Vol.106  国際指標に見る中部圏の競争力  -コストと移動条件からみたポテンシャル-

中部圏社会経済研究所が「中部圏の定量評価・国際地域間比較分析調査」を進めており、その分析成果を踏まえたシンポジウム「都市圏の国際間比較からみた今後の中部圏の地域力向上のポイント」が開催される。分析に参画した筆者も登壇するので、少々フライングながら筆者の視点から見たポイントを提示したい。筆者が着目したのは「コストと移動条件」だ。東京に依存する国土から中部圏を活用する国土に転換すべきポテンシャルが見える。是非、シンポジウムと調査報告書で確かめて頂きたい。

1.国際比較の対象圏域の設定  -中部は5県として類似性の高い圏域と比較-

中部圏社会経済研究所は国際比較を試みるに際し、経済規模や産業構造が比較的類似していて首都圏ではないことを前提として比較を行い、中部圏の特質を炙り出すことを企図した。これに基づき、比較対象圏域の抽出条件は、①首都機能を有しない事、②GRP規模が5,000億ドル以上であって国内トップではない事、③製造業の比率が比較的高い事、と設定し、結果的にバーデン=ビュルテンブルク州(独)、バイエルン州(独)、シカゴ・ネイパービル都市圏(米)、ダラス・フォートワース都市圏(米)の4圏域が抽出された。

中部圏を含めた5圏域の概要を図表1に示している。GRPは中部圏が7,923億ドルで最も大きいが、一人当たりGRPは残念ながら中部圏が46,572ドル/人で最も低い。国内では一人当たりGDPが相対的に大きい中部圏であるが、比較対象圏域と比べれば明らかに劣後している。中部圏の中で一人当たりGRPが最も大きい西三河地域が56,920ドル/人であるから、唯一他圏域と伍したレベルだ。また、各圏域に本社を置いている主要企業を見ると、バーデン=ビュルテンブルク州にはメルセデス・ベンツグループ(自動車)、ボッシュ(自動車部品)、バイエルン州にはBMW(自動車)、シーメンス(重工機械)、シカゴ・ネイパービル都市圏にはウォルグリーン・ブーツ・アライアンス(医薬品)、ボーイング(航空機)、キャタピラー(建設機械)、ダラス・フォートワース都市圏にはエクソンモービル(エネルギー)、マッケソン(医薬品)、AT&T(情報通信)といった隆々とした大企業が立地している。

中部圏社会経済研究所では、これら5圏域について①付加価値の創出力、②多彩な人材の集積、③交流・連携の活発さ、の3本柱のもとに53指標を設定して比較している。詳細の比較結果やそこから得られる中部圏の特質については、調査報告書およびシンポジウムでご確認いただきたい。本稿では、中部圏が今後の発展に向けて戦略的に着目すべきポイントに焦点を絞り筆者の目線で述べることとする。

2.中部圏の産業課題をどのように克服するか  -新しい産業を育てるだけでは困難-

ブロック単位のような広域的な地域比較をする際には、人口動向、経済動向、産業構造などマクロ的なデータで比較することが多い。但し、中部圏では人口は減少期に入っているし、中部圏を含む日本全体の経済が停滞しているのだから、これらを海外と比較した場合に中部圏は相対的に勢いがないことは自明の理だ。一方、産業構造については、中部圏が製造業に特化していることは周知の事実であるものの、今後の発展戦略を考える上では国際比較を踏まえておくことは有益だろう。

今回、比較対象となっている海外の4圏域のうち、ドイツの2州は自動車産業が発達している地域だ。バーデン=ビュルテンブルク州の州都シュツットガルトにはメルセデス・ベンツグループの本社がある他、フォルクスワーゲンAGの傘下となっているポルシェの本社がある。バイエルン州の州都ミュンヘンはBMWの本拠地だ。これら2州ともドイツを代表する先端工業地域で自動車産業に強い点で中部圏と共通性が高い。一方、アメリカの2都市圏は製造業の集積は高いものの、自動車以外の業種(医薬品や航空機等)が中核産業となっている。その上で、中部圏を含む5圏域の産業構造の特質を要約すると次のようになる。

