Vol.156 能登半島地震被災地で大活躍する名古屋市上下水道局  -技術力、現場判断力、層の厚い人材力で本領発揮-

2024年1月1日に発生した能登半島地震は、能登半島北部地域(3市3町)を中心に甚大な被害をもたらした。避難生活を支える上下水道は完全に機能を失った。ただちに上下水道の救援活動に入ったのは名古屋市をはじめとする大都市の上下水道部隊だ。中部地域内で発生した災害による上下水道復旧は名古屋市上下水道局が中核的役割を担わねばならない。その活躍は地味ではあるが技術力、現場判断力、層の厚い人員数において圧倒的存在感を発揮している。そこから見える「強い上下水道」の必要性について考えたい。

1.名古屋市が担当するのは珠洲市と七尾市  -輪島市・志賀町は横浜市、穴水町・能登町は大阪市が担当-

地震発災直後に、名古屋市を中心に大都市の上下水道局幹部が連携・協議し、復旧支援を担当する市町村の割り当てが決められた。発災した地方の大都市が中心に動くことが上下水道の世界では予め決められている。名古屋市は、自ら最奥部の珠洲市を担当するとともに七尾市を加えた2市を担当することを決定した。同時に、輪島市と志賀町は横浜市が、穴水町と能登町は大阪市が担当することが決まった。発災直後のことである。

名古屋市の水道部隊は1月1日(発災日)に先遣調査隊を出発させ、被害状況調査を開始した。翌1月2日に第1次応援隊が応急給水活動に着手するとともに、第2次調査隊が現地に入り、1月3日には第2次応援隊が応急給水に加わった。調査隊と応援隊はその後も続々と投入され、1月29日時点で調査隊は第5次隊、応援隊は第6次隊まで投入されている。

また、下水道部隊も1月5日に第1次支援調整隊が現地に入って下水道復旧支援に着手し、1月8日に第1次応援隊が被害状況調査に入った。1月12日に第2次支援調査隊が入るとともに、1月13日に第2次応援隊、1月14に第3次応援隊が入って主として被害状況調査を継続して行っている。1月29日時点で支援調整隊は第4次、応援隊は第7次まで投入されている。

名古屋市が派遣している上下水道局職員数は、珠洲市に水道14人、下水道4人、七尾市に水道9人、下水道13人のほか、金沢市に現地の司令塔部隊として水道5人、下水道4人を配置しており、計49人の職員が現地に駐在して活動している。

水道の救援活動は、応急給水活動と応急復旧活動が並行して行われている。応急給水活動では、名古屋市が給水タンク車を差配して中部地方各地から延べ898台、北海道地方から延べ110台、東北地方から延べ122台が仕向けられている。また、水道の応急復旧活動では、名古屋市が検討・差配して応急復旧体制を構築した。これにより珠洲市には名古屋市のほかに浜松市、仙台市の職員が応急復旧に加わり、七尾市には岡崎市、豊橋市、新潟市、長岡市、上越市、柏崎市、札幌市から水道職員が加わっている(図表1)。

下水道の被害調査・応急復旧活動の支援体制も名古屋市が中心に差配・構築を図り、珠洲市には浜松市と静岡市が加わり、七尾市では名古屋市単独体制で取り組まれている。被害調査によると、珠洲市の下水管被災率は92%にも及び、七尾市の下水管被災率は36%と把握された。

上下水道の世界では、全国の自治体によって日本水道協会(公財)と日本下水道協会(公財)が構成されており、これらの協会組織が災害時の救援活動ルールを定めている。これに基づき、国土交通省と協力しながら協会員である自治体が中心となって救援活動を行うのである。この際、技術力と人員数で優位な大都市が中核的役割を担う事となる。

2.立案された作戦と水道復旧の進捗   -大きく異なる珠洲市と七尾市の事情-

被災者が待ち望んでいる水道の通水に向けて、現地では作戦を立てて復旧作業が休日なく取り組まれている。名古屋市の技術者たちが立案した作戦と水道復旧の進捗はどうか(2024.1.29時点)。

珠洲市の水道は、取水施設、浄水施設、送水管、配水施設のほとんど全てが被災して機能を失っていた。つまり、水道の最上流から下流までの全域で損壊が見られたのである。そこで、何としても取水機能と浄水機能を取り戻すことが最重要とし、珠洲市で最も市民の多い中心地(飯田地区)まで仮設送水管を付設して水を送る作戦が立てられた。これを珠洲市に提案し、即座に承認を受けて現在、民間企業と共に鋭意作業中だ。

