Vol.37名古屋にはアーバンリゾートが足りない!? -住み良い名古屋に欠けているもの-

名古屋は実に住み良い都市だ。しかし、何かが足りない。世界に名だたる都市や、国内の大都市にあって名古屋に無いものは何か?第一は歴史相応のブランド性、第二はアーバンリゾート、第三は国際性ではないかと筆者は思う。四半世紀を越えて名古屋に在住する者の視点で考えたい。読者の皆さんのお考えと比較して頂けると幸いだ。

1.住み良いが足りていないものは何か?  -それが何かを我々は共有できていない-

名古屋の住み良さは「3つのゆとり」にあると以前に書いた(vol.5ご参照)。大都市で比較すれば、①空間的、②時間的、③経済的なゆとりを実感する。過密問題はほとんどなく、通勤時間は短く、物価も安いことが、それぞれの典型例だ。さらに加えて言えば、小中学生の医療費は無料であるし、高齢者の公共交通料金を減免する「敬老パス」のお得感は国内随一だ。従って、子育てにも、勤労者にも、高齢者にも優しい街だとも言える。

角度を変え、便利さで語るとすれば、市内の移動しやすさと市外への広域移動において名古屋は際立っている。人口230万人の大都市であるが、都心部がコンパクトにまとまっているので、仕事をするにも買い物をするにも特定のエリア内で集中的に済ますことができる。また、国土においては中央に位置しているから、広域移動にも便利な立地だ。東京や大阪との往来は新幹線で容易にできるし、高速道路ネットワークが充実しているので車を使えば海や山へと360度の方面に行動しやすい。

このように住み良さには太鼓判を押せる名古屋であるが、筆者を含めて多くの人が「何かが足りない」と感じていると思う。しかし、不思議なことに、我々は足りないものが何でるかを具体的に特定できておらず、共有出来ていないように思う。贅沢な悩みではあるが、本稿では四半世紀以上を名古屋に在住している筆者の主観で、この不足点を考えてみたい。

2.重厚な歴史があるのにブランド性を感じない  -400年前からの大城下町なのに?-

第一に、名古屋のブランド性の不足を指摘したい。ここでは歴史に根ざしたブランド性に着目してみる。歴史に名を刻んだ都市は、多くの場合、一定のブランド性を培っている。そこには古い歴史を偲ぶことが出来る資源や空間あるいは物語が存在し、その街を紹介する際には欠かせないアイコンになっている。そうした街では、当然だが、市民もそのことをよく認識していて、愛着の象徴として受け止めていることが多い。京都や奈良、鎌倉は別格としても、東京や大阪にも歴史に根ざしたブランド性を有する地区があるし、地方都市においても多くの都市で歴史に根ざしたブランド性が培われている。

翻って、名古屋はどうか。名古屋の歴史は、1612年に徳川家康の命で名古屋城が築城され、当時の尾張の拠点であった清州から街ごと名古屋城下に引っ越しした(清州越し)ことから始まる。実に400年来の歴史があるのだが、名古屋の市民生活においてこれを実感する機会は少ないし、市民の間で語られる機会も少ない。その理由は、空襲によって城下町としての痕跡のほとんど全てを失ったことにある。今でも名古屋城下の碁盤割は残っているし、名古屋城郭も残っている。しかし、市民が城下町としての歴史の上に暮らしていることを実感することはなく、これでは歴史に根ざしたブランド性が培われるはずはない。ここが誠に残念に思われるところだ。

歴史的資源の殆どが戦災で焼き尽くされた以上、名古屋にこれを求めても始まらない。わずかながらに残された歴史的資源に光を当て、この街に誇るべき歴史がある事を市民が感じ取れる機会を増進していかねばなるまい。それには、日常の生業の中に歴史を感じ取れるアクティビティが必要だ。仮に、古くからの寺社仏閣が多く残っていたとしても、それだけではブランド性は構築されないからだ。歴史的資源と住居、オフィス、ホテル、商業施設などの都市機能が共存する事で、住居地区やオフィス街としてのブランド性が醸成されるのだと思う。