5圏域では、「製造業」の集積があることに加えて「流通、運輸、宿泊・飲食業」に一定の集積があることで共通しているが、海外の4圏域では「専門・科学・技術サービス、管理・支援サービス業」及び「金融・保険、不動産業」で一定の集積がある。つまり、製造業を中核としながらも産業構造に厚みがあるのだ。また、情報通信産業においては海外の4圏域ともに成長力が見られる点で中部圏とは異なる。

中部圏では、これまでも産業構造に厚みを持たせることが課題と認識されているが、その実現に向けた道程は五里霧中だ。近年の傾向としては、スタートアップを促進する産業振興政策に力点が置かれている。但し、筆者はスタートアップの育成をはじめとする産業振興を政策で促すことについては疑問を持っている。大切な挑戦であることは否定しないが、本来的には企業が自律的に挑戦すべき分野であると思うからだ。

しからば、中部圏が厚みのある産業構造を構築していくためには、如何なる策を講ずることが奏功するであろうか。ゴールを「スタートアップの育成」と「新たな業種の集積」に置いて考えてみたい。

まず、「スタートアップの育成」だが、これは①低廉な創業・開発環境があることと、②協働企業や取引先となり得る企業の集積があることが求められよう。①については地方が有利なはずだが地方では②を伴わない。②については圧倒的に東京が有利だ。中部圏は有力企業の集積があるから②についてはアドバンテージを持つが、それは愛知県に集中しており、愛知県に限っては①の観点について行政による支援が一定の効果を引き出す可能性がある。だが、それにしても行政支援だけでは強いドライブは出にくかろう。

東京の企業集積を活用しながら①と②が高いレベルで中部圏で両立するのはリニア中央新幹線(以下、リニア)の実現による立地条件の変化が大切だ。リニアが実現すれば、愛知県だけの企業集積ではなく東京の企業集積を活用しやすくなるし、東京と比較した中部圏のコストアドバンテージも生かせる。

次に、「新たな業種の集積」だが、これは中部圏で振興するよりも東京からの移転に注力した方が実効性が高いと筆者は考えている。つまり、東京から引っこ抜いてくる方が早いという考え方だ。他稿で繰り返し述べているように「(DX+コロナ)×リニア」(vol.73ご参照)という状況下となれば、コストの高い東京に縛り付けられている必要はなく、リニア沿線地域の交通利便性を安いコストで活用すべく、東京からの立地移転が起き得る。中部圏は、その受け皿となるべく、環境整備を進めることが有効だろう。

3.中部圏が生かすべき資質  -コストと移動条件に見る中部圏の優位性-

図表2はコスト指数(ニューヨーク=100)を5圏域について比較したものだ。生活コストで見ると東京の高さが際立っている。家賃指数を見ると欧米は日本よりも高コストだ。生活コストと家賃指数の合計で見ると、中部圏、シュツットガルト、ダラスがコスト面で優位であることが分かる。コストが安い方が企業は利益を出しやすいし、生活者にはゆとりが生まれて物心両面で豊かな暮らしが可能となる。日本の場合はコストの高い東京に縛り付けられているが、「(DX+コロナ)×リニア」となれば東京に居る必要はなくなるから、コストが安くて便利な立地を選択する傾向が強まるだろう。地域のコスト条件が国際競争力を高めるうえで重要なファクターであると考えておく必要がある。

次に、移動条件についてだが、5圏域について圏域内の都市間移動速度を平均化して表したものが図表3だ。これを見ると欧米の平均移動速度が速いことが分かる。中部圏は首都圏よりずっと速いが4圏域にはかなわない。ドイツのアウトバーンやアメリカのフリーウェイが高速移動に貢献している様が分かる。首都圏と比べれば移動条件が格段に良い中部圏であるが、国際比較でみれば更なるインフラの充実強化が必要だという事を改めて認識しなければならない。

日本経済の停滞が長期にわたり、様々な指標で諸外国の後塵を拝する状況となっている中、日本の競争力を再浮上させていくためには「(DX+コロナ)×リニア」という前提の中で東京一極集中を是正していくことが必要であると筆者は考えている。その際、中部圏は東京以外の立地選択の対象として選ばれるべく地域づくりを展開していかねばならない。

「東京に居なくても良い」という前提に立てば、企業も個人も「安くて便利」な立地を選択するはずだ。今回の国際比較で、中部圏はコスト面では競争できる環境があることが把握された。中部圏における便利さをさらに追求した地域づくりを総合的に行い、中部圏を選択することで日本経済を活性化させるトレンドを創り出していく未来を描きたい。

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