Vol.11 日本学術会議任命拒否問題に思う事 -強権発動とリーダーシップの狭間―

1.日本学術会議法に定める任命ルール

2020年10月に話題を集めた日本学術会議問題。規定により会員の半分が交代する2020年の新任人事を巡り、日本学術会議側が推薦した105名のうち就任直後の菅内閣総理大臣が6人の任命を拒否したことに端を発する問題だ。

日本学術会議法では、その第十七条で、日本学術会議側が「優れた研究又は業績がある科学者のうちから会員の候補者を選考」して内閣総理大臣に推薦するとされている。そして、この推薦に基づき内閣総理大臣が任命するのであるが、この際上記の任命拒否が起きたのである。

ここで筆者が整理したい論点は二つある。第一は内閣総理大臣が任命を拒否する事の可否であり、第二は任命拒否の理由である。

第一の任命拒否であるが、「推薦に基づいて任命する」権限を持つ内閣総理大臣は、同時に任命を拒否する権限を持っていると解することが自然だと筆者は考える。推薦されたまま「イエス」としか言えないとすれば人事権者とは言えず、人事権者は承認と否認の双方の権限を持っていなければ務まらない。これは、民間企業に置き換えても日常のことで、例えば人事部が推薦してきた昇格者候補を社長が否認する事は当然にしてあり得る話だ。但し、学術会議について言えば、推薦された学者の全てを任命する事が長らく慣例になってきたことに着目する必要がある。先に述べたように、内閣総理大臣は慣例があろうと、これを破り任命を拒否する権限を持っていると筆者は考えるが、長期の慣例はルールに準ずるものとして関係者が認識しているから、一定の段取りと配慮をもって断行することが必要だと思う。内閣総理大臣には「権利があるのだから、いきなり何でもやって良い」という考え方と言動は、独裁者を彷彿させるには十分で、この点において拒絶反応が社会に生じたのではなかろうか。

第二に、任命拒否の理由については、日本学術会議法の第十七条に記されている「優れた研究又は業績」に照らして合理的な説明が出来るか否かである。学術会議側は当然にして「優れた研究又は業績」を説明できる者を推薦しているはずであるが、任命を拒否した内閣総理大臣側にこれを論破するに足る理由があっただろうか。日本の最高レベルの学者が認める研究や業績を否定する事は容易ではない。筆者は、恐らく法に則した理由はなく、理由は別のところにあったと想像している。しかし、法に規定がある以上、「優れた研究又は業績とは別の理由で拒否した」とは正面から言えるはずがない。だから、首相官邸サイドから理由が明かされることは今後もないだろうと筆者は思っている。

2.順序だてた議論が必要な任命問題とあり方問題

官邸側は、日本学術会議のあり方問題を議論する必要があるとして、これに着手した。あり方問題を議論すること自体、何の問題もなく、むしろ日本学術会議の機能を更に有効活用できるように議論する事は結構なことだと思う。しかし、任命拒否問題を先に振り込んでおいてから、拒否理由を説明することなくあり方問題に転じて行くやり方は順番が違うと感じざるを得ない。

 あり方問題の検討では、議題を適切に構成すれば、日本学術会議に求める役割や活動指針を整理したうえで、これを遂行すべき会員に求められる資質についても議論する事が可能だろう。つまり、任命ルールの運用変更や改定を行う必要性がそこで確認できる可能性がある。こうして、あり方問題の議論が終わった後であれば、任命を拒否する合理的な理由も示せたと思うのだ。しかしながら、理由なき任命拒否を先行し、あり方問題にすり替えるような展開では、国民からは独善的な振る舞いに映るのは致し方ない。

3.強権とリーダーシップの狭間

コロナ禍における政府の対応は後手後手の印象が否めず、打ち出す施策には中途半端との批判が付きまとっている。筆者も同様の印象を持っている(vol.3、vol.4ご参照)。中央政府にしかできない法整備や予算措置があるのだから、非常時にあってはこれを迅速に、時には前例に拘らず講じていくことがリーダーには求められると思う。無論、リーダーシップを発揮しようとすれば社会には波紋が広がり批判も出るであろうが、信念を持って国民に語りかければ、日本国はまとまりを乱さずついて行くはずだ。

 しかし、コロナ対策ではこうしたリーダーとしての姿が映し出されることはなく、日本学術会議のような人事に絡む際に強権発動的な振る舞いを前政権(安倍政権)から繰り返している(検事総長の人事問題を思い起こす)。人事権を行使することを問題としているのではない。人事発令に慣例や運用原則などがある場合には、これを覆す理由の説明や段取りが先にあれば良いのだ。そうでなければ特定の利益のために強権を濫用しているように見えるし、刹那的でエキセントリックな行為に思えてしまうのだ。

本来、政治家のリーダーシップの中には強権発動が含まれて良いと筆者は思う。しかし、いずれの場合でも避けてならないのは、国民への「説明と呼びかけ」であり、これに基づく「世論形成力」への努力であると思う。これが欠落したまま強権発動を繰り返せば、リーダーシップなき独裁との烙印を押されよう。今の政治には、「リーダーシップ」の中にある適切な「強権発動」という構図が見えず、この二つにあるべきでない狭間があるようで違和感を禁じえない。

2021年は、日本国民を代表する政治家によるリーダーシップを、肌で感じる政治を展開して欲しいと願うばかりだ。

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