Vol.56 国土におけるダブルネットワークの意義  -愛知県の圧倒的な優位性はモノづくりだけではない-

重要な交通インフラで進められるダブルネットワーク化にはどんな意義があるのだろうか。愛知県では東名軸と名神軸が二重化され、環状道路も二重化の完成が見えてきた。中部国際空港にアクセスする自専道も二重化が進められている。そして東海道新幹線もリニア中央新幹線によって二重化される。こうしたダブルネットワークの国土的な意義と、愛知県のポテンシャルについて考えてみたい。

1.愛知県における高速交通網の多重化  -高速道路と新幹線の両方で多重化される-

愛知は東京と大阪の中間に位置する交通の要衝だ。日本の国土は東京と大阪を中心に発展してきており、この二大都市を結ぶことが国土におけるネットワーク整備で最重要視されてきた。それ故、日本の高速道路の先駆けとなった東名高速道路と名神高速道路で東京~大阪が結ばれたし、世界に誇る新幹線も東京~大阪間で最初に整備された。この結果、我が国における主要ネットワークが愛知を通り、愛知で交わる構造となっているのだが、こうした重要な高速交通網でダブルネットワーク化が進められている。

東名高速道路(以下、現東名)では新東名(海老名南JCT~豊田東JCTの253.2km)の整備が進み、神奈川県区間(海老名南JCT~御殿場JCT)を残すのみとなっている。名神高速道路(以下、現名神)では新名神(四日市JCT~神戸JCTの149.6km)の整備が進捗中で、残されている大津JCT~城陽JCTが2024年に、八幡京田辺JCT~高槻JCTが2027年の開通を目指して工事が進められており、全線供用が見えてきた。

新東名と新名神は、愛知県内において伊勢湾岸道(豊田東JCT~四日市JCT)で結ばれており、愛知県内では東名軸、名神軸がともにダブルネットワーク化が完成している。日本の大動脈となっている東京~愛知~大阪で高速道路の二重化が進められた訳だが、東京~愛知間を走る中央自動車道(高井戸JCT~小牧JCT)を加味すると、愛知県は東京と高速道路で三重に結ばれ、大阪と二重に結ばれたことになる。

高速鉄道においても、東海道新幹線でリニア中央新幹線(以下、リニア)の整備による二重化が進められている。高速道路が主として物流を支える高速交通網であるのに対し、新幹線は人流を支える高速交通網だ。これが完成すると、東京~愛知は高速道路が三重化、新幹線の二重化が整うことになり、物流・人流ともに高速交通網の多重化が完成する。日本の国土において、高速道路と新幹線の両方で多重化が完成する地域は、当面は東京~愛知間だけである。極めて特殊な交通条件を整えた地域だと考えてよい。

また、中部地域の中についてみると、名古屋を核とした環状道路の二重化も進められている。2016年に名二環が全通したのに続き、2024年に東海環状自動車道が全通する見通しとなっている。さらに、中部地域の空の玄関である中部国際空港にアクセスする自専道は、知多半島道路に加えて西知多道路の整備が着手され、ダブルネットワーク化を目指している。このように、愛知県では国土幹線ネットワークにおいても地方ネットワークにおいても高速交通網の多重化が整うのである。

2.ダブルネットワーク化の意義は?   -容量拡大、高速化、リダンダンシー-

交通網のダブルネットワーク化は、バイパス道の整備などで全国的に取り組まれているが、本源的な狙いは容量拡大と高速化の2点である。二重化することで処理できる交通容量が増大し、渋滞緩和に大きな効果が発現する。同時に、二重化する際の新しいルートでは、良質な線形(カーブや勾配が緩く直線に近い)で計画されるから、旅行速度が上がり高速化される。これら2つの効果によって、経済活動や生活行動における重要な移動を円滑に支えることが企図できるのである。

加えて、近年では3つ目の意義も重視されるようになった。それはリダンダンシー(冗長性)である。代替路線があることで、いざという時に迂回できることが重視される潮流だ。日本の高度成長期に集中的に整備されたインフラは、老朽化が進んだためにメンテナンスが必要不可欠な状態だ。メンテナンスをするためには代替路線があった方が社会的影響を小さくできる。また、大規模な自然災害や事故などが発生した場合には、複数のルートがあることで交通が完全途絶しないから経済の停滞を極小化し、復旧・復興を早める上で重要なことだ。

