Vol.174 愛知県の芸術文化センター改革案に潜むリスク  -文化振興事業団の資質を活かすスキーム構築を-

2024年4月に愛知県県民文化局は「愛知県文化施設活性化基本計画」を策定・公表し、愛知県芸術文化センター(以下、芸文センター)の改革方針を打ち出した。芸文センターは、愛知県芸術劇場、愛知県美術館、愛知県文化情報センター、愛知県図書館の4つの機能で構成されているが、このうち基本計画では愛知県図書館を除く施設の維持管理運営改革に焦点を当てている。この改革案に潜む現時点でのリスクについて考えたい。

1.愛知県芸術文化センターの概要  -改革の対象は、「栄の芸文センター」-

今回の改革の対象は、名古屋市栄地区にある施設(いわゆる「栄の芸文センター」)で、愛知県図書館は除かれている。この芸文センターは、1992年に開館した愛知県の基幹的な芸術文化拠点で、名古屋市営地下鉄栄駅から繋がるオアシス21に直結し、アクセス性に優れたシンボリックな建物である。

芸術劇場には大ホール(2,480席)、コンサートホール(1,800席)、小ホール(282席)があり、大ホールは日本有数の舞台機構を有する劇場と認知されているほか、コンサートホールは音響効果が国内随一との評価を得ている施設である。年間を通してクラシック音楽やコンテンポラリーダンスなど様々な芸術作品が公演され、県民が舞台芸術・文化とふれあう機会を提供している。また、芸文センターの8~10Fにある愛知県美術館は、ギャラリーと企画・コレクション展示室などで構成され、8,808点に及ぶ多数の国内外コレクションを所蔵している。この他に愛知県文化情報センターはアートスペース、アートプラザ、アートライブラリーで構成され、芸術文化情報の発信機能を担っている。

現在の運営主体は愛知県文化振興事業団(以下、事業団)で、当事業団が貸館業務、自主事業の企画・主催業務、建物の維持管理業務等を行っている。愛知県が当事業団を指定管理者に任意指定し、芸術劇場の運営に5.1億円、県美術館の運営に1.5億円、施設維持管理料に3.8億円など合計約11億円の指定管理料が支払われている。

2.愛知県文化施設活性化基本計画の論点   -活性化の焦点は空間利用と収益向上-

今回公表された活性化基本計画で指摘されている課題は、①収益化されていない空間の利活用、②芸術劇場の収益パフォーマンスの向上、③美術館の利用促進、④建物の維持管理業務の効率化などがあげられている。これらについての指摘内容は以下の通りだ。

第一の収益化されていない空間とは、オアシス21との連絡空間やアートライブラリー、展望回廊、アートプラザ等を指しており、これらは無料エリアではあるが利用者数が少なく賑わいを創出していないという課題認識だ。名古屋随一の賑わいを誇る栄地区に立地し、地下鉄やオアシス21(バスターミナルを含む)と直結するアクセス性を踏まえれば、賑わいを創出して収益化する方策を検討すべきと方向づけている。また、芸術を鑑賞する人々がくつろぎながら飲食する機能を強化すべきとの示唆にも読める。

第二の芸術劇場の収益パフォーマンスについては、稼働率は全国のホールの平均と比べて高稼働を上げているものの、利用日数や利用率については更に向上させる余地があると指摘している。また、ホールの稼働のほとんどを占める貸館利用については利用者にとっての制約が強いため柔軟な運用ルールを設けることで一層の収益向上につながる演目を誘致できる可能性があり、更には貸館という形態から共催等に転換するなどして自主事業化を図る事で今以上の収益機会を得る余地があると指摘している。

第三の美術館の利用促進は、美術館が芸文センターの高層階にあることから県民の認知性が低く栄の交通結節点からの誘客が実現できていないという課題認識だ。施設の構造上の課題にも見えるが、オアシス21との連絡部分(地下2階)の空間から美術館へ誘導する情報発信力を高める必要性が示唆されていると解される。

第四の維持管理業務は、管理形態が細分化されているため、これに起因する不効率性があるとの見立てだ。施設全体を一体的に維持管理する体制を構築すべきとの課題が示唆されている。

