園(社会福祉法人)が中心となって手堅く良質な保育を実践してきたと自負を持っていた名古屋市当局には衝撃的事態であったに違いない。

緊急的対策が求められた名古屋市は、民間園を中核的担い手として迅速な供給拡大策を図るため、賃貸型保育園の整備に重点予算を組んで対応した。賃貸不動産を探して保育園を開設する民間法人を集中的に募集したのである。その他にも公立保育園で定員超過の受け入れをしたほか、通常型の保育園整備方式も並行して進めるなど、あらゆる手法を尽くして供給拡大に努めた結果、2014年には待機児童ゼロを達成し今日まで維持している。

その後、2016年頃を境界に未就学児童数がピークを迎え、以後は子供の減少局面へと転換した。図表1の棒グラフでこれを確認できる。未就学児童の減少に伴って幼稚園利用児童数は減少の一途をたどり、保育園利用児童数は増加を続けているものの、増加傾向が鈍化する兆しを見せている。

未就学児童が減少しているにもかかわらず保育園利用者数が依然として増加を続けているのは、共働きしながら育児をしたいと考える家庭の割合が増加を続けていることによる。育児休暇終了後のニーズもあるだろう。しかし、保育需要の増加が鈍化の兆しを見せているのは確かであり、この先は保育需給の均衡が到来し、更には供給過多の局面に突入することも想定しておかねばならない。

2.今日的問題の所在   -入園希望の多い園と突発的閉園リスクの偏在-

名古屋市では国の定義に基づく待機児童はゼロを維持している。保育園の量的不足を原則論としては解消しているのだ。しかし、入園を希望する園の空きを待つ家庭は存在している。俗に言われる「隠れ待機」だ。つまり、人気のある保育園には簡単に入園できない実情がある訳だ。

一方、定員充足率が低い保育園も存在している。近年は、とりわけ0~2歳児に限定して受け入れている地域型保育所(小規模園)で定員充足率が低い。今後、需給関係が均衡化し、供給過多に進展していくと、0~5歳児を受け入れる通常型の保育園でも定員充足率が低い園が増え始める可能性が高い。定員充足率が低くなると保育園の経営は厳しくなるから、撤退を決める法人も出てくる恐れがある。急に閉園が決まれば、当該園を利用している家庭は非常に困ることとなる。そうした事案が仮に増えれば、待機児童ワースト1とは別の由々しき事態となってしまう。

量的不足が解消している状況下では、市内の全保育園が均質的水準で保育を実践していれば理論的には隠れ待機や突発的閉園という問題は起きないが、現実はそうはいかない。「保育の質」にバラツキが存在するためだ。従って、今後の保育政策のポイントは「保育の質」の向上へと切り替えていかねばならない。

保育の質を高めていく上で、とりわけ重点が置かれるべきは底上げだ。つまり、質の低い保育を良質化するよう導いていくことが効果的だ。人気・不人気の偏在が隠れ待機や定員充足の低い園の存在へと繋がるから、不人気の園の問題を把握し、適切に指導して良質化を導くことが行政側に求められる政策ポイントになるはずだ。既に良質な保育を実践できている園に更なる高質化を促すことも望ましいが、底上げにつながる取り組みの方を急がねばならないだろう。

3.保育の質の向上を図る特効薬は何か   -ガラス張りの評価制度の充実強化-

「保育の質」の底上げに重点を置きながら全体の質の向上を図るためには、評価制度の充実強化が有効だ。既に存在している評価制度は自己評価と第三者評価だが、実施率は低い。特に、第三者評価について保育園を運営する法人から聞こえてくるのは「手間がかかり負荷が大きい」という声だ。自主的に第三者評価を受審する法人が増えるようにするためには、工夫が必要となろう。

例えば、準備段階の書類作成において電子化などによる事務の効率化を促す事や、受信したことによるインセンティブを付与する事などが検討に値しよう。また、第三者評価によって指摘された事項について、改善進捗があるかどうかをモニタリングする事も実効性を高める上で重要だ。

しかし、こうした既存の評価制度の活用だけで、保育の質の底上げに特効薬的効果が期待できるだろうかと筆者は疑問を持っている。いずれも自主的な評価制度であることから、組織力があり意識の高い法人に受審が偏るのではないかと懸念するためだ。対処を急がねばならない質の低い保育園の多くが受審しないのではないかと危惧する。つまり焦点を当てるべき法人の保育の良質化に直結しないのではなかろうかと。

このため、市内の全保育園を対象に利用者満足度調査を統一的に実施することを新たに提案したい。現在、名古屋市内の保育園では園内ICTシステムの導入が進んでおり、これによって登園・降園を非接触型で登録できたり、緊急連絡を保護者に配信したり、各種書類作成を電子化して行うことが可能となる。そして、こうしたシステムにはアンケート機能が備わっているから、これを活用すれば保育園を利用している児童の保護者を対象に悉皆的にアンケートを配信し回答を受けることはさほど難しくないだろう。

アンケートの回答を名古屋市当局に直接返信するようシステムを設計しておけば、機械的に集計することによって、満足度の低い園や地域を客観的に把握することが可能となる。その上で何が原因かを当局が監査して突き止め、指導することで、保育の質の底上げが効果的に進むだろうという発想だ。同時に、全市や地区別の平均スコアを毎年統計化することで、保育の質の向上の進捗度合いも把握できる。さらに、満足度調査結果を公表すれば、保育園の運営法人にとって保育の質を高めるカンフル効果も発現しよう。また、保育園をこれから利用しようとする家庭にとっても園を選ぶ際に有効な情報になるものと思われる。

しかし、この案は容易には受け入れ難いようだ。教育・保育の学識者からは、利用者満足度調査に依拠した評価には問題があるとの指摘が出る。利用者の満足度が必ずしも良い保育とは限らないという学説に基づくものだ。また、法人にとってはレピュテーションリスクが伴う事を危惧する向きもあるようだ。

こうした指摘を踏まえるならば、調査結果の公表は急がず、各法人へのフィードバックに限定することとし、当局は調査結果を参考に監査を強化すべき法人の絞り込みを行うという前提で導入してみてはどうだろうか。既往の評価制度である自己評価は客観性が担保されないし、第三者評価の受審は前述したように底上げには直結しにくい(意識の高い法人に偏る可能性がある)ため、これらに加えて利用者による満足度評価を導入することが客観性と悉皆性の観点から保育の質を高める上で効果的だと思うのだ。

保育の需給関係が供給過多となれば、淘汰は必然的に起き得る。従って、放置していても供給過多は市場メカニズムによって調整される可能性はある。しかし、能動的に保育の質を上げることは、名古屋市の魅力を高める上で重要な取り組みとなるはずだ。何より、子供たちの笑顔が広がることを優先しなければならない。そう考えると、保育の質の底上げに効果的な対策を効率よく実施する観点が重要ではないかと思料する次第だ。

名古屋市子ども青少年局に言上したい。貴局が一貫して真摯な姿勢で丁寧に保育行政に取り組まれてきたことを筆者は存じている。その培われた風土にあっては、刺激の強い方策には違和感を覚えるのかもしれない。しかし、局面転換に際しては、思い切った姿勢で能動的対策を講じることも必要だと思うのだがいかがだろうか。

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