Vol.32名古屋港・イタリア村の失敗は何を示唆したのか? -PFIにおけるプロジェクトファイナンスの重要性-

名古屋港ガーデンふ頭に名古屋港イタリア村(以下、イタリア村)という複合商業施設があったことをご存じだろうか。ガーデンふ頭に残っていた古い倉庫群を活用した独立採算型PFI事業であったが、開業後3年で閉鎖に追い込まれた。この事業の失敗の原因は何だったのか?イタリア村のPFI事業を振り返るとともに、そこから学び取れる今後への糧を整理しておきたい。

1.ガーデンふ頭に集客機能を創るという事業  -古い倉庫群を活用してPFIに-

ガーデンふ頭は、名古屋港の開港(明治後期)当初に物流拠点の中心を担った古いふ頭だ。その後、名古屋港は港勢発展とともに主要ふ頭を順次沖合に整備して中心を移して行ったため、物流拠点としてのガーデンふ頭の役割は終わっている。現在のガーデンふ頭の位置づけは、名古屋港の中で最も市街地に近くて地下鉄名古屋港駅(名港線)も整備されているので、多くの市民に来訪してもらい、名古屋港と親しむ機会を創る空間として利用しようという方針になっている。

この方針の下、ガーデンふ頭には市民が海洋文化に触れあいながら賑わいを創出する施設が整備されている。シャチやウミガメでお馴染みの名古屋港水族館をはじめ、ジェティ(飲食・ショッピングゾーン)、南極観測船ふじ、クルーズ船着岸バース、シートレインランドなどである。これらの施設は、ガーデンふ頭の西地区に集中しているため、東地区にも賑わいを創出するための集客機能として事業化されたのが、イタリア村であった。開業したのは、愛知万博開催と中部国際空港開港で地域が沸いていた2005年であった。

ガーデンふ頭の東地区には古い倉庫群が残っていたため、名古屋港管理組合は倉庫群を改修して集客機能を整備し、その収益で整備費と運営費を賄う独立採算型PFI方式を導入した。事業者を公募した結果、PFI事業者として選定されたのは、セラヴィリゾート株式会社を代表企業とするグループで、事業着手に当たってはセラヴィリゾートを親会社とする「名古屋港イタリア村株式会社」を設立して開発と運営に当たらせた。イタリア村開業後は、セラヴィホールディングスが設立され、セラヴィリゾートを含む全ての関係会社がこの傘下となった。

2.わずか3年で閉鎖に  -原因は集客減少と代表企業の経営破綻-

イタリア村は、ヴェネツィアを模した空間に、約80店舗の専門店や飲食店を誘致し、入場無料で過ごせる複合商業施設で、ヴェネツィア風に水路や橋を整備して有料のゴンドラを配置したり、ミケランジェロのダビデ像や真実の口などのレプリカ(ヴェネツィアにあるものではないが)を配置するなどして、イタリアを演出していた。また、イタリア村に隣接して結婚式場が立地した他、イタリア村内には店舗の他に温浴施設も計画されるなどして、多様な目的の人々が訪れる集客拠点を目指した。開業した2005年には420万人が訪れたと発表され、華々しい賑わいを見せたが、翌年以降は来訪客が前年比半減という急速なペースで減少し3年後の2008年5月に閉鎖となった。わずか3年で幕を閉じたのである。

この時、イタリア村株式会社は、170億円の負債を抱えて経営破綻し、東京地裁に自己破産を申告した。集客が減少した事に加えて、着手していた温浴施設(建築中止)の整備費を含めた有利子負債が肥大化し、資金繰りが頓挫したことが直接の破綻の原因である。同年10月には、セラヴィホールディングスも民事再生手続きを申請して倒産した。また、経営破綻とは別に、違法建築物も明らかになった。この地区は、伊勢湾台風の被害を受けたことを教訓に、高潮被害を防ぐため木造建築物が建てられないように名古屋市建築条例で定められているが、鉄骨造と偽って木造建築物を建築して店舗に利用していたことも判明したのである。恐らく、コスト削減を画策したのではないかと推測される。

イタリア村閉鎖によって従業員は全て解雇されたが、雇用に際して本事業は20年間の事業と説明されていたため従業員の多くが解雇に不服を申し立てて裁判となり、被告には名古屋港管理組合が立たされることとなった。こうして、名古屋港ガーデンふ頭に賑わいを創出する事業は失敗に終わり、その後には係争問題が残されるという後味の悪い結末となったのである(結婚式場は経営が別で存続した)。

3.検証して判明した反省点  -PFIは公共事業だから倒産隔離が重要-

筆者は、シンクタンクに所属してPFI事業に携わっていたが、イタリア村の計画については情報を掴んでいなかった。計画を知って「これは出遅れた!」と思い、名古屋港管理組合に出向いて調査・コンサルティングを担当したいと申し出たが、時すでに遅かった。入札にも参加できずに傍観者となったことが、誠に残念な思いであった。

