我が国には五大港と呼ばれる港湾があり、日本経済の太宗を支えている。名古屋港はこの中でも日本一と言える指標を複数確認できる我が国を代表する大規模な国際港湾だ。今、名古屋港はその長期構想(「名古屋港の針路」2007年策定)の計画期間(2027年)の満了が徐々に近づき、次の長期構想を策定する準備的議論が始まろうとしている。本稿ではその前に、名古屋港の実力と特徴などを整理しておきたい。
1.名古屋港の特徴 -日本の中心に立地し、輸出に特化した大規模国際港湾-
五大港とは、東京港、横浜港、名古屋港、大阪港、神戸港を指し、日本の代表的港湾として位置づけられているのだが、各々に特徴を有している。図1にみるように、貿易額では東京港が1位で名古屋港が拮抗しつつ2位であるのに対し、横浜港は上位2港の7割程度、大阪港と神戸港は5割程度となっている。貿易額上位2港のうち、1位の東京港は輸入額が非常に大きく、2位の名古屋港は輸出額が圧倒的に大きい。規模は小さくなるが、大阪港は輸入額超で、横浜港と神戸港は輸出額超だ。このように五大港の中でも名古屋港は貿易額が東京港とともに国内最大規模大で、中でも輸出に特化した港湾であることが分かる。
こうした概況を把握した上で、名古屋港の特徴をもう少し深く整理しておきたい。名古屋港の特徴のポイントは、立地条件と背後圏の産業特性に集約される。
立地条件からみた特徴の第一は、五大港の中で中央に位置していることだ。これは即ち、日本の主要マーケットの中央に位置していることを意味する。中央に位置するため、国土における幹線道路網が名古屋港の近隣エリアで結節しており、そのうち第二名神を構成する伊勢湾岸道と名二環が名古屋港に直結している。幹線道路網の結節性を活かし、名古屋港は東名高速、中央自動車道、東海北陸自動車道による放射方向の各方面とも連絡性が高く、加えて名二環と東海環状自動車道による二重の環状ネットワークとも繋がっている。その結果、名古屋港は首都圏や近畿圏と物流ネットワークを構築しやすく、甲信越地域や北陸地域からの利用も可能で、かつ各方面からのアクセス時には迂回ルートを多様に持つ立地条件を有している。港湾は物流拠点であるから、その位置の優位性と交通ネットワークの重層性は利用価値を考える上で重要であり、名古屋港はこれを十分に備えている港湾だ。
次に背後圏の産業だが、名古屋港はモノづくり産業の集積地が背後にあり、これと緊密に結びついた港湾となっていることは既知の通りだ。とりわけ、自動車産業と航空宇宙産業との結びつきが強固だ。図表2に名古屋港の各ふ頭の特性を示した。
自動車産業による名古屋港の利用は、主として完成自動車の輸出と自動車部品の輸出に大別される。金城ふ頭が完成自動車の輸出拠点となっている他、トヨタ自動車は神宝ふ頭に輸出拠点を形成している。また、飛島ふ頭は名古屋港最大のコンテナターミナルだが、自動車部品はここを拠点に輸出されている。このように自動車産業は輸出基地として名古屋港を利用している。これに対し、航空宇宙産業は製造拠点としての土地利用が目立つ。三菱重工業が大江ふ頭を中心に生産拠点を置くほか、川崎重工は弥冨ふ頭などに生産拠点があり、航空宇宙産業は生産機能を名古屋港に置いているのが特徴だ。
一方、名古屋港の東側一帯には重厚長大産業が展開している。その代表格が東海元浜ふ頭に立地稼働している日本製鉄名古屋製鉄所だ。その南側の北浜ふ頭には大同特殊鋼知多工場、北東側には愛知製鋼知多工場が隣接しているなど製鉄拠点となっている。これらの製鉄所は、いずれも自動車向けの材料を生産しており、自動車産業と密接に結びついた産業立地である。このように、名古屋港全体が背後地に集積する産業によって直接・間接的に利用されており、モノづくり産業の活動を支える輸出特化型の港湾であるのが名古屋港の特徴だ。
2.日本一と言われる所以 -規模・取扱量ともに日本最大の港湾-
名古屋港は日本一とよく言われるのだが、五大港の主要指標で改めて比較してみたい(図表3)。まず、臨港地区(陸域の広さ)だが、名古屋港が圧倒的に1位だ。入港船舶数は大阪港が最も多いが、これはフェリーや旅客船等の入港船舶が多いことによる(名古屋港はこうした旅客利用は少ない)。総取扱貨物量(外貿と内貿の合計のトン数)では名古屋港が圧倒的に1位で、20年近く首位の座をキープしている。外貿コンテナの取扱個数は東京港が1位だが、これは主として輸入品が中心だ。貿易額(=輸出額+輸入額)は図1でも見た通り1位は東京港だが名古屋港も拮抗している。そして、貿易額のうち「輸出額-輸入額」で表される貿易収支額では、名古屋港の黒字額が圧倒的に大きくて1位だ。そして、完成自動車の輸出台数も名古屋港が圧倒的に日本一である。