こうした課題認識を踏まえ、活性化基本計画では現在の指定管理者の任意指定を改めるべきと方向づけ、そのあり方として「コンセッション方式(混合型)」か「公募型指定管理者制度」の導入を代替案とし、この2方式について今後さらに検討を進めるとしている。

コンセッション方式とは、PFI手法の一種で、運営権をコンセッション事業者に設定し、料金設定や事業企画、再委託等の全ての経営裁量を与えることで民間ノウハウを最大限に引き出した運営を企図する方式である。一方の公募型指定管理者制度とは、現在は任意指定(文化振興事業団の特命)としている指定方式を公募に切り替えることを指しており、これによって競争環境を活性化させるとともに事業団が保有しないスキル・リソースの導入を企図しているものと解される。

両手法は共に公募となるため、文化振興事業団は一候補者として応募し、競争を勝ち抜くことによって地位を得る必要が生じる事となる。

3.変節ともとれる県民文化局の姿勢を問う   -舞台技術力の高さと自主事業の存置を-

筆者は、長らく愛知県の行財政改革に関与してきているが、この歴史の中で芸文センターも行革の対象として扱われたことがある。文化振興事業団に特命随契して委託していたのに対し、指定管理者制度を導入して利用料金制度による収益性向上と、業務の効率化を図るように求め、結果として現在の任意指定の指定管理者制度に至っている。

この議論の中で愛知県県民文化局は、事業団が唯一無二の存在価値を有すると一貫して強調し、事業団以外の運営主体はあり得ないと主張してきた。これにより任意指定という方式に落着した経緯がある。しかし、今回の活性化基本計画の方針は、4つの課題を克服するためには、必ずしも文化振興事業団に限った選択としない姿勢に変化したと受け取れる。これは180度とも言える大きな姿勢転換である。

従来、愛知県県民文化局が主張してきた事業団の誇る固有スキルとは、大ホール等の舞台装置を操る舞台技術者が国内一級であることに依拠していた。加えて、事業団が愛知県内の各自治体と連携して展開してきた芸術文化活動(自主事業)が県民の芸術文化啓発における基幹的な活動であり、事業団が保有するネットワークなくしては実現しないという主張もあった。これを理由に愛知県県民文化局は事業団を公募に晒すことを拒み続けてきたのである。

今回の改革案によれば、コンセッション方式にしても公募型指定管理者制度にしても、事業団を市場の競争に晒すことを意味しており、仮に事業団が敗退したとしたならば、一級の舞台技術者を失い、自主事業による芸術文化啓発活動の歴史に終止符を打って連続性を失う事となる。この点に関するリスク分析は公表された活性化基本計画には記載がない。筆者は、この点に強い違和感を覚えている。

これまでの愛知県の行財政改革の経過に照らせば県民文化局が変節したと解され、収益性の向上に軸足を置いた改革を希求するあまり「木を見て森を見ず」の事態に陥り、これまで重視してきた事業団の存在意義を放逐するリスクに思慮・配慮が欠けているように映る。

確かに、活性化基本計画が指摘する4つの課題は当を得ていると理解はできる。しかし、芸文センターは芸術文化の拠点であり、エンターテイメント拠点とは自ずと性格が異なり、収益性の追求とは異次元のミッションを有している。事業団は、この点を踏まえた役割を担うべく資質を磨いてきた。事業団に帰属している舞台技術者の高いスキルと自主事業の連続性を失えば、愛知県における基幹的芸術文化拠点としての価値を損なうことになるだろう。従って、追求すべき落としどころは、事業団を活かしつつ4つの課題克服のために事業団が有していない資質を確保するための事業スキームを構築する事だ。事業団を一候補団体とする単純な公募に切り替えることはリスクが高過ぎ、これまでの県民文化局の主張を自ら否定する事になる。

今後は、4つの課題を克服し得るノウハウとリソースを持つ主体が国内外にどのように存在するかを調査するとともに、事業団が担い続けるべき役割を特定した上で、公募によって選定される新たな主体が事業団とコラボレーションできる事業スキームを構築する事が、愛知県文化県民局に課せられた重大テーマであると具申しておきたい。

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