高速道路がダブルネットワーク化されるということは、その区間の物流容量が増加し、高速化し、不測の事態(災害、事故、工事等)が生じても完全途絶しないリダンダンシーを確保していることを意味する。同様に新幹線がダブルネットワーク化されれば、人流についても同様のことが期待できる。平時における効率的な移動を支え(容量拡大と高速化)、非常時における停滞を避けるという意義がダブルネットワーク化には期待されているのであり、国土や地域の発展と安全・安心な地域づくりを進める上で重要な意味を持つことが分かる。

3.国土における愛知県のポテンシャル   -東京一極集中是正の受け皿に-

愛知県で進む高速交通網のダブルネットワーク化について、もう少し具体的な現象に置き換えて意義を整理してみたい。

日本という国土は、東京や大阪に依存しながら発展してきた。特に、東京には首都機能が集積するため、とりわけ依存度が大きく、多様な機能の集積が進むとともに強力な経済エンジンとなって、日本の発展をけん引してきた。その反面、東京では過密問題が生じ、地方では過疎問題が発生した。東京一極集中を是正すべきだという国土的課題は、半世紀以上も前から掲げられ、累次の国土計画策定や制度整備が繰り返し行われてきたのであるが、一向に是正されなかった。しかし、折りしものコロナ禍となり、東京の過密問題に宿る新たな危険性が明らかになると、我が国におけるパラダイム(社会通念)が大きく変わろうとしている。

なぜ、東京にオフィスが集中するのか。それは、政府の中枢機能が集中するため、諸情報が得られやすく企業の本社立地が集積し、ビジネス機会が集中するためである。オフィスが集積すれば、従業員は通勤可能な地域に居住するから東京圏の人口が膨大に増加した。これは、中枢の近くにいなければビジネス機会を損なう、職場に近くなければ生活できない、という旧来型のパラダイムに基づく現象だ。しかし、コロナ禍で我々が経験したリモートスタイルで、必ずしも中枢に近くなくてもビジネスが成立することや、職場に行かなくても就労できることが判明した今、新しいパラダイムが生まれた。それは、リモートスタイルで足りることは遠隔地から行えばよいということだ。つまり、東京に居なくても良いということに気づいたのだ。

オフィス立地について考えると、本社は東京になくてはならなくとも、事務部門や研究開発部門、その他のバック業務部門は本社と同じ場所になくて良い。それら機能を東京以外の地域に移転させれば、オフィスコストは激減する。社内の会議であればリモートで十分なので、出張費の増大も限定的だ。しかし、東京以外の地域なら全国どこに機能移転しても良いかというと、それは否である。本社に集まる必要性というのはゼロにはならないからだ。つまり、東京へのアクセス性の良さが確保された地域への移転が選択されるはずだ。

次に、生活面で考えたい。職場に通勤しやすい場所に住むという、「職場縛り」の居住地選択から解放されると、人々は「住み良さ」を重視した居住地選択にシフトする。就労先を変えなくても、東京以外に居住地を選択できれば、居住費は大きく下がるから、生活は実質的に豊かになる。そして、個人が持つ価値観に従って住みよい地域を選択すればよいのだ。しかし、東京以外の全ての地域が均質的に居住地選択されるかと問われれば、それも否だ。ここでも、いざという時に東京にアクセスしやすい交通条件は必要だろう。

事業所立地面でも生活面でも、「いざという時の東京アクセス」が、新しいパラダイムにおいても重要視されることは間違いないと思う。この、「いざという時」とは平時における重要な局面という意味と、非常時における完全途絶しないという意味の両面がある。平時においては高速でアクセスできることが重視されるし、非常時においては複数ルートが確保されることが重視されよう。つまり、東京との高速交通網が多重に整備されている地域が明らかに有利なのである。

つまり、愛知県で進む高速交通網のダブルネットワーク化は、新しいパラダイム(ポストコロナ時代の東京依存からの脱却)における立地選択の優位性に意義があると考えてよい。愛知県に事業所立地や居住地選択をすることで、平時における固定費の削減がコスト面での競争力向上へとつながり、非常時において東京と完全途絶しないことがBCPの観点からも評価されよう。

東京に過度に依存した国土は、企業(東京でのオフィス立地)や家計(子供の大学進学等に伴う仕送り)に高コストを強いている。この高コスト構造から解放されたとき、日本の企業や若者の成長を育む環境は良化していくに違いない。愛知県を有効に使って事業所立地や居住地選択することが、日本の国際競争力を再び高めるために貢献できると期待できよう。

愛知が東京と大阪の中間に位置することでダブルネットワークの進展を招き、高速交通網の多重化が新しい立地選択肢としての優位性につながるのだ。愛知県でのダブルネットワーク化を有効に活用する時代が本格的に到来することを期待してやまない。

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