名古屋港では、長期構想(「名古屋港の針路」2007年策定)が計画期間(2027年)の満了を迎えつつあり、次期の長期構想策定の検討準備に入るため、検討会議が組成されて議論を始める運びとなった。この機会に、名古屋港の将来の役割に眼差しを向けねばならない。名古屋港の現状特性と課題(vol.125ご参照)を踏まえ、我が国国土の望ましい姿を展望しつつ、今後の名古屋港が歩むべき次の針路を考えたい。
1.2050年代の国土に求められる名古屋の位置づけ -東京一極集中是正の筆頭受皿に-
名古屋港の次期長期構想は計画期間20年となるものと思われ、その場合は2040年代までの整備・運営方針を描くことになる。そのためには、2050年代の国土を想起した上でないと未来に連続性のある構想とはならない。
2050年代の国土において強く念頭に置かねばならないことはリニア中央新幹線(以下、リニア)が開業しているという事だ。リニア時代にあって国土が成し遂げねばならない重要課題は、東京一極集中の是正である。我が国は東京に強く依存する国土であるため、我が国の企業は高額の立地コストを強いられている。大学等の高等教育機関も東京に集中するため地方から若者を吸い上げているが、その陰で地方の家計は高い仕送り等の負担を強いられている。こうした高コスト構造の原因となっている東京一極集中を是正する事が、日本の国際競争力を再び高め、豊かさを享受できる国となるために必要不可欠な課題なのだ。
一極集中を是正するためには受け皿が必要だが、受け皿に必要な条件とは、端的に言えば東京から本社を移転させる条件を具備している事だ。リニアが開業すれば、品川~名古屋間は40分で結ばれ、距離の支障はなくなる。その一方で、名古屋の平均オフィス賃料は東京の都心平均の6割程度であり(vol.116ご参照)、東京駅前と名古屋駅前で地区比較すれば4割程度となる。リモートスタイルの打ち合わせ等が今以上に定着するであろうDXの進化を想定すれば、日常業務を名古屋で行う事は経済合理性が高く、本社を東京から名古屋に移転すれば固定費の縮減分が利益となり投資に回せるから、企業の国際競争力は向上するだろう。
こうして考えると、リニア時代の国土にあっては、名古屋は立地コストが安く、東京へのアクセス性が高く、我が国最大規模の2時間圏の中心となり(2時間圏の人口が最大、vol.62ご参照)、名古屋港や中部国際空港といった国際公共財も整備されているので、本社立地条件が高度に具備された都市と言えるのだ。他稿で繰り返し述べているように、「(DX+コロナ)×リニア」は名古屋圏の時代(vol.14、73ご参照)と捉え、これを実現すべく将来像を描かねばならない。
従って、名古屋市の都心に邦人企業の本社機能の移転集積が進み、外資系企業の立地も進展し、これらに伴って30~40代が家族と共に名古屋圏に居住地選択する時代の名古屋市を想定した上で名古屋港の在り方を考えるべきだという事が、筆者の前提とする国土観だ。
2.名古屋港の担うべき役割の変針 -輸入拠点港湾としての機能強化を-
現状の名古屋港は、臨港地区(陸域の広さ)が国内最大で、総取扱貨物量は長きにわたり首位の座を守り、貿易額は東京港と拮抗する国内最大級(2位)で、貿易収支額では日本一の黒字額を生み出している我が国トップレベルの港湾だ(図表1)。とりわけ、背後地域に集積する自動車産業等が名古屋港を輸出拠点として利用しており、輸出に特化した港湾という特性を持っている(vol.125ご参照)。
しかし、その一方で港湾法における階層では最上位の国際戦略港湾の位置づけはなく、一つ下位の国際拠点港湾の位置づけに留まっている。これは、地域密着型港湾としての性格が強いという見立てに基づくものではなかろうか。
一方、先に見たようにリニア時代の国土にあって名古屋市が東京一極集中是正の筆頭的受け皿都市となることを想起すれば、東京港が担っている国内最大の輸入基地としての役割の一部を名古屋港で引き受けるべきと考える事が自然だ。日本は多くの消費財を輸入に依存しており、国内最大マーケットが立地する首都圏に対応すべく、東京港が輸入基地の役割を果たしているのだが、リニア時代の最大2時間圏は名古屋を中心に形成され、本社機能の一部が東京から名古屋に移転する国土を想起する必要があるため、大規模消費地へのデリバリーは名古屋から行う方が物流の効率性は高い。