1月15日に宝立取水ポンプ場(水道の源流)で電力が復旧し、ここから宝立浄水場(市内唯一の浄水場)まで仮設導水管を付設(1月14日着手)して1月20日に通水した。これで浄水場まで水が来たこととなる。次は、宝立浄水場から新たに仮設送水管を付設して飯田配水池付近まで通水することが現時点での取り組みだ。市役所や病院、避難所、仮設住宅等に至る復旧優先ルートを検討しながら1日も早い通水を目指している。

七尾市の水道は、主たる水源が地下水だ。この地下水を取水する施設が損壊していたため、岩屋浄水場(市内唯一の浄水場)まで仮設導水管を付設(1月16日着手)し、1月に25日に通水した。これで何とか機能が復活した岩屋浄水場から、能登総合病院まで1月29日に通水を成し遂げた。

現在は、岩屋浄水場から七尾市役所までの仮設配水管の付設に着手し(1月23日)、七尾市中心地までの通水に注力するとともに、和倉送水場・和倉配水池までの約8kmの送水管の漏水を調査している。しかし、七尾市域には能登島もあり、離島への通水は更なる困難が待ち受けているだろう。

事情の異なる水道施設の構成を瞬時に把握し、被害状況を確認するとともに優先すべき対策を決定する技術力と判断力は、名古屋市が培ってきた人材力の賜物だ。地方の中小都市では技術者が不足しており、とても単独では対応できない仕事を着実に進捗させている名古屋市上下水道局に忠心より敬意を表したい。また、地元企業も悪条件の中で工事を担当しており、官民が連携して能登半島北部の復旧を支えている。両市とも、水道の通水開始に合わせて下水道の応急復旧を実施していくこととなる。

3.「強い上下水道」に求められる条件とは   -高度な技術力と資金力-

名古屋市の上下水道局が、惜しげもなく精鋭部隊を送り込み、能登半島地震の被災地域で上下水道復旧に大活躍していることを、多くの市民に理解してもらえると良いと願う。技術力の高さ、現場判断力の高さ、層の厚い人材力が期せずして証明された形だ。しかし、名古屋市も南海トラフ巨大地震の脅威にさらされている。地震発災後の避難生活で欠かせない水を如何にして守るか、その大切さを再認識せざるを得ない。

名古屋市の上下水道施設の最大の特徴は、料金の安さだ(vol.145ご参照)。上下水道料金は、東京都や大阪市よりも安く、その他の政令市の中でも群を抜いて安い。しかも、水質が良い事も名古屋市がこだわってきたポイントだ。そして改めて注目すべきは、維持管理水準が三大都市で比較すると明らかに良好な水準を保持していることだ(図表1)。

漏水率は低く、基幹管路の耐震適合率が高く、浄水施設の主要構造物耐震化率は99.7%に達している。能登半島地震の被災自治体が上下水道で大打撃を受けたのは、これらの維持管理水準が低かったことにも要因があったと推察される。能登半島に限らず、全国の市町村では上下水道の維持管理に多くの費用を投入できていないのが実情だ。

それは、上下水道事業は独立採算方式で運営されているため、中小規模の市町村では収支が構造的に赤字でメンテナンスに費用を投じる余裕がないためだ。これに比して大都市ではスケールメリットが効いて中小都市よりも収支が良いため、その分メンテナンスに投資することが一般的には可能である。それでも図表1のように三大都市では大きな差があり、名古屋市上下水道局が意識してやりくりしてきたことが良く分かる。

「強い上下水道」を造るためには、耐震化に費用を投じ、良好なメンテナンス水準を保持し続けることがまずは必須条件である。名古屋市の上下水道は、現時点では相対的に良好な水準だが、これでも絶対水準で十分という訳ではないし、今後の維持管理の実施程度によって水準を維持・向上できるかどうかが左右される。

つまり、独立採算方式の事業で「強い上下水道」を造るには、上下水道料金を原資とする資金力が必要なのだ。名古屋市の上下水道収支は、これまで黒字を維持してきたが、水需要の縮減を主因として遂に赤字に転じる局面を迎えている。それは即ち、これまで保持してきた維持管理水準を賄う資金力が低下するという事だ。

そこで、「強い上下水道」に必要な資金力を得るためには、安定した黒字経営を可能とする収入がどうしても必要だ。従って、上下水道料金の値上げも止むを得ないと筆者は考えている。期せずして、能登半島地震の被災地支援を通して、名古屋市上下水道局職員の技術力の素晴らしさが実証された。今後は、良好な維持管理水準を維持・向上し得る資金力を高めることが、名古屋市民が直面する課題と言えるだろう。

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