Vol.28「健康寿命」を考えることは大切だ! -自分のため、家族のため、社会のため-

日本は既に、高齢者率21%超の「超高齢社会」に2007年時点で突入した。そして今(2021年)は2025年問題が間近に迫っている。これは、団塊の世代が75歳を迎えて後期高齢者(75歳以上)となるため、超高齢社会に一気に拍車がかかり、経済や医療・福祉、社会保障などの側面で様々な問題が噴出する事が懸念されていることを指す。確実に訪れる「ウルトラ高齢社会」とも言うべき近未来に向けて、健康寿命の大切さを考えてみたい。

1.2025年問題が引き起こす懸念  -日本の経済成長に重くのしかかる事項-

後期高齢者層の拡大が加速する2025年問題(図表1)として、具体的に何が懸念されているかを整理しておきたい。少なくとも以下の4つはありそうだ。

第一は労働力の問題だ。人口減少の中で少子高齢化が進行中の日本では、生産年齢人口(15~64歳)の割合が一貫して縮小しているため、労働力不足が懸念されている。2025年には労働に一部参加していた前期高齢者(65~74歳)が労働から離れるため、労働力不足が加速することが見込まれている。外国人労働者に頼ろうとしても現実的には様々な問題を含んでいて、事実上は十分に賄う事は困難だ。これが日本の産業界を直撃するから、労働力不足で様々な分野で仕事の速度が低下する恐れがある。

第二は医療の問題である。後期高齢者が急速に増えれば、疾患等による医療費が増大する事が確実視される。75歳以上の医療費は1割負担であるが、これは税金で支えられるシステムであるため、国庫負担が重くなる。また、患者数が増えるから医療人材が相対的に不足する事も懸念される。

第三には社会保障制度の問題がある。例えば年金制度は、今のまま維持することは困難だと分かっているから、国費投入を増やしたり、需給金額を縮小したり、需給年齢を引き上げたりと、種々のやりくりを模索しているが、今のところ明るい見通しは立っていない。後期高齢者の急増は、この負荷を直撃する。

第四として、介護制度の問題がある。現在も介護人材が不足しているが、今後は更に介護需要が高まるから人材不足が顕著化する可能性が高い。また、こうした人材を確保するための財源の不足も予見される。この結果、介護保険制度においても、若い世代への負担がさらに高まっていくことが懸念される。

これら4つの問題は、いずれも日本経済の成長に対してブレーキをかける要因となる。労働生産性が低下し、行政コストが増大する方向に働くのだから自明の理だ。

こうした問題に対峙していくために、国や自治体は多様な政策を検討する必要があるが、国民の立場としても重要な心構えがありそうだ。それが健康寿命である。我々一人一人が健康寿命を延ばせば、労働に関与したり、医療負荷を軽減したり、社会保障や介護制度に頼りきらなくて済むからだ。改めて健康寿命の大切さを考えたい。

2.健康寿命  -元気で自立的な生活を送れる人生の長さ-

健康寿命とは、WHOが2000年に提唱した概念で、「心身ともに自立し、健康的に生活できる期間」を言う。寿命とは息を引き取るまでの期間を言うが、「寿命の長さ」だけを考えるのではなく、「寿命の質」を重視しようという呼びかけだ。つまり、「元気な日常生活を他者の手を借りずとも送れる時間が長いほど寿命の質が高いと言えるから、健康寿命を長くしましょう!」と働きかけた訳だ。この考え方によると、仮に100歳まで生きた人が最後の20年間を要介護や寝たきりで過ごしたのに対し、90歳まで生きた人が最後まで自立した生活を送ったとすれば、後者の人の方が寿命の質が高い人生を送ったということになる。確かにこの方が本人も幸せだろう。

世界各国の平均寿命と健康寿命を図表2で見てみよう。2016年時点の日本の平均寿命は84.2歳で世界一だ。日本は医療水準が高く、国民の食生活も諸外国に比して健康的だから、これが実現しているものと思われる。誇らしい限りだ。

