Vol.117 行財政改革は市民にとってのVFM向上を目指せ  -コスト削減だけでは片手落ち-

行政改革とは、国や地方自治体の行政組織及び運営を改革する事であり、これに財政改革を含める概念を行財政改革と呼ぶ。地方自治体の行財政改革(以下、行革)への取り組みは30年余の長きにわたっており、無駄な予算を省くことを旨としていたことから、成果は削減した予算額と人員数で表現されていたが、累次の行革計画の断行によって乾いた雑巾を搾るが如くの状況となっている。そのため近年は、生産性の向上やスピードアップを旨とした改革へとシフトしつつある。今日的な行革が目指すべき姿勢を考えたい。

1.大きな政府から小さな政府への移行  -小泉政権下で加速した民活-

戦後の日本は、復興期を経て高度経済成長期へと突入して大きな発展を遂げた。この間、中央政府・省庁の強力なリーダーシップの下に所得倍増計画(1961池田内閣)や日本列島改造論(1972田中内閣)に代表される国土・経済の発展政策が打ち出されて成果を上げた。

その後、高度経済成長期の終焉を迎えると財政赤字が顕在化し、行財政改革の必要性に直面することとなる。肥大していた中央政府等のスリム化が重要テーマとなり、歴代内閣が連綿と改革断行に取り組むこととなった。転換点となったのは鈴木善幸内閣時に発足した第二次臨時行政調査会(第二次臨調、土光臨調)で、答申を受けた中曽根内閣は3公社の民営化を決定し、1985年に電電公社がNTTに、専売公社がJTに民営化され、1987年には国鉄がJRに分割民営化された。

小さな政府を実現するためには3公社5現業を対象とした民営化だけでなく、様々な事業を民間に委ねることによって行政サービスの改革を実現することが模索され、象徴的な制度として1999年にPFI法が制定された。この法律においては、「行政コストの縮減とサービス水準の向上を同時に実現すること(VFMの向上)」が目的に掲げられ、以後の行革の基底を築いたという意味でエポックメイキングであったと筆者は感じている。

また、省庁のスリム化も必要ということで、橋本内閣では「火だるま行革」と言われながらも省庁を統合することに挑み、2001年に1府22省庁が1府12省庁へと再編された。こうして、国家公務員の職員数、公営企業、外郭団体などで大幅なスリム化が進んだ。

行革の歴史の中で、ある種「総仕上げ」的色彩による取り組みは小泉内閣時(2001~2006)に凝縮されている。独立行政法人制度創設(2001)、国立大学の法人化(2004)、道路公団の民営化(2005)が断行されたほか、2006年には公共サービス改革法(市場化テスト法)が制定されて社会保険庁の改革に適用することが話題となった。とりわけ国民的関心を集めた郵政民営化は2005年に関連法案が可決され、2007年に民営化が実現された。また、2003年には地方自治法の一部改正が行われ、指定管理者制度が創設された(2006年本格実施)。これによって行革は、地方自治体にも一層に波及することになった。

筆者は、地方自治体における民活(民間能力の活用)業務に長らく携わってきたが、その中心はPFI、指定管理者制度、公共サービス改革法(市場化テスト法)であり、筆者はこれらを「今日的な民活3兄弟」と呼んでいる。これらの3つの制度は、「公共サービスのコスト縮減とサービスレベルの向上を同時に実現する(VFMを向上させる)」ことを目的に掲げている点において共通しているから同族と考えるのである。VFMの概念は、行革における共通のテーゼと言っても良く、これに照らして片手落ちがある場合は行革としての神髄を極めていないといっても過言ではない。

2.注目を浴びた「事業仕分け」だったが  -2009年の民主党政権による糾弾-

2009年に民主党政権が発足すると、2010年度予算の編成を前に国家予算の無駄を明らかにすることを目的に「事業仕分け」が実施されて国民の耳目を集めた。国会議員や有識者の中から指名された「仕分け人」が予め対象事業を調べ上げ、公開の下で担当者(主として国家公務員)を糾弾し、事業の廃止や見直しが判定される様がエンターテイメントのように扱われた。スーパーコンピュータに係る仕分けの場面では「2番ではダメなんですか!?」と蓮舫議員がたたみかけて多くの人々の記憶に残ることとなった。

