Vol.152 名古屋市の産業構造における付加価値創出力の弱さ  -本社率の低さ、知的集約型産業の弱さが課題-

名古屋市の人口動向は、若者層を中心とした社会増が細くなりつつあり、とりわけ首都圏に吸い出され続けていることが懸念される(vol.111ご参照)。その原因は複合的ではあるものの、名古屋市が抱える産業構造上の課題が要因の一つに挙げられると筆者は考えている。活躍機会を求める若者は、付加価値創出力のある産業が集積する都市に惹きつけられるという仮説だ。この観点に立って、名古屋市の産業構造上の課題を指摘したい。

1.経済における付加価値額とは何か  -提供した商品対価のうち企業に留保される額-

マクロ経済における付加価値額は、生産額から調達資材コストや外部委託費等を控除した後に残る額で、その総体がGDPだ。企業財務に置き換えると売り上げから直接経費を控除した粗利額に相当し、これを企業と従業員に配分して各々の所得となる。従って、マクロ経済においても企業財務においても、付加価値額は提供した財・サービスの対価に対して企業に留保される所得財源となる訳だから、経済活力を測る上で重要な指標となるのである。

付加価値額がより多く生まれるために必要な産業特性を2つ考えてみたい。第一は、本社が集積するほど付加価値額は多く生まれる。支社や工場、物流拠点等の事業所で生み出される付加価値額は、最終的には本社に集約されて計上されるからだ。そして、この付加価値額をより多く生み出すための経営企画や戦略が本社から発出されるため、本社機能は付加価値額を生み出す司令塔機能だと考えて良い。この本社機能の集積が高い都市には、大きな付加価値額が産出されている。そして、大企業ほど付加価値額の産出額が大きい傾向にあることは統計から明らかだ。

第二は、業種だ。大都市に限って言えば、第三次産業が集積する傾向が強いのだが、この第三次産業の中でも付加価値額を生み出す程度は業種によって異なる。知的集約型サービス業は、労働集約型のサービス業よりも従業員一人当たりの付加価値額が大きくなる。知的集約型サービス業の方が社内人材による付加価値創出力が強く、外部に流出するコストが小さい収益構造となっているためだ。代表的な知的集約型サービス業の例としては、情報通信業、金融・保険業、専門・技術サービス業などがこれにあたる。一方、労働集約型サービス業の例としては、小売業、運輸業、宿泊・飲食サービス業などがあげられる。大都市や政令市には第三次産業が集積するが、この第三次産業を構成する業種の違いによって、付加価値額の産出力に違いが発生することとなる。

付加価値額は、経済活力を表現する代表的な指標だが、同時に活躍機会の充実度を表現する指標と考える事もできよう。より多くの付加価値を生み出す仕事に就くことは、やりがいを感じる機会が充実している傾向があろうから、付加価値額の産出力が大きな都市に人材が集まると考えることができるはずだ。

2.上場企業本社と知識集約型産業の集積状況比較   -名古屋の弱含み傾向-

付加価値額を生み出す2つの産業特性について、主たる大都市・政令市を比較してみたい。まず、図表1は、事業所数に対する本社(上場企業)の割合(表中では「本社率」)を比較している。名古屋市の本社率は、東京特別区を100として31.9%の水準であり、大阪市(50.2%)にも差をあけられており、三大都市の中では最も低い。とりわけ東京特別区との大きな差が、若者を東京に吸い上げられている事と無縁ではなかろう。

また、図表1では、集積する企業の平均模を概観するために事業所当たり従業者数も比較している。名古屋市は東京の76.7%水準で、福岡市をはじめとする政令市と同等の水準である。従って、企業規模についても名古屋市は地方政令市並みに留まっていることが分かる。企業規模が大きいほど付加価値額の産出額は大きい傾向にあることから、この点でも名古屋市は弱含みであると言わざるを得ない。

次に、大都市に集積する第三次産業において、業種別の付加価値額の構成を比較したものが図表2だ。着目したいのは、付加価値額を相対的に大きく産出する知的集約型サービス業の構成比だ。名古屋市では、第三次産業における知的集約型サービス業の付加価値額シェアは51.1%だ。これに対し、東京特別区では63.1%と一段高いことが確認できる。大阪市は56.2%で東京に次ぐ高さだ。他の政令市と比較すると、福岡市が54.3%で名古屋市よりも水準が高いことが確認できる。

つまり、第三次産業の集積が進展するのは大都市の共通傾向であるが、その業種構成において知的集約型サービス産業の集積度合いは、都市によって異なることが分かるのだが、名古屋市においてはこれが弱含みだと解されるのだ。この点も、若者を惹きつける都市となるためには課題であることだと考える必要があろう。

特に、名古屋市の場合は、周辺地域に先端技術を駆使するモノづくり産業の集積があるが、名古屋市内においては専門・科学技術サービス分野の付加価値額シェアが大阪市や福岡市よりも低いことが気がかりだ。高い付加価値を産出する業種であり、モノづくり産業と連携しやすい業種でありながら、名古屋市に集積が進んでいないという事は、地域の産業構造特性を生かした業種集積が形成されていないという事になるからだ。

3.付加価値は活躍機会のバロメータ   -ミッションドリブンであっても価値を求めたい-

高度成長期からバブル経済期にかけて、若者は初任給の高い企業に憧れ、就職活動では競って入社を希望した。ある種のマネードリブン型の価値観に支配されていたのである。しかし、現代の若者たちのパラダイムは変化し、ミッションドリブン型の価値観で企業を選ぶ傾向が強まっている。ミッションドリブンとは、金儲けだけを追求するのではなく、収益と社会貢献の双方を重視することを指し、現代の若者はこうした企業に魅力を感じる傾向が強いのだ。

但し、そうは言っても、付加価値額の産出力が弱い企業に魅力を感じるとは考えにくい。社会貢献的ミッションを掲げつつ、本業の付加価値産出力が高い企業で活躍したいと考える若者が多いと考えるのが自然だろう。従って、付加価値産出力の高い産業集積のある都市に若者たちは集まる傾向があると見て良いだろう。

先に見たデータでも、本社の集積、規模の大きい企業の集積、知的集約型サービス業の集積という指標で見た場合、いずれも東京が大きな集積を誇っており、名古屋市は弱含みである。例え企業規模が小さくても本社率を高める事や、東海地域に集積するモノづくり産業と連携しやすい専門・科学技術サービス業などの集積の進展を促すことが、名古屋市が目指す産業振興政策課題とならねばならない。

愛知県と名古屋市は、スタートアップ企業の育成支援に注力している。これは、付加価値創出力のある企業の育成に繋がるものであるから、大変結構な取り組みだと筆者は支持したい。但し、スタートアップ支援だけでは、創造力のある人材の集積を図る上でバランスを失してしまう。並行して、本社機能の誘致、専門・科学技術サービス業をはじめとした知的集約型サービス産業の集積誘導に注力していくことが伴わなければ、名古屋市の産業特性が若者を惹きつける構造に変わっていかない事を懸念する。

大都市は、国家経済においても地方経済においても、経済活力を創出するエンジン地域だ。中でも、付加価値額を大きく産出するという事は、経済活力が大きいということを意味すると同時に、若者たちにとっては魅力的な活躍機会のインディケータにもなると考えねばならない。こうした姿勢を持って、大都市における産業振興戦略を講じていくことが、東京一極集中構造から脱却していくために必要な地方の努力目標となるべきだ。この際、産業振興政策と都市政策が密接に連携した政策体系が構築されることが有効だ。

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