Vol.127 中部圏開発整備計画の役割は終わったのか?  -大都市圏制度を構成する三圏計画の一つだが…-

我が国の国土計画揺籃期においては、東京一極集中をはじめとする大都市圏の過密問題に対処すべく大都市圏制度の構築が取り組まれ、首都圏整備法(1956年)、近畿圏整備法(1963年)、中部圏開発整備法(1966年)が順に制定された(以下、三圏計画)。一方、国土全体の計画については全国総合開発計画が1962年に策定され、五次にわたる策定の後、現在の国土形成計画に継承されている。大都市圏制度創設から半世紀以上が経過した今日、三圏計画は一定の役割を終えたようにも思えるが仕切り直しの必要はなかろうか。

1.大都市圏制度の狙いと概要  -過密問題を解消し圏域の均衡ある発展を企図-

1960年前後の国土においては、大都市圏の都心に人口と産業が集中したことによる通勤ラッシュが問題視されていた。首都圏では最混雑時の鉄道の乗車効率が300%、近畿圏では250%、中部圏では200%程度となり、これを緩和する必要性に迫られた。また、無秩序な市街化が進展している事も問題視されていた。こうした認識から、人口・産業を都心部の外側(郊外地域)に誘導する事を計画の旨として三圏計画が策定されたのである。

最も問題視された東京を抱える首都圏整備法の制定は1956年で、全国総開発計画の策定(1962年)よりも早かった事が当時の危機感を物語っている。また、一番最後に制定されたのが中部圏開発整備法(1966年)だが、中部圏だけに「開発」という言葉が挿入されている。これは、「開発」と表現する地域は「整備」と表現する地域よりも都市化熟度が低いという表現で、三大都市圏の中では中部圏が最もフロンティア性が強いという認識が組み込まれていたものと解される。

三圏計画の中では、各々の大都市圏内に3つの政策区域(都市整備区域、都市開発区域、保全区域)が指定されている(図表1)。「都市整備区域」は産業立地が進んでいる都市で、都市機能が十分に発揮されるように基盤整備を行う必要がある区域(都心及び都心付近の地域)を指し、「都市開発区域」は都市整備区域以外に工業等の産業都市として開発する事を必要とする区域(都心の近郊・郊外地域)を指し、「保全区域」は観光資源を保全もしくは開発し、緑地を保全し又は文化材を保存する必要がある区域を指すもので、各区域に適する地区を指定する事ができる。そして、法において「政府は計画(上記の政策区域を含む)を実施するため必要な資金の確保を図り、国の財政の許す範囲内においてその実施を促進することに努めること」とされている。三圏計画を策定し政策区域を指定することで、計画推進に向けて国の支援を得られることが約定されたのである。

要約すれば、大都市圏制度の狙いは、大都市中心部の過密問題を緩和するために、①都心への工業進出・大学の立地を抑制し、②郊外に工業等の産業集積を促進するとともに、③無秩序な市街化が進展した地区には基盤整備を充実強化し、④近郊部・郊外部の緑地等を保全すること、である。①と③を目途に都市整備区域を、②を目途に都市開発区域を、④を目途に保全区域を指定することで、計画的に過密問題の緩和・解消を図りたいとする制度であり、国はこれを財政的に支援するという構図であった。

また、政策区域の指定とは別に、施策手段として4つの制度を大都市圏制度にぶら下げた(図表1)。それは、(ア)近郊緑地保全制度(首都圏)、(イ)工業団地造成事業(首都圏)、(ウ)財政上の特別措置(三圏)、(エ)工業等制限制度(首都圏)である。

しかし、(ウ)は2007(H19)年度で終了し、(エ)は2002(H14)年度で廃止されている。つまり、首都圏では都心にオフィスが高度に集積したため工業や大学が新規に立地する余地は既になく、工業と大学に限って立地抑制の対象にすることが実態と合わなくなったという事だろう。また、三圏の地方自治体からすると、財政支援がなくなったことで大都市圏制度へのインセンティブが後退したと捉えられているに違いない。

更にもう一つ、大都市圏制度がセピア色に映る状況がある。大都市圏制度創設の頃の国土計画は全国開発計画(通称:全総)であったから、国土全体の全総と三大都市圏の三圏計画で良かったのだが、現在では全総は国土形成計画に継承されている。この国土形成計画は、全国計画と広域地方計画の二層構造になったため、三大都市圏は広域地方計画と大都市圏計画を二重に持つ(策定する)ことになっている。

制度が縮小してインセンティブもなくなり、ダブルスタンダードとなっている状況を踏まえると、三圏計画が色褪せて見えても仕方あるまい。

2.中部圏開発整備計画(第五次)の概要  -共感できる記述が満載だ!しかし…-

それでも、三大都市圏の三圏計画は今も策定されている。中部圏開発整備計画も2016(H28)年に第五次計画が策定された。この第五次計画を改めて読むと、強く共感できる記述が随所にある事に気づく。

