Vol.92  スポーツとまちづくりの意義とは  -スポーツ実施率の向上と地域経済の活性化-

スポーツ庁は、第3期スポーツ基本計画(2022~2026)で「国民のスポーツ実施率を現状の56.4%(2021)から70%に引き上げる(障害者は40%程度に)」と目標を掲げた。これを受けて、全国の地方自治体では各々のスポーツ推進計画を改定し、スポーツ実施率の向上施策を打ち出している。折りしものコロナ禍に加えて足元の物価高騰や円安に直面する中、「何を悠長な」という印象を持つ人々も多かろう。しかし、中長期的には重要な施策であり効果の裾野は広いと気づく。その訳を紐解きたい。

1.スポーツ実施率向上の意義とは  -第一は健康寿命の増進、その他にも…-

スポーツ実施率とは、1週間に1度以上スポーツを実施する人の割合を指す。ここで言うスポーツに厳密な定義はなく、ハードな競技からジョギングや長めのウォーキングまでを含めた幅広な概念だ。国が定めているスポーツ実施率の目標は、1週間に1度以上スポーツをする人の割合を70%にするとしている。2021年度(R3)の実績が全国平均で56.4%だから、相当に高い目標を掲げたと言えるだろう。

スポーツ実施率向上の狙いは、大きく3点が考えられる。第一は健康寿命の増進だ。健康寿命とは入院や介助がなくても暮らせる状態の年齢を指し、健康寿命が長いほど寿命を全うするまでの間に自律的に暮らせる期間が長くなるからウェルビーングが保ちやすく、幸福な時間を長く過ごせることになる。また、健康保険や介護保険のお世話にならずに過ごせる人々が多くなるため、政府にかかる財源負担も軽くなり一石二鳥となる。スポーツによって健康寿命の増進を図る事が、国民にとっても政府にとっても望ましいという訳だ。

第二は地域経済の活性化だ。スポーツには観るスポーツと実施するスポーツがある。これらは互いに相乗効果があり、自らスポーツを実施していれば観る動機が膨らむし、観ることによって啓発されてスポーツ意欲が湧く場合もあろう。観るスポーツはプロスポーツと一般人参加による大会などに大別される。スポーツ観戦をするとなると、必然的に消費が伴われるから、地域経済の活性化に寄与する。最たる例は、地元のプロスポーツチームが優勝などをすることで経済効果が上がることだ。会場が満員になってチケットの売り上げとビールなどの消費が上がり、応援する企業による謝恩セールなどでも消費が上がる。アマチュアスポーツの大会でも規模は異なれど相似形の現象が起きる。また、自らスポーツを実施する場合にも消費が行われることは言うまでもなく、両者によって地域経済の活性化に寄与することとなる。

第三は他者とのつながりの増進だ。観るにつけ、実施するにつけ、スポーツに関わることで多様な人々との交流が生まれる。仲間意識が深まったり、見知らぬ人との交流が広がったり、或いはサポートする人々との輪が広がったりする。こうした他者とのつながりは、人生における充実感や生きがいを育む機会となる場合も多々あり、ウェルビーングの保持に繋がりやすい。

このように、スポーツ実施率の向上は、社会的に意義があるからスポーツ庁では実施率の向上に向けて目標を立てて政策化したと解せられる。同時に、地域振興にも密接なかかわりがあるとの観点から第2期まち・ひと・しごと創生総合戦略においても「スポーツ・健康まちづくり」という項目が創設されている。

2.スポーツとまちづくり  -スポーツ実施率向上のためにはまちづくりが欠かせない-

スポーツ実施率の向上を図るために様々な施策が展開されているのだが、特にまちづくりとは密接な関係が生まれる。それは、スポーツを実施するためには空間と環境の整備が必須だからだ。大規模な競技場や球技場などのスタジアムをはじめ、多種多様な規模のアリーナや体育館、プール、テニスコート、武道場などの施設をはじめ、ジョギングやウォーキングに適した環境を整備することも必要になる。