しかし、単純に喜んでもいられない。日本の健康寿命は74.8歳で世界第二位。第一はシンガポールだ。そして、平均寿命と健康寿命の差を見ると、シンガポールは6.7歳でこれも世界一だ(最も短い)。この期間が短いほど、寿命の質は高い事になる。日本は平均寿命と健康寿命の差が9.4歳であるから、平均9.4年は自立的な生活ができず、要介護や寝たきりの時間を送っていることになる。この結果、2025年問題が引き起こす4つの問題の多くについて原因者となってしまうのだ。従って、我々国民は自分のためにも、家族のためにも、社会のためにも健康寿命を長くして寿命の質を高めるべく努めていく必要がある。我々は、健康が大切であることは十分にわかっていても、寿命の長さだけにとらわれたり、社会的問題とのつながりを考えずに生活しがちであるが、健康寿命の大切さを理解して日常生活を送っていきたいものだ。

3.フレイルに正しく向き合う  -認知症の手前の期間。そしてフレイルは可逆性-

健康寿命を失う時、つまり、要支援・要介護状態を招く原因は何かを知っておく必要がある。図表3によると、これまでは脳血管疾患が第一の原因であったものが、近年はこれが低下し、第一の原因は認知症となっている。これから訪れるウルトラ高齢社会の一員としては、この事を良く念頭に置いて自身や家族の健康を考えて行かねばなるまい。

そして、認知症等によって要支援・要介護状態になる前の期間を「フレイル」と呼ぶ(図表4)。フレイルに陥ると、その先に認知症をはじめとして健康寿命を失う事態を招くため、フレイルは健康寿命を管理するために重要な期間だ。国立長寿医療研究センター理事長の荒井秀典先生にお話を聞く機会があった。この時、筆者の印象に残ったのは、「医学的にはフレイルは可逆性である」という点だった。つまり、フレイルは健常な状態に戻り得るというご指摘だ。フレイルを予防することが先ずは大切であるが、期せずしてフレイル状態に陥った場合には、適切な対応をすれば健常状態に戻れる可能性があることを、我々は十分に理解しながら当たらねばならない。一度、認知症と診断されるに至ると、フレイル状態に戻ることは現在の医学では困難(不可逆性)とのことであるから、フレイル状態を脱するか、または進行を止める対応が健康寿命を失わないために重要と理解できるのだ。

荒井先生のお話によると、医学的に指摘できるフレイル予防とフレイル対策(フレイルから健常への脱出又は進行の抑制)としては、主として次の事項が重要だと指摘された(図表5)。①運動(散歩でも良い)、②栄養の良い食事(タンパク質やビタミンD,E,C等の十分な接種)、③社会参加(外出や知人とのコミュニケーション機会)、④口腔機能の維持(歯の健康)、⑤医原性原因の排除(たくさんの薬を飲み過ぎない)の5点だ(他にもあるが、特に留意すべき事項として)。これらの5つを普段から自身や家族が維持できているかに気を配り生活する事が大切で、フレイルとなった場合にはこれらを周囲が支援する事を含めて特に強化して取り組むことが有効だという。さすれば、我々の健康寿命は延びて人生を謳歌し、2025年問題の顕在化を緩和する事にも貢献できると念頭に置きたい。

我が国では、認知症が増加することに加えて、独居老人が増加する傾向も踏まえ、フレイル予防やフレイル対策及び認知症患者の支援を本人の努力と家族の支援だけに任せておくことは困難であろうから、地域でこれを支えて行く必要があると位置づけられている。これを受けて国と地方自治体では「地域包括ケアシステム」の構築に取り組んでいる。必要かつ重要な取り組みであることは論を待たないが、こうした医療・福祉制度のお世話になる前の国民一人一人の姿勢として、健康寿命の重要性について十分に認識を深めていくことが、地域包括ケアシステムの安定運用に向けても大切なことだ。

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