Vol.36名古屋港水族館にシャチがやってくる!(回顧)その2 -どうやって水族館を盛り上げるか-

(vol.35「その1」からの続きです)

国内では2か所しかないシャチの飼育を行う名古屋港水族館は、「水族の知識を広め、水族の理解を深める」目的を達成するため、より多くの人々に来てもらう必要があった。勿論、経営上も重要なことだから、第二期経営計画では運営方針や利用促進策を練る事も重視されていた。これが来館者予測の次に大切な第二のミッションだったのである。

5.シャチのいる水族館は世界でも珍しい  -行って見なければ分からない!-

日本には様々な規模や特徴を持った水族館が多数存在し、その数は概ね100か所程度と推定されている(このうち、公益財団法人日本動物園水族館協会に加盟している水族館は59館)。しかし、シャチを飼育しているのは鴨川シーワールドと名古屋港水族館しか存在しない(太一町「くじらの博物館」ではクーの移送後は飼育していない)。だから、シャチを飼育している水族館の運営方針や利用促進策を国内事例だけで学ぶことは十分とは言えなかった。そうなると海外の水族館が調査対象となるが、海外でもシャチのいる水族館は極めて珍しい。当時の代表的な水族館は、バンクーバー水族館(カナダ)とサンディエゴのシーワールド(アメリカ)だった。しかし、筆者が調査を担当していた1996年当時は、インターネットは一般に普及しておらず、文献調査と言っても実態が掴めないのが実状だった。

そこで、現地調査を行うべきと考え、上司に掛け合ったところ、「赤字を出さない範囲で行ってこい」とOKが出た。大らかな時代であったと今になって思う。早速、アポを入れて現地へ飛んだ。すると二つの水族館は、シャチを飼育している点では共通していたが、運営方針は180度異なる水族館であることが分かった。

■バンクーバー水族館

バンクーバー水族館は、海に囲まれた広大なスタンレーパークの一角にあり、カナダで一般公開された最初の水族館である。世界で初めてシャチの飼育と展示を始めたのもこの水族館だ。ヨットハーバーが隣接し、緑豊かで誠に美しい景観の中にある。バンクーバー水族館では、海洋研究、海洋保全、海洋生物の保護に徹底して軸足を置いている。先住民とシャチとの付き合いも古いことから、シャチを大切な保護対象として研究目的で飼育していた。だからシャチのショーは行っておらず、シャチの生態研究や種の保存研究に飼育の目的が限定されていた。これでは名古屋港水族館に持ち帰るネタがないとホゾを噛みかけたが、いくつか注目点を見つけることができた。水族の実態について関心を高める目的で、飼育員たちの仕事場を来館者に見せるバックヤードツアーや、夜の水族を観察する泊まり込みツアー(ナイトアクアリウム)などが実施されており、当時としては国内では見られない取り組みだったので、貴重な参考例として持ち帰った。また、ショーを行っていないこともあり、来館者数は規模が大きい割には少なく、入館料収入はさほど大きくなかったが、運営費は研究活動への寄付によって一定割合が賄われていたことも日本とは異なる点だった。尚、HPを見る限り、現在はシャチのモニュメントはあるが飼育はされていないようだ。

■シーワールド・サンディエゴ

一方、サンディエゴのシーワールドは、完全にエンターテイメントに振り切っていて、水族が繰り広げるテーマパークと言えた。徹底して磨き上げられたド派手なショーに度肝を抜かれたが、環境保護団体からは批判を浴びる事も多かった。飼育員とシンクロしながら織りなすアクロバティックなショーは、シャチの能力がいかに高いかを知ることが出来る反面、シャチへの負荷が大きいとの懸念が指摘されていた。従って、楽しさを追求する事とシャチへの負荷を配慮する事のバランスを取って「魅せ方」を工夫することが大切だと学んだ。尚、シーワールドには、広大なバックヤードプールがある。ここでは、ショーを退役した多くのイルカやシャチたちが余生を過ごしていた。この光景には少々複雑な思いを抱かされた。水槽内を泳ぐイルカたちの頭数密度が高かったのである。商業主義を追求する人間の我儘を、イルカたちに強いているように筆者には映った。シャチたちが人間との信頼関係を構築し、少しでも長くストレスなく生きられる環境を、名古屋港水族館らしく確保する事が重要性だと考えた。

