Vol.175 愛知県第八次行革大綱(仮称)が目指すものは  -現行プランのバージョンアップが軸に-

愛知県は、1985年以降、累次の行革大綱のもとで行財政改革に取り組んできているが、現行プラン(あいち行革プラン2020)の計画期間が最終年度に入ったことから、次期行革大綱の策定検討に着手した。量の改革から質の改革へと転換して以来、3つ目の計画となる。2024年度「次期行革大綱策定懇談会」への参画に当たり、現行プランの成果と次期プランに求められる視点について私見を述べたい。

1.愛知県行革大綱の歴史  -量の改革から質の改革へとシフトした変遷-

筆者が知り得る愛知県行革大綱の歴史は第三次行革大綱(1999~2004年)以降で、このうち策定検討のための有識者会議への参画は第五次行革大綱(2010~2014年)以降であるため、2024年度に始まった「次期行革大綱策定懇談会」は4度目の参画となる。

図表1は、この間の主たる成果の変遷を示している。第三次行革大綱とあいち行革大綱2005では、明らかに人数と金額の削減成果が大きかったことが分かる。第五次行革大綱は量の改革から質の改革への移行期にあたり、行革効果額は大きかったものの職員定数の削減は限界に入ったことが読み取れる。しなやか県庁創造プラン以降は、職員定数や金額効果等からは主要成果は読み取れず、ここで完全に質の改革に移行した変遷が分かる。

量から質へと改革をシフトする転換期となった第五次行革大綱では、「新しい公(おおやけ)」に着眼し、NPOや企業などの地域社会に関わる主体との連携を重視した県行政を行う事を目指した。マンパワーと予算の制約が強まる中では、県庁単独で量的改革を推進する事は困難となり、量と質の改革を並行して取り組む計画とした。

しなやか県庁創造プランでは、量の改革に区切りをつけ、質の改革へと本格移行する行革を目指した。NPOや企業だけでなく、大学や市町村など多様な主体と幅広く連携して取り組むとともに、県の持てる経営資源のフル活用を図り、県民ニーズにしなやかに対応する効率的な行政運営を目指した。

2.現行プラン(あいち行革プラン2020)」の特徴と成果   -生産性を高める人財力の強化-

現行プラン(あいち行革プラン2020)の策定検討では、質の行革を追求するために最重視すべき概念は「生産性の向上」にあると筆者は主張した。これを踏まえ、愛知県はSpeedy(現地・現物・現場目線の取組)、Smart(効率的な経営資源の活用)、Sustainable(持続可能な行財政運営)の「3つのS」を改革の視点に掲げ、「スピーディでしなやかな県庁」を目指すとした。そして、生産性の向上を図る上では、職員の能力を最大限に引き出す事が重要であることから、「人財力の強化」を副題として掲げた。

進捗管理指標には、リードタイム(業務処理・停滞時間)の縮減、グッドジョブ運動の応募件数、職員一人当たりの時間外勤務時間数、サテライトオフィスの利用者数、男性職員の育児休業の取得率、女性管理職の割合などが加えられ、働き方改革やジェンダー問題など今日的な社会課題にも対応しつつ、人財力を向上して生産性を高める事を目指した。

その結果、リードタイムは累計で135,509時間縮減し、グッドジョブ運動では累計15,006件の応募があり、男性職員の育児休業取得率は60.1%に達し、女性管理職の割合は14.83%へと上昇するなど、喜ばしい成果が確認されている。

一方、職員一人当たりの時間外勤務時間数は増加していると報告された。コロナ禍への対応という特殊要因はあるものの、新しい仕事が次々と生まれる一方でスクラップが進まず職員の労働時間が減っていないことが伺われる。また、県庁の執務空間ではフリーアドレス化を目指したものの、限定的導入に留まっている様だ。ペーパレスについてはタブレットを用いた会議を導入しているものの、職員が書類の山の中に埋もれている状況は変わっていない。テレワークを利用するため導入された在宅勤務も、自由度高く職員が利用できているとは言い切れない状況と拝察した。

従って、生産性向上へと舵を切った事には敬意を表したいところだが、実態は道半ばと解される。愛知県が向かおうとしている行財政改革は、正しい選択をしていると筆者は考えるが、やっつけねばならない課題はまだ残されており、一層の取り組みが必要な段階だ。しからば次期行財政改革は、現行プランをベースに時宜を得たアップデートを施しバージョンアップを図る事を基本姿勢とすれば良いだろう。