そして、これらの施設や環境は無計画に整備すればよいというものでもない。施設を整備する場合には、消費に繋がるように商業施設や商店街との連携に配慮することが望ましいし、アクセス性を良くするためには公共交通機関を利用し易い立地を選択したり駐車場を確保するなどの必要がある。また、ジョギングコースやウォーキングコースとなる歩道やプロムナードを整備する際にも、周辺景観が美しいコースが望ましいし、運動施設や商業施設等とネットワークするような配慮も望まれる。成熟化が進んだ都市において、新たに多目的アリーナなどを整備しようとする際に候補地選定が難航する場合も多々あるが、それはスポーツ施設としての立地適正が求められるからだ。

一方、まちづくりを論議する際には、シビックプライドの観点から検討するアプローチも欠かせない。スポーツ施設が住民にとってわが町の誇りや愛着に繋がる起爆剤となる可能性があるからだ。そうした際に話題となるのが地域密着型のプロチームを誘致する話だ。プロチームの存在とその活躍が地域に元気を与えることは、阪神淡路大震災後の「がんばろう神戸」の立役者となったオリックスバッファローズや、東日本大震災後に歓喜の優勝を果たした「楽天イーグルス」などの例が実証している。地域に一体感を育み、挨拶代わりの話題を提供するプロチームの存在は、シビックプライドの醸成に一役買う場合が多い。

また、スポーツへの関心が高い町は、様々なスポーツイベントの誘致・創設に取り組むことも多い。市民マラソン、自転車ロードレース、トライアスロンなど種目は多彩で、こうしたイベントの開催によって交流人口が増えると消費が地域経済を潤すから、集客力のある競技は引く手あまただ。さらには、スポーツに関連する学術研究や医療の実践へと繋がる場合もあり、波及効果の裾野は思いのほか広いのである。スポーツは戦略的まちづくりの一環として位置付けられ得るテーマなのだ。

3.名古屋市のスポーツ拠点は満点か  -合格点だが、まだ充足余地を残す-

さて、名古屋市の状況を見てみよう。名古屋市スポーツ市民局では、第2期名古屋スポーツ推進計画を策定するとともに、独自に名古屋市スポーツ戦略も策定している。これらの中で、名古屋市も市民のスポーツ実施率目標を70%に引き上げた。

スポーツ実施の拠点となる主要施設としては、名古屋市総合体育館(ガイシホール)、瑞穂競技場(陸上競技場、ラグビー場等)、名古屋市体育館、名古屋市武道館、東山テニスセンターなどが整備されているほか、各区にスポーツセンターが整備されている。このうち、瑞穂競技場は改築により収容人員を拡大して新設され、ガイシホールと東山テニスセンターは大規模改修によってリニュアルされることが決まっている。その他、市の施設ではないが名城公園では愛知県新体育館(Bリーグ:名古屋ダイヤモンドドルフィンズの拠点)の建設が進められており、バンテリンドームナゴヤを中日ドラゴンズが拠点にしている。

こうしてみると、必要な施設は揃っているように見えるが、筆者は物足りなさを感じている。それは、サッカー専用スタジアムがない事、中規模の多目的アリーナがない事などだ。名古屋グランパスエイトは瑞穂陸上競技場と豊田スタジアムをダブルフランチャイズとすることでJリーグの施設要件を満たしているが、名古屋市内に専用スタジアムを持っていないことがクラブ経営上も名古屋のスポーツ振興においても重要な課題だ。25,000~30,000席のサッカー専用スタジアムが名古屋市内にあれば、間違いなくサッカーの熱狂空間として親しまれよう。また、中規模アリーナ(5,000~7,000席程度)がないことからバレーボールのVリーグ所属チームは名古屋市に本拠がなく、ウルフドッグス名古屋(Vリーグ男子)は稲沢市を拠点としている。アリーナはコンサートや防災拠点など多目的に利用できるので、地域振興拠点としても貢献するはずだ。

名古屋市スポーツ戦略で掲げた目標を達成するためには、現存施設の利用促進に加えて、拠点施設の規模と利用目的・形態について棚卸を行い、不足する機能を補充していく姿勢が欲しい。スポーツ拠点を充実させる事により商業機能等と連携した経済活性化に繋げ、シビックプライドの醸成に資するなど、すそ野の広い波及効果を念頭に置いて戦略的視点で検討して頂きたい。

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