ところが、予想外の展開が待っていた。イタリア村閉鎖後、名古屋市と愛知県から「イタリア村のPFI事業を総括したいので、検証作業を頼みたい」という依頼が舞い込んだのである。PFIの専門家としては悲しい作業ではあったが、民活の推進と活性化を望んでいたので、反省点を明らかにして今後の糧とすべく、これを引き受けて検証作業に取り掛かった。検証を進めたところ、反省すべき点がいくつか分かった。この中で、特に筆者の記憶に残ったことを要約してご紹介したい。

PFIとは、公共事業の設計、建設、資金調達、維持管理運営を一括して民間に委ねる方式の事で、わが国の代表的な民活手法である。1999年(平成11年)にPFI法が施行されて以来、全国で取り組まれている。行政は、PFI事業者との契約に当り、特別目的会社(SPC:Special Purpose Company)を設立させ、これとPFI契約を結ぶ。SPCとは、当該PFI事業だけに専念する会社で、他の事業には手を出せないから、事業の実態と会社の財務が一体化するため監視しやすい。そして、SPCが資金調達を行う場合には、プロジェクトファイナンスを組成する事が望ましい。プロジェクトファイナンスは、SPCが取り組む事業の確からしさを信用して融資する方式の事で、親会社の信用とは関係なく資金を直接的にSPCが調達する。SPCもプロジェクトファイナンスも、公共事業の継続性を担保するための方策であり、PFI契約の期間中に民間企業が直面するかもしれない経営不安と切り離しておくことを狙いとしている。SPCがプロジェクトファイナンスで資金を調達していれば、仮に親会社が倒産したとしても銀行は資金を引き揚げず融資は継続するので事業が停滞する事はなく、行政は安心して公共事業をSPCに委ねることができるのである。これを「倒産隔離」と言う。

ところが、イタリア村の場合はプロジェクトファイナンスを行っていなかった。実態は、イタリア村(SPC)の親会社であるセラヴィリゾートが自社の信用(財産や収益力)で銀行から資金を借り入れ(コーポレートファイナンスと言う)、これを子会社であるイタリア村に貸し付けていたのである。いわゆる親子ローンの形態で、これだと親会社と倒産隔離ができていない。これがイタリア村閉鎖に直結した。イタリア村は来場者の減少によって経営不振に陥り、親会社のセラヴィリゾートへの返済が滞ったのだが、親会社も経営が悪化していたのでこれを支えることが出来ず、両者が共倒れとなったのである。

また、イタリア村で採用されていた独立採算型PFI事業の場合、SPCは行政(名古屋港管理組合)からの収入は無く、SPCが自らの収益だけで投資を回収しながら利益を確保して運営する契約となっているため、イタリア村が経営不振となっても名古屋港管理組合は経済的支援をする立場にない。独立再採算型PFIの採用は、収益見通しを精査しておくことが重要であるが、イタリア村の場合は集客数の市場調査に甘さがあったし、独立採算型を選んだことも良くなかったと筆者は報告した。

このように、PFIは公共事業であるから倒産隔離をしておくことが重要であるし、独立採算型の場合は特に正確な収益見通しを得ておくことが肝要なのであるが、イタリア村の場合はこの2つを欠いていた事が失敗の原因だと総括したのである。更に付け加えれば、名古屋港管理組合のモニタリング姿勢にも問題があった。注意深く経営状況を監視していれば、善後策を協議する事もできたかもしれないが、気づいたときには倒産が目前に迫っていて対応のしようがなかった点も反省点であった。

PFIは公共事業を民間に委ねる方式であるが、民間に委ねても公共事業に変わりはない。公共事業である以上、停滞は許されないので、民間の倒産リスクから切り離しておくことが二重三重に必要だ。プロジェクトファイナンスは、これを確立するための資金調達手法で、公共事業との相性が良い。しかし、プロジェクトファイナンスは手続きが複雑で金利も通常より上がる傾向があるため、民間企業にとっても行政にとっても敷居が高い。それでも「倒産隔離」と言う重要な役割があり、公共事業にとっての必然性があることを肝に銘じておかねばならない。

名古屋港管理組合は、この検証結果を踏まえ、名古屋港管理組合本庁舎建て替え事業をPFI方式で実施した。このPFI事業は見事に成功し、ガーデンふ頭の新しいランドマークとなっている。イタリア村の失敗を糧に、捲土重来を図ったのであるから、無駄ではなかったと言って良いだろう。今後は、名古屋港ガーデンふ頭に新たな賑わいが創出されることを期待している。

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