名古屋には、名古屋城と言う城郭が残っている。天守閣は戦災で焼け落ちたので戦後に再建されたレプリカだが、お堀や石垣には築城以来の歴史が息づいている。これらは特別史跡(国宝級)として認定されており、この街のルーツとなった大切な歴史的資源だ。また、名古屋城郭内に立地する愛知県本庁舎(昭和13年竣工)と名古屋市本庁舎(昭和8年竣工)は、戦災を生き延びた建物で、帝冠様式として並び建っている。これらの庁舎は共に重要文化財に指定されている。こうして名城地区には大規模な特別史跡と重要文化財が数百メートルの中に集中しているにもかかわらず、歴史文化の発信拠点とはなっていない。その理由は、城郭内の殆どを官庁街として利用していることにあるのではなかろうか。

名古屋市三の丸地区は、東京の霞が関地区に次ぐ大規模な官庁街だ。これは良い事も多いのだが、官庁街として独占している事が歴史文化の発信力にフタをしてしまっているように思う。国の地方局や県庁本庁舎、市役所本庁舎には、一般市民が足を運ぶことはほとんどないからだ。行政に属する人々だけの街区になっているから、歴史文化の発信拠点となることができていないように思う。

だから官庁街として独占するのではなく、市民に開放するような土地利用に転換していくことが有効だと考えている。筆者が幹事を仰せつかっている「名古屋三の丸ルネサンス期成会」では、愛知県と名古屋市の本庁舎を庁舎として使用することを止めて、迎賓ホテルや博物館に転用する事で、市民や来訪者が名古屋の歴史性に触れ、文化性の発信へと繋がっていくことを企図できると提言した(vol.16ご参照)。

名古屋の街が本来有する歴史性を、市民生活の中で発信し、民間のオフィス機能や交流機能(ホテルを含む)などと共存していけば、この地区に独自のブランド性が培われていくに違いない。さすれば、この街の対外的な発信力も高まっていくと思うのだ。

3.アーバンリゾートが無い!  -アーバンリゾートの定義と成立条件-

第二に、名古屋にアーバンリゾートが欲しいと思う。筆者の考えではあるが、アーバンリゾートの定義を述べてみたい(図表1)。一般にリゾートは、週末や長期休暇に自宅から遠くの景勝地や海外などに行って旅行気分を満喫できる場所であるのに対し、アーバンリゾートは、平日に職場から近くの都市内で、老若男女がリフレッシュする空間と定義したい。オフィス集積地から、アフターファイブに公共交通を利用して20分程度で到着できる立地で、水辺を眺め、高層ビルの夜景を借景にワイングラスなどが似合うお洒落な空間とイメージしたい。日常的に利用できる都心部(近傍を含む)のリフレッシュ空間と言うわけだ。

国内の大都市には、こういった場所がある。東京のお台場、横浜のMM21、大阪の南港、神戸のみなと元町などがこれにあたろう。また、誰もが知る海外の大都市でも同様だ。ニューヨークのピア17、パリのセーヌ川河畔、ロンドンのドックランズ、シンガポールのクラーク・キーなどが思い浮かぶ。

ここで言うアーバンリゾートとは、いわゆる歓楽街とは一線を画す。名古屋には「錦三」と呼ばれる歓楽街があるが、こうした歓楽街に集積するバーやスナックは、「閉ざされた空間」である。閉ざされているが故に特別な空間になっているのだろうが、アーバンリゾートはオープンな空間を使ってリフレッシュに適した都市空間として位置付けたい。そして、国内外の事例を見ると、水辺をうまく活用している例が多い。都市内河川の沿岸を活用したり、古いふ頭などを改修して活用するなどして、都心からほど近い立地に整備されている。名古屋には、堀川、新堀川、中川運河と言った水辺があり、名古屋港ガーデンふ頭もある。こうした所にアーバンリゾートとしての機能整備を進めて行くことができれば、名古屋の格も一つ上がるに違いないと思う。

4.発展途上と言って良い国際性  -異文化共生は根付いていない-

第三に、名古屋は大都市としては国際性に乏しい。名古屋は間違いなく日本で第三の大都市だ(vol.23ご参照)。しかし、東京や大阪と比べると国際性は発展途上だ。名古屋市内で国際色を感じることが出来るのは、わずかに大須商店街の中にある外国食の飲食店と、通称「女子大小路」(栄四丁目界隈)の外国人バーぐらいではなかろうか。

