Vol.1 リニア時代の国土と名古屋圏のポテンシャル -高コスト構造の国土からの脱却―

1.リニア中央新幹線の計画概要

JR東海が整備を進めているリニア中央新幹線(以下、リニア)は、時速500kmという航空機並みの速度で走る超特急だ。のぞみ号の倍以上の速さだから、所要時間は半分以下となり、品川~名古屋間は実に約40分で結ばれることとなる。

超電導リニアシステムによる高速鉄道技術は、世界初で世界最高の技術とJR東海は自負している。その論拠は、世界のどの高速鉄道システムよりも最高速度が速く、その最高速度に到達するまでの距離が短いことが実証されているからだ。日本人として実に誇らしい。

このリニアの全線計画は、品川~新大阪間で計画されているが、ルートと駅位置が決定して工事に着工しているのは品川~名古屋間だ。中間駅4つを含めて6駅が、世界初のリニア駅として誕生する予定だ。2027年開業を目標に工事が進められているが、静岡県内区間の工事着手ができない状況が続いており、開業年が遅れることが懸念されている。さりとて、リニア計画がなくなるわけではないと確信して以下を述べる。

2.名古屋は国内最大2時間圏の中心に

リニアの最大の特徴はその速さにあり、従来の次元を超えた陸上高速移動が可能になる。その結果、2時間で移動できる範囲(以下、2時間圏)がダイナミックに拡大する。ここで2時間の範囲にこだわる理由は、実用性の高い1日交流が可能な移動時間だからだ。例えば、出張先で朝9時からの会議があるとすると、移動時間が2時間であれば当日移動が可能であるが、移動時間が3時間となれば前日に宿泊する必要が生じよう。夜についても2時間圏であれば午後10時近くまで会食が可能であるが、3時間圏ではこれも叶うまい。従って、2時間圏というのは、十分な滞在時間を確保できる1日交流可能な範囲ということになる。

地図でご紹介したい。図1は品川を起点とした2時間圏の現状とリニア開業後を名古屋開業と大阪開業に分けて着色表示している。品川~名古屋の開業によって、名古屋圏は完全に東京からの2時間圏内に収まることが分かる。図2は同様に名古屋を起点とした2時間圏の変化だ。品川~名古屋開業によって、名古屋からは首都圏の主要都市に2時間以内で余裕をもって到達できる。図3は大阪起点の2時間圏であるが、この場合は品川~名古屋間の開業時点では大きな変化はなく、大阪開業の時点で2時間圏が拡大する事が分かる。

このように、リニア開業によって2時間圏が拡大する事で、2時間圏人口(2時間で行ける範囲内の人口規模)も変化する。2時間圏人口は、その都市が背後に擁する人口であり、マーケット規模と解釈できるから、この規模が大きいほど都市としてのポテンシャルが高い事を意味する。図4のグラフは、リニアの開業によって名古屋の2時間圏人口が大幅に増大し、東京に代わって国内最大2時間圏の中心になることが分かる。これは歴史的な国土の転換になり得ると筆者は考えている。

図1 品川からの2時間圏変化

図2 名古屋からの2時間圏変化

図3 大阪からの2時間圏変化

図4 大都市圏の2時間圏人口

3.名古屋の立地ポテンシャルの飛躍的向上

名古屋は、首都圏に時間的に近くなることにより、2時間で商談できる事業所数が8倍に膨れ上がり、2時間で交流できる人口は60倍近くに膨れ上がる。これは、名古屋という立地のポテンシャルが飛躍的に向上する事を意味する。2時間で到達できる範囲が広く、より多くの企業や個人に接触できる機会が容易になるという事は、ビジネスにおいても観光においても優位な立地であることは自明の理だからだ。

さらに名古屋の立地の有効性はコストが安い事にも着眼したい。図5は、仮に500人規模の企業の本社が東京駅前に立 地する場合と名古屋駅前に移転した場合のオフィス賃料を比較したものだ。東京駅前の高層ビルは、ステイタイスも高いが賃料も日本一高いため年間の家賃コストかさむが、名古屋駅前の高層ビルに移転すれば家賃は3分の1程度に抑えられる。東京への出張コストが増加するとしても、年間数億円の固定費が捻出される計算だ。名古屋への立地は、東京へのアクセス性が格段に良くて大規模なコスト削減が可能になる立地と言えるわけだ。

図5 東京と名古屋のオフィスコスト比較

4.名古屋のウリは3つのゆとり

名古屋は大都市でありながら、東京や大阪にはない3つのゆとりがある。第一は空間的ゆとり。人口密度は東京の3分の1で大阪の半分程度だから、大都市でありながら過密問題は顕在化していない。これはコロナ問題で我々が学んだ過密リスクが低いことを意味する。第二は時間的ゆとり。名古屋の平均通勤時間は30分を切っている。職住近接が実現しやすい大都市と言って間違いない。いざという時には歩いて帰れる範囲で多くの人が仕事をしている訳だ。そして第三は経済的ゆとり。先にも触れたが、名古屋の地価、家賃は東京や大阪と比べて安いからオフィスコストや住宅コストの負担が軽い。企業経営者にはよくご認識頂きたい点だ。同じ売り上げが上がるなら、収益率は固定費が少ないほど高くなる。経営効率が高いのだ。また、平日のランチにしても明らかにサラリーマンの懐に優しい値段であることは、四半世紀を名古屋でサラリーマンとして過ごした私が太鼓判を押す。
大都市であり、県都でもあるから都市としての諸機能は充実しており、東京や大阪と比べると3つのゆとりがある名古屋。これこそが名古屋のウリだと思うのだ。これまでは、名古屋のゆとりは「大いなる田舎」と揶揄されることにもつながったが、国内最大2時間圏の中心となれば、「お値打ちな大都市」だとアピールして憚りはないと思う。

5.お値打ち「名古屋」を活かすことは高コスト構造の国土からの脱却を意味する

上記をもって、例えば国内の企業の本社群が雪崩を打って名古屋へ移転するとは思わないが、日本の国土において名古屋という立地が経済合理性の観点から有効であるという選択判断は十分にあり得ると思う。そして、国土にこうした立地選択肢が生まれることは、東京一極集中によって高コストを強いられている国土構造を開放する事に繋がる。

現在の国土においては、ビジネスを大きく展開するためにも、大学に進学するためにも、音楽や演劇、絵画等の鑑賞をするためにも東京に依存しなくてはならない。その結果、日本の企業や家庭は高いコストの負担を強いられている。しかし、コロナ禍を通して「必ずしも東京でなくても良い」と学んだ人々は、名古屋をはじめとするリニア沿線を有効に使う事を積極的に考えるはずだ。企業経営者は経営効率の高い事業所の立地選択を考えるだろうし、個人として考えればゆとりある生活の舞台として居住地選択の対象とするに違いない。その結果、わが国国土には選択の多様性が広がり、東京呪縛から解放され、高コストを強いられるビジネスモデルやライフスタイルから脱却する事が可能になる。日本経済の成長や日本人の幸せを考えるとき、国土における選択の多様性を生み出すリニア中央新幹線は、極めて重要な意味を持つ社会資本だと筆者は考えている。

Vol.2 リニアの経済効果に見る期待と課題 -名古屋圏の頑張りどころ―次のページ

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