■モントレーベイ水族館

バンクーバーからサンディエゴに向かう途中で、モントレーベイ水族館にも立ち寄ることにした。スケジュールと費用を工面してロサンジェルスからレンタカーを飛ばした。ここにシャチはいないが、独創性の高い水族館として名を馳せていたためだ。この水族館では、閉鎖されたイワシ缶工場を大胆にリノベーションして整備された施設に、カリフォルニア州に生息する水族に焦点を当てた展示を行っている。水槽を見ていると前面に展開するモントレー湾の中にいるような錯覚に陥るのだが、これがこの水族館の狙いでもあった。ショープールは無いが、モントレー湾を一望できる大きな展望デッキがあり、ここで日がな一日海を見ていると、野生のラッコ達に出会えるのである。いつやってくるか分からないが、必ずやってくるラッコ達を、来館者はのんびり待つことを楽しんでいるようであった。また、周辺海域に生息するクラゲを大胆に水槽に入れて展示し、幻想的な光景を演出したのもモントレーベイ水族館の発案だった。地元の海に徹底して拘りながら、時に牧歌的に、時にあでやかに演出して、水族の知識普及に取り組んでいる様子が良く伝わって来た。名古屋港水族館には単純に置き換えられないが、水族館のあるべき姿の一面を教わった。

6.愛される水族館を目指した取り組み  -水族館職員による様々な工夫を発見して欲しい-

こうした海外調査を終えて、名古屋港水族館の利用促進に向けて次のような進言をしたと記憶している。①シャチに過剰な負荷をかけない楽しいショーを作り上げること(プールで飼育する哺乳類の水族の頭数には余裕を持たせることにも配慮)、②バックヤードツアーやナイトアクアリウムなどを実施して水族と飼育員との関係性に関心を高めること(いかに飼育員たちが愛情を込めて大切に水族と接しているかを伝えることは重要)、③水族たちの習性や生きるための行動を最大限に活かした魅せ方を行うこと(無理強いはしない)、④海の中にいるような空間を演出し海洋生物保護への関心を高めること、⑤研究成果の発表を積極的に行い寄付の受付を模索すること、などである。

第二期経営計画策定業務を終えて四半世紀が立つが、名古屋港水族館では様々な工夫を凝らした運営がなされている。職員の努力が実り、近年は筆者が推計した予測値よりも来館者数は多い(コロナ禍前まで)。詳しく確認したわけではないが、バックヤードツアーやナイトアクアリウムに加えてフィーディングタイムなども取り組まれているようだし、その他筆者が報告した事項のほとんどが具体化されているように思える(報告書が奏功したかどうかは定かではないが)。シャチは繁殖を繰り返し、種の保存も出来ているようである。おそらく、名古屋港水族館のシャチは、今後もステラ一族が飼育されていくのだと思うが、人間との信頼関係の上にストレスなく暮らしていってほしいと願ってやまない。

7.ガーデンふ頭における水族館の役割と今後  -名古屋市のアーバンリゾートに-

ガーデンふ頭における賑わい創出は、現時点では名古屋港水族館の孤軍奮闘と言ったところだ。しかし、今のままではガーデンふ頭の賑わいは西地区に偏っているし、水族館単独では一層の利用促進は難しい。今後は、東地区(イタリア村跡地等)を含めてガーデンふ頭全体で賑わいを創出する土地利用に転換していくことが課題だ。前面が名古屋港で周辺には倉庫が多く、住宅は少し離れているから、賑わい創出機能の誘導に適した空間である(多少騒々しくなっても問題は少ない)。名古屋市全体を見渡して、この都市に不足している集客機能をガーデンふ頭に誘致する事を期待したい。

話は飛ぶが、筆者は名古屋港開港100周年(2007年:平成19年)の際、閉館して取り壊し移転が決まっていた旧港湾会館に、シンポジウムを企画して持ち込み開催した事がある。シンポジウムが終わった後の懇親会は、営業終了後の名古屋港水族館北館を有償で借りて会場とした。シャチプールの前で懇親会を行い、食事はアリバダ(館内のレストラン)に依頼してバイキングを設営してもらった。実に幻想的で非日常的な雰囲気が醸し出され、他にはない懇親会となってとても好評だった。当時の主役「クー」がシャチプールで愛嬌を振りまいてくれたので、会場は大いに和んだのだった(クーにとっては残業だった。ゴメンナサイ!)。これは、水族館の多目的利用の一例である。

コロナ禍で入館者が減少したため、水族館は苦しい経営を強いられている。エサ代や水の循環設備の運転等による固定費が大きいためだ。今後は、シャチたちに頼り過ぎない安定経営方策を考えて行かねばなるまい。筆者は、水族館の多目的利用をはじめ、他施設との連携による多角的な集客のあり方を考えて行く必要があると思っている。そのためにも、ガーデンふ頭全体の機能をもう少し集積させて、ガーデンふ頭へ定常的に人々が往来する機会を増進していくことが必要だ。特に、民間資本による機能導入を模索して誘致し、さらなる賑わい創出につながっていくことを期待しているし、筆者も一考を続けたい。ガーデンふ頭が、名古屋市のアーバンリゾートになることを願っている。

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