3.次期プランに求められる視点   -知恵を生み出すコミュニケイティブな県庁に-

愛知県は、次期プランの改革の視点として①職員・組織のアップグレード、②DXの更なる推進、③持続可能な行財政運営、を掲げたいと示した。これらは、現行プランのバージョンアップを図る姿勢と受け止めることができ、筆者は好ましい打ち出し方だと捉えている。その上で、次の5点を進言しておきたい。

第一は、書類に埋もれた執務空間の改革である。書棚に囲まれ、机上の書類に埋もれた中では、コミュニケーションも取りにくいしDXを推進しようにもツインモニターを置くことすら叶うまい。紙で保存する事を限定化し原則はデジタル保存に転換すれば、大量の書棚が不要になるし、机上にはゆとりの空間が生まれるだろう。実は、5年前にも進言したのであるが、その際には文書管理規程等がこれを阻むと聞かされた。その後、デジタル保存は可能になったそうだが、過去の文書のデジタル化は進んでおらず、紙保存への依存に大きな変化はないという。是非、文書のデジタル保管を本格的に推進してほしい。

第二は、在宅勤務を自由度高く利用できる風土を醸成する事だ。筆者の感に基づく推測だが、県庁内には在宅勤務の申請を必要最小限に抑制する忖度モードが色濃く残っているのではなかろうか。モバイルPCが支給され、外部からのサーバアクセスが可能になっていれば、在宅勤務は何の支障もなく利用できるはずだ。通勤がなくなれば実務に投入できる時間が増加し、健康にも優しい。育児や介護などとの両立もしやすくなる。時間外勤務時間数が増加していることを踏まえれば、在宅勤務をはじめ、時差出勤やフレックスタイムなどを含めて多様な働き方を自由度高く選択できる健全な風土を培ってほしい。選択できることが効率化へと繋がるはずだ。

第三は、市町村との調整能力のある人材の育成だ。愛知県は広域行政を司るから、市町村との連携は必須だが、この際、市町村との調整に時間を要する事案が散見される。県職員にとってもストレスの高い事態が多く存在していることだろう。特に、技術職員が本来有しているスキルを最大限に発揮する事に支障をきたしている恐れがあるから、調整能力の高い人材の育成と配置を推進してほしい。

第四は、生成AIの活用だ。生成AIは情報収集やアイデア創出を支援するツールとして有効で、その利用は社会で急速に普遍化しつつある。但し、県職員にとっては過度に依存するにはリスクもあり、あくまでも情報収集の一環として利用すべきだろう。むしろ、庁内の情報(過去のデータを含めて)を効率よく収集できる「庁内生成AI」を構築すれば、安心して庁内情報を効率よく集めることが可能になり、業務の効率化に貢献するのではなかろうか。

第五は、教職員の働き方改革だ。企業も行政も働き方改革を推進しており、愛知県知事部局でも一定の進展が見られているが、学校現場が取り残されていないか、検証して頂きたい。公教育のリデザインを図る事で愛知県民の満足度は高まると筆者は考えているが、教職員に余裕がなければ新しい取り組みや学校改革は進むまい。是非、一度実態を踏まえた上で必要な対策を講じることをご検討願いたい。

以上が、現時点で進言したい事項だが、愛知県の職員をアップグレードしていくために有効な手段は、コミュニケイティブな組織の構築ではないかと筆者は仮設立てている。縦割り組織を打破せよとは言わない。縦割りのままでも風通し良く、相談しやすく、アイデアや協力を求めやすい組織は作れるはずだ。そのためには、各階にアメニティルームを設け、モバイルPCを小脇に抱えた職員がここに集い、気軽にコミュニケーションがとれるロビー空間を創出することを提案したい。

勿論、コーヒーなどが飲める空間が望ましい。愛知県は本庁舎の地下にコンビニを設置する計画だという。しからば、コンビニのコーヒーサーバーを各階のアメニティフロアにサテライト設置できないものか。コミュニケーションへのアクセスを高め知恵を生み出すひと工夫が欲しい。仕事は一人で考えていると煮詰まるものだ。局・部・課・係を越えて相談しやすい環境を作ることが、生産性向上に資すると筆者は経験から学んでいる。

そのためにも、文書管理をデジタル化し、書庫を一掃して机上空間を広げるとともに、余剰床面積を生み出してアメニティルームを創設する事は、生産性向上に向けてシンボリックな取り組みになるのではなかろうか。愛知県庁がこのようなことを実践すれば、県下市町村も参考にすることだろう。是非一度、ご検討頂きたいと願っている。

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