従って、自動車産業の今後の行方に並走した輸出拠点機能の強化は勿論必要だが、現在は鍋田ふ頭が担っている輸入貨物の取り扱いを更に強化していくことが新たに必要となろう。その結果、輸出特化型港湾という特性を変針させることを企図したい。貿易収支による黒字額は縮小するが、貿易額が増大してトップが狙え(現状は東京港が1位)、入港船舶数をより多くを受け入れることになるから、港湾経営としては拡大し、経済波及効果も増進する事となる。いわば「地域密着型港湾」から「日本経済を支える港湾」へと転換する事を意味し、「国際戦略港湾」の位置づけが必要な港湾へと発展するシナリオを描くことが次期長期計画の要諦だと考えている。
3.次期長期構想に込めるべき方針 -ポートアイランドを輸入基地に-
名古屋港の次期長期構想に込めるべき方針として、3点を論点としてみたい。第一は、新たに輸入機能を強化することで、そのためにはポートアイランド(浚渫土砂処分場)を活用して輸入基地とすることが有効だ。ポートアイランドは陸地に未接続の未利用地だが、名古屋三河道路と一宮西港道路の実現熟度が高まりつつあるから、これらによって陸域と接続すれば国内輸送にはもってこいの立地条件となる。名古屋港の先端域だから船舶としても利用しやすいはずだ。
第二に、次世代自動車として水素自動車(水素を燃料とする内燃機関車)や燃料電池自動車(水素と酸素の化学反応を利用した電気モーター車)の可能性が期待されているが、普及が進むためには水素の生産拠点を確保することが必要で、自動車産業と密接な名古屋港としてはこれを担うことも期待されよう。現状ではオーストラリア等から輸入しているので、是非とも国内生産拠点が求められ、その生産サイトを確保する際には名古屋港としても一定の役割を担う必要があり、これには南5区が適地ではなかろうか。
第三に、クルーズ客船の受け入れ基地も重要検討事項だろう。船舶入港数で大阪港が1位となっているのは、フェリーとクルーズ客船の航路を多く持つことが理由だ。名古屋港では伊勢湾岸道の下を大型クルーズ客船が航行できないため、伊勢湾岸道の外側でないと入港・接岸できない。そのため、金城ふ頭でのターミナル強化が有効だ。名古屋はスーパーメガリージョンの中心だから、名古屋港への入港・寄港はクルーズ観光のゲートウェーとしてふさわしい。但し、金城ふ頭は完成自動車の輸出基地にもなっているため、ふ頭用途の整理も必要だ。客船ターミナル機能の強化に合わせて金城ふ頭を交流拠点として用途を純化する事も一考で、その場合には完成自動車の輸出拠点を金城ふ頭からポートアイランドに移転することも選択肢かもしれない。
これら3点以外にも、議論すべき重要論点はいくつか想定される。防災機能の強化、カーボンニュートラルポートへの転換などは不可避の議論だろう。また、ガーデンふ頭における都市機能の立地誘導も実現しなければならず、金山地区の再開発に呼応したアーバンリゾート空間の形成を望みたい(vol.37、115ご参照)。加えて、筆者は名古屋港の管理形態の在り方にも一石を投じる必要性を感じている。名古屋港の管理者は名古屋港管理組合で、この組合は愛知県と名古屋市が出捐する一部事務組合だが、名古屋港の港域は東海市、知多市、弥富市、飛島村にもわたっているため、これらの自治体が一定のコミットメントを名古屋港に対して行う必要があるはずだ。組合の出捐者に加わることが現状の延長線上として考えやすいが、その他の機構形態も含めて名古屋港の管理者の財源と権限の強化を模索する事を長期構想に組み込むことも一考に値するのではなかろうか。
次期の長期構想が策定されると、それに基づく港湾計画が策定されることとなり、これらに従って次の20年が整備・運営されることとなる。筆者としては、リニア時代の国土を念頭に置いた名古屋港の在り方は「モノづくり地域を支える港湾」から「日本経済を支える港湾」へと脱皮することを掲げることが望ましいと考えている。