まず、主たる背景と社会情勢としては人口減少問題、南海トラフ地震などの巨大災害の切迫、インフラ老朽化問題などを位置づけた上で、計画の目的は「北陸新幹線やリニア中央新幹線の社会的・経済的効果を最大限に発揮し得る中部圏を構築すること」に置いている。この目的の置き方に賛意を送りたい。

次に、我が国が目指す将来像としては、国土形成計画が掲げている「対流型国土の構築」と「コンパクト+ネットワークの形成」を踏襲して掲げた上で、東京一極集中を是正する必要性を明記し、地方から東京圏に転出した若者がそのまま東京圏に留まる「東京一極滞留」を解消する必要があると記載している。これには拍手喝采を送りたい。「対流(・・)型国土」は国土交通省が造った概念だが、この概念は現状の国土構造を転換せしめる姿を示さず「地方は交流で稼げ」と突き放しているようなものだ。これに対し、第五次中部圏開発整備計画では「東京一極滞留(・・)が問題」なのだと韻を踏んで返しており、国土構造を変える必要性について言及している点にあっぱれと言いたい。

そして、中部圏の将来像とその実現のための施策(第2章)では、中部圏が「東京一極集中の是正や地方への人口還流に先導的に取り組む」とした上で、スーパーメガリージョンのセンターを担う地域として、リニアの高速性を活かして政府機関の地方移転、企業の本社機能、研究開発機能等の移転を受け入れ、これらを通して中部圏の産業構造を転換し、新たなワークスタイルやライフスタイルの舞台となることで新たな価値を創造していくと記載している。これらは、筆者が本コラムを通して一貫して主張している事とほぼ同じ趣旨であり、心底共感できる内容である。

ただ、残念なのは、こうした優れたシナリオが提示されているものの、「東京一極滞留」を打破するための具体的な施策が十分に追随していないことだ。第2部第3章で施設の整備計画が種別ごとに記載されているが、既往の計画事業の羅列に留まっている。ところどころに新機軸を意図する表現も散見されるが、具体案は示されていない。計画のシナリオが秀逸なだけに、甚だ惜しまれるところだ。

3.大都市圏計画の存続の是非  -中部圏計画の主張は国土形成計画よりも上手い-

さて、中部圏開発整備計画は今後も必要だろうか。第五次中部圏開発整備計画を読み返した筆者は、その計画シナリオに共感し、国土形成計画の中部圏広域地方計画よりもむしろ第五次中部圏開発整備計画の方が、国土の問題と地域の主張を明確に明示していると評価できた。国土形成計画の中部圏広域地方計画は東京一極集中是正の必要性を特段に主張しておらず、モノづくり産業を核とした発展シナリオに終始している。この違いは、中部圏開発整備計画が中部圏開発整備地方協議会によって策定されていることによると思う。事務局を愛知県に置き、中部9県と政令3市を構成員とする会議体で、地方の行政計画に長けた企画部門によるメンバー構成となっているのだ(図表2)。これに対して国土形成計画の中部圏広域地方計画は、事務局が国土交通省中部地方整備局に置かれており、中部の計画と言えど国が策定するためスタンスが国寄りだ。中部圏づくりを中部圏の主張に基づいて上手に作っているのは、中部圏開発整備計画の方に一日の長がある。

もう一つの論点を加えたい。国土形成計画はあくまでも国土計画であるはずだが、中部圏広域地方計画では取り組むべきプロジェクトを体系的に示しているものの国土利用の方針を示していない。一方、中部圏開発整備計画は、大都市圏制度に基づく計画ではあるが、政策区域を指定する事によって国土利用の方針を示している(図表3)。これは開発及び整備の方針と保全との濃淡を示しているのであり、計画シナリオを実現するための国土の在り方を表現しているのであるから、中部圏開発整備計画の方が国土計画としての態を成している。

こうして見ると、セピア色に見えていた中部圏開発整備計画は、むしろ国土計画としては中部圏広域地方計画よりも高い資質を有していると思え、計画主体が地方に軸足がある事も望ましく思える。国土の課題を踏まえた中部圏の在り方を明確に国に届けて共有するためには、中部圏開発整備計画の方が適正が高く、国土計画としての機能も有している。一方、国として事業を位置づけるという観点からは中部圏広域地方計画の方が強い意味を持つ。であるならば、大都市圏制度が古くて無用だという単純な結論に帰結するのではなく、国土形成計画とともに双方を見直し、二つの計画を合体させていく事が得策であるように思える。

我が国国土の発展を企図し、中部圏の望ましい在り方を国土計画に反映するためには、国土形成計画と大都市圏制度の一体的な見直しが必要ではなかろうか。

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