この「事業仕分け」方式は、当時地方自治体にも波及の気配を見せた。その一例が名古屋市である。民主党政権が実施した方式を踏襲して、公開の下に判定を下す方式を導入したのである。筆者はこの時、「仕分け人」になることを要請されたのだが頑なに固辞した。民主党の事業仕分け方式は、あまりにもカネとヒトを切る事に偏り過ぎた方式だと感じていたからである。無駄を省くことに異論はないが、如何にしてサービスレベルを向上させて市民満足度の向上に結びつけるかをセットで検討することが必要だと考えていた。ほどなく、名古屋市の「事業仕分け」は姿を消し、地に足の着いた行革論議に戻って安堵した。

一方、翌年には愛知県からも「事業仕分け」に似た方式を採用したいとの相談を受けた。但し、愛知県の考える方式には配慮と工夫があった。民主党の方式が対象事業の要否を判定するものであったのに対し、愛知県の組み立ては県の担当課が予め改革案を検討し、この改革案に対して外部有識者が公開でヒアリングして県が示した改革案の妥当性を判定するというものであった。ここで言う改革案とは、コストの縮減とサービスレベルの向上について県が自ら見直し策を示すことが組み込まれているため、外部有識者はその踏み込みの深度、スピード感、VFM希求のバランスなどを鑑みてコメントすることができる。これであれば賛同できると考え、「行革の推進に向けた外部有識者による公開ヒアリング」のコーディネータを引き受けることとなった。

しかし、公開であることに変わりはなく、県の担当者と対峙するという構図も残るため、第1回(2011年)の折には大変緊張して臨んだ記憶が鮮明に残る。そして、はっきり言ってコーディネータとして初回の筆者は不出来であった。「県担当者の説明→有識者による質問→県担当者の回答」という流れを筆者が仕切らねばならないのだが、単に司会進行を務めただけのコーディネータであったからである。その結果、論点を明確にすることは十分にできなかったと痛感した。そのため、第2回(2012年)には猛省をして臨んだ。県の担当者がのらりくらりと説明すれば論点を指摘し、質問者にまともに回答できていなければこれを正した。その結果、第2回目以降は改革論点の明確化と実行のスピードアップに向けた結論導出に近づけるコーディネーションが少しはできるようになったと感じた。すると、回を重ねるにつれて愛知県側の改革案も自主的なブラッシュアップが進化したと実感でき、県側の姿勢に敬意を表したい。以来、2022年まで12回連続してこれを務めることとなった。

3.市民にとってのVFMの向上を目指せ  -究極的には市民所得の向上を-

行革のアウトプットは予算の縮減と人員の削減によって長らく表現されてきた。しかし、今ではだぶついた予算は存在せず、人員の削減も限界でむしろ行政の現場は人手が足りていない。従って、アウトプットの考え方を変えねばならない局面となっている。

新しいアウトプットは生産性の向上と迅速化だ。生産性は、投入した時間やコストに対して成果の良し悪しを計る概念であるから、コスト削減とサービス水準の向上を両立させるVFMの概念と同義だ。また、スピードアップも同様で、いたずらに時間を要する仕事はコスト効率が悪いしサービスを受ける市民としてもまどろっこしい。アウトプット指標として表現しにくいのが難点だが、概念的には正鵠を射ていると思う。

典型的な例として「愛知県旅券センター」を紹介したい。愛知県民がパスポートを取得する際には旅券センターに出向いて申請し受け取る訳だが、2007年に「愛知県旅券申請窓口業務」は市場化テストモデル事業の適用を受けた。これまで実施してきた愛知県と新たにこれを担いたい民間企業が互いに応札して競争するという官民競争入札に付され、民間企業が勝ち(落札し)、それ以降の同業務は当該民間企業によって今日まで実施されている。その結果、申請手続きの説明は丁寧になり、待ち時間は圧倒的に短縮化した。以前を知る県民にとっては隔世の感を覚えるに違いない。つまり、県民満足度の向上に直結しているのである。

このようにコストの縮減が限界に近付いているのであれば、仮に同じコストであったとしてもサービスの質を上げることを模索することが今日的な行革とならねばならない。これが市民社会に波及すると、市民の負担感の軽減、市民満足度の向上、転入人口と定住人口の増加、活力ある経済社会の実現へと展開し、究極的には市民所得の向上へと繋がっていく。単にカネとヒトを切る改革は古いのだと銘じて今後の行革に取り組んでいただきたい。

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