このように、名古屋港は規模(広さ)と貨物の取扱量および貿易収支額などで我が国1位の港湾であり、五大港の中でも存在感は特段に大きい。
3.名古屋港の抱える課題 -余剰空間は枯渇。日本一でありながら国際戦略港湾ではない-
さて、規模と輸出貨物量で日本一の名古屋港であるが、抱える課題は何であろうか。現時点で筆者が列挙できるものを明示しておきたい。
第一は、多くの河川(天白川、堀川、荒子川、庄内川、新川、日光川)の河口部に立地する事から大量の土砂が流入するため、航路を維持するための浚渫が常に必要であることだ。このため、浚渫土砂の処分場が必要不可欠で、ポートアイランドがその役割を果たしているが受け入れは限界で、中部国際空港沖に新たな処分場の確保を進めている。また、水深が比較的浅いため大水深バース(水深の深い岸壁)を確保する事が容易ではなく、現在は16m水深と15m水深のバースを各1バース(飛島ふ頭)有するが、船舶の大型化が進む世界的潮流からは十分とは言えない。
第二は、都市機能の立地がほとんどないことだ。東京港や横浜港などでは、物流拠点としての役割を終えたふ頭にオフィス、商業、ホテル、住宅などの都市機能が立地し、都市空間や賑わい空間を既成市街地と一体的に形成しているが、名古屋港にはこうした空間がない。ガーデンふ頭にこの役割が期待されているのだが、現時点では名古屋港水族館が立地するのみで不十分だ。また、金城ふ頭にはポートメッセ名古屋(コンベンション施設)やレゴランド(テーマパーク)などが立地し、交流・集客機能が立地しているが、既成市街地とは離隔距離が大きく一体感に乏しい。
第三は、物流拠点としての余剰空間が枯渇し始めている事だ。図2で見たように、各ふ頭は特徴的な用途を持ちつつほぼ物流機能や生産機能の立地で稼働済みだ。このため、木場地区の貯木場を埋め立てるなどして陸域の確保をしてきたのだが限界が近づいている。今後、名古屋港に新たな機能立地が求められる場合にはお手上げの状態となるから、大規模な新しい陸域が必要で、その候補となるのがポートアイランドと南5区(北浜ふ頭の南側の南浜ふ頭の更に南部)だ。特に、飛島ふ頭や鍋田ふ頭に近接しているポートアイランドの活用に期待がかかる。
第四は、名古屋港は日本一の港湾でありながら実態は地域色が強い事だ。日本一の輸出港湾であり、我が国の貿易黒字の半分近くを計上している港湾ではあるが、自動車産業という地域固有の産業と結びついた港湾ということもできる。日本経済に多大な貢献をしていることは論を待たないが、見方によっては地域密着型の港湾と指摘されても異論のないところだ。我が国の港湾は、港湾法によって階層が定められており、その最上位が「国際戦略港湾」であるが、この指定を受けているのは東京港、横浜港、川崎港、大阪港、神戸港だ。五大港のうち、名古屋港だけが指定されておらず、一つ下位の「国際拠点港湾」の指定となっている。このような位置づけでは、今後の名古屋港がより大きな役割を果たしていこうとした場合に不都合と言わざるを得ない。尚、名古屋港は四日市港とセットで伊勢湾港という位置づけの下、スーパー中枢港湾に指定されているが、これは岸壁の大水深化を促進する指定であって、港湾全体の位置づけではない。
第五は、防災と環境問題への貢献だ。南海トラフ大地震をはじめとする大規模災害への備えを強化するとともに、カーボンニュートラルに貢献する環境負荷低減型エネルギーの供給基地としての役割を求められることは間違いなく、強く念頭に置かねばなるまい。
第六は、自主財源が乏しい事だ。名古屋港の管理者は名古屋港管理組合で、愛知県と名古屋市が出捐する一部事務組合だ。従って、名古屋港の整備と管理に必要な財源は、県市の負担金によって賄われ、名古屋港管理組合の自主財源は極めて限定的だ。自主財源を抑制された上で、負担元が県市に限られているわけだ。現実は、名古屋港は5市村(名古屋市、東海市、知多市、弥富市、飛島村)にまたがっているにもかかわらず、名古屋市を除く4市村は名古屋港から経済効果を享受しながら負担金を出していない。これでは、インプットとアウトプットが著しく不均衡だと言わざるを得ず、名古屋港の運営に行き詰まりが生まれても仕方あるまい。
こうした課題を念頭に置いて、今後の名古屋港の望ましい発展の姿を論じていく必要がある。筆者は、「地域密着型港湾」から「日本経済を支える港湾」へと飛躍するシナリオを描くことが要諦になると考えており、別稿でその愚説を述べたい。