また、一般に都市の国際性を表す指標として国際会議の開催件数を用いることが多いが、名古屋は国内6位に甘んじている。大都市ランキングでは名古屋が3位で福岡は5位だが、国際会議の開催件数では福岡に後塵を拝しているのが実情だ。また、国際的拠点空港としてセントレア(常滑市)があるが、残念ながら世界的なフルサービスキャリアの就航便数は多いとは言えない。

筆者が名古屋で国際性の兆しを感じたのは3度に限られている。1度目は2005年の愛・地球博の開催期間中だ。この時は、博覧会に出展した各国パビリオンの関係者(外国人)が名古屋市内でも多く見かけることができた。地下鉄の車内放送で英語や中国語、韓国語などの案内を聞くようにもなった。しかし、博覧会が終わると潮が引くように外国人の姿は消え、名古屋の国際性が定着したと実感する事は叶わなかった。2度目はリーマンショック前の2008年頃で、インバウンド観光客が増加し、いわゆる中国人の「爆買い」が話題となっていた頃だ。しかし、リーマンショックとともにインバウンド観光客は姿を消した。そして3度目はMRJ(現、スペースジェット)の開発に伴って外国人技術者が多く採用された2017年頃だ。しかし、MRJの開発が思うように進まずコロナ禍もあって2020年になるとこれらの外国人技術者たちも少なくなっていった。

名古屋市及び近郊地域で集積しているモノづくり企業は、1980年代に海外進出を加速させ、「出て行く」国際化は産業界では相当に進んでいるが、都市内においては「入ってくる」国際化が進展していないのが実情だ。コロナ禍が世界的に沈静化すれば、インバウンド観光客も再び増えて行くのであろうが、本質的な都市の国際化を進めるためには、国際会議が着実に増加し、外資系企業のオフィス機能集積が高まっていくことが必要だ。名古屋市は、白鳥国際会議場の大規模改修に着手する。これによって国際会議の誘致力を高めることが狙いであり、大いに期待したいところだ。しかし、外資系企業の集積誘導についてはさしたる動きはない。この点については、次項に述べる名古屋の立地ポテンシャルを今一度見つめなおして取り組んでいくことが必要だ。

5.克服のきっかけはリニア開業にある際性  -名古屋の利用価値が認知されるとき-

上記の三つの不足点を克服していくためには、リニア開業によって得る名古屋の立地ポテンシャルを捉え直すことが有効だと筆者は考えている。

三の丸の再生にあたって歴史文化の発信性を高めてブランド性を構築していくためには、歴史資源と迎賓ホテル機能や博物館機能、更には民間オフィス機能等が共存していくことが必要だと考えているが、自然体ではこのようには動いていかない。強烈な契機が必要だ。それがリニア開業による名古屋の立地ポテンシャルの開花と、もうひとつは南海トラフ地震を想定した防災司令塔機能の整備と捉えたい。リニアが開業すれば、「安くて便利」で「住み良い」名古屋を有効に使う意義は理解されると思うが、確実な潮流にするためには、名古屋のブランド性を高める取り組みが必要性だと認知されていくはずだ。また、名古屋を有効に使うためには、南海トラフ地震への備えを強化しておかねばならない。これらを同時に進めるために三の丸地区を有効に使う事が、重要な取り組みになるだろう。

同時に、名古屋を有効に使うためには、都市内におけるリフレッシュ空間の充実も必然的に求められるだろうから、アーバンリゾートを名古屋市内の水辺空間に整備して行く機運が高まっていくと期待したい。アーバンリゾートの充実は、名古屋の住み良さにワクワク感を加える重要な役割があると思う。

そして、こうしたブランド性やワクワク感が名古屋に備わった時、外資系企業にも名古屋の利用価値が理解されていくことになるのではなかろうか。

歴史の重みを肌で感じ、明日への活力を育むアーバンリゾートがあり、異文化との共生を日常で実践する事ができれば、住み良い名古屋はさらに素晴らしい大都市として、世界に評価されると筆者は思う。読者の皆様のお考えはいかがだろうか。

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