Vol.42働き方改革の要諦と後遺症対策(その2)-成長力鈍化への懸念-

(vol.41「その1」からの続きです)

3つの壁を乗り越えて働き方改革を断行した結果、残業時間は見事に減少した。しかし、後遺症への懸念も同時に生まれた。OJTの機会が減った若手をどのように育てるかである。また、社会には働き方改革から取り残されている職場もある。こうした職場での働き方改革は、単なる労働時間問題としてではなく、より良い職場創出への議論の機会として進展を願いたい。

1.懸念される後遺症と今後の課題  -成長の源泉はOJTから自己研鑽へ-

働き方改革の端緒を終えて筆者は会社を卒業した。その後の状況を後輩たちから聞く機会が時折ある。聞くにつけ、働き方改革の後遺症への懸念と今後の課題が気になる。一番の懸念は若手の成長だ。予定の時間になるとさっさと仕事を終える若者達。これを求めてはいるのだが、仕事が進んでいなければ納期に向けて進捗管理しているリーダー達は困惑するばかりだ。生産性を上げるためのインフラアップはしたものの、社員の能力が上がっているかは別問題だ。仕事で直面する問題への解決力や知識は、これまではOJTで修得されてきたが、OJTの時間を絞っているのだからスキルアップを別途しなければならない。これには総労働時間が減った代わりに増えたプライベート時間を使って自己研鑽するしか道はないように思える。だから若手たちのプライベート時間はどのように使われているかが気になるところだ。

筆者の想像では、プライベート時間をゆとり時間として謳歌する若者と、自己研鑽のために使う若者に二分されるように思える。何に時間を使おうと自由なのだが、若手の成長速度が鈍れば企業としては競争力が低下する事を懸念せざるを得ない。働き方改革から生じる後遺症だ。企業としては、自社が求める人材として成長していくためのロードマップを示し、計画的な研修を確立するとともに、自己研鑽への意欲を喚起する取り組みが必要だろう。例えば資格を取得したり、リカレント教育を受けたり、様々な研修会やシンポジウム、学会などへの活動に参加するのも良いだろう。何が自分に求められているか、自分に合う研鑽は何かを考える機会を与えることも組織としては配慮しなくてはならない。

一方、折しものコロナ禍で、在宅勤務を含むリモートスタイルが浸透した。そこには管理職はいないし、先輩社員もいない。ましてやワーケーションとなれば、その周囲は誘惑にかられる環境に満たされているだろう。自分を律し、メリハリを付けて仕事をするしかないのだ。これもまた難しい所業だ。しかし、職場の自席を離れて仕事をすることは、働き方改革でもポストコロナのライフスタイルでも必要なことだから適応していくしかない。

このように自己研鑽にしても時間管理にしても、高い自律性が求められる。これからの企業は、自律型人間をいかに育てるかが、働き方改革の後遺症に悩まないために重要なポイントになるのではなかろうか。時間で縛る労務管理は、時として若手の労働意欲を削ぎ、向上心に水を差す。そうならないように自己研鑽への道を照らし、これを支援する事も、今後の企業に求められる重点課題だと思う。同時に、学校教育でもこの様な人材育成を念頭に置くことが必要な時代になっていると筆者は感じている。

2.取り残された業界へのエール   -本人と家族を守るための改革だと呼びかけて-

筆者は最近、働き方改革に取り残された業界に接する機会があった。学校と病院だ。小中学校では生徒の自殺という痛ましい出来事が根絶されないが、多くの学校では先生に余裕がなく、子供に向き合う時間を持てないという現実がある。また、コロナ禍で話題となったのは医療現場の過酷労働だが、平時においても医師の労働時間は長時間に及んでいて過労の常態化が懸念されている。

学校も病院も、社会に無くてはならない職場だが、一般企業とは異なり働き方改革は遅れ気味だ。特殊技能に寄って立つ職場だから、一般企業と同じ手法で働き方改革ができるとは思わないが、①正確な実態把握、②生産性向上、③モニタリング、という3つの要諦は基本論として大きく変わらないのではなかろうか。高い職業意識を持ち、崇高な使命感を持つ教師や医師に対して、「あなたとあなたの家族を守るため、ひいては生徒や患者を守るため」に必要な改革だと理解を求めて、改革断行への協力を呼び掛けてほしい。

働き方改革への本格的な着手は、よりよい職場のあり方を議論する機会を生む契機になると思う。責任感の強い職業人たちであるからこそ、自分たちの職場を良くする議論への潜在的欲求は強いのではなかろうか。そうした欲求を上手く改革エネルギーに変えていくには、先導者の存在が不可欠だ。学校であれば校長であり、病院であれば院長だ。これらの職にある人への改革断行への働きかけこそが、今求められているように筆者は思う。ところが、校長や院長に誰が働きかけるかが問題となる。現場には注進できる人材はいないのだ。公立の学校や病院の場合には本庁組織がこれを担うしかない。公立学校であれば教育委員会であり、公立病院であれば病院局等の組織だ。本庁組織が3つの要諦を念頭に置いて、校長や院長に強く理解を求め、現場での改革着手を指示するよう働きかけるしかあるまい。

一方、大企業では働き方改革が進んだものの、中堅中小企業では働き方改革の進展が遅れている場合も多い。こうした企業では、都道府県を中心に立案されているDX対応支援制度を利用する事が効果的だと思われる。職場を離れても仕事ができる環境を創出する事が労働の効率化には欠かせない。そのためにはICT環境の充実強化が必須となるから投資が必要となるのだが、地方自治体の支援制度を最大限に活用する事で、経営圧迫を回避する事に役立とう。是非、支援窓口に相談することを経営者にはお薦めしたい。

働き方改革は、成熟化の一途を辿る日本社会において避けては通れない問題だ。限られた労働力の中で生産性を高めつつ、豊かなライフスタイルを構築していくために、各業界での改革の進